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泡の世界の謎解き

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 癒しを貰ったことで勘違いをするということであろうが、ソープの客には、キャバクラほどは多くないような気がする。これは人によるものかも知れないが、
「自分のものになってしまうと、急に覚める人もいたりする」
 ということがあるからだ。
 恋愛をしていて、好きになり、結婚したとしよう。付き合っている時は、
「毎日でも、セックスをしていたい」
 と思い、実際に毎日会って、セックスをする仲であったとして、これが結婚してしまうと、急に改まって考えてしまうこともあるだろう。
「恋愛の時はできたのに、結婚してしまうと、急に冷めたり、萎えた感情になるのはなぜなんだろう?」
 と思うかも知れないが、それは、一種の、
「満足感の飽和状態」
 といってもいいかも知れない。
 人間というのは、目標を持ち、その目標を達成してしまうと、急に脱力感に見舞われることがある。
 例えば、大学受験などを目標に、
「この大学に入りたい。そして、入学してから、ここの大学生として勉強に勤しもう」
 と思っていた人が、相当な努力をして、目標の大学に合格したとしよう。
 有頂天になり、友達をたくさん作り、最初は夢のような毎日を送っているのだが、ある日突然、何かがブチっと切れたかのような感覚に陥るという。
 それは、自分でも分からないし、まわりも、彼が変わったということすら気づかないだろう。
 そのうちに、大学受験を目指していた時の気持ちをすっかり忘れてしまい、脱力感から、人によっては。まるで五月病に罹ったかのような、うつ状態になるかもしれないのだ。
 その時になって、まわりもやっと、
「あいつ、何かおかしい」
 と感じるだろう。
 いつからおかしかったのかということを誰もハッキリと認識していない。なぜなら、本人にも、おかしくなったのがいつなのかという自覚がないからだった。
 そう思っていると、そのうちに、友達と遊ぶことが大切になってきたりして、
「勉強に勤しもう」
 などと思ったことを、もし思い出したとしても、それを感じたのが、相当昔だったのだということを、感じるだけでしかないだろう。
 自分が目標にしていることが達成されると、それが困難であればあるほど、ギャップというものが絶対にやってきて、その時に、自分をどこまでしっかり持っていられるかということで、それ以降の自分の人生を左右することになりかねないというのは、決して大げさなことではないだろう。
 それが、自信過剰であったり、自己嫌悪に似たような感情を持つことで、
「一体、自分はどうなってしまったのだろう?」
 と感じてしまうだろう。
 遅かれ早かれやってくるもので、それが早ければ、
「五月病」
 と言われるに違いないのだ。
 そんな状態において、自分が分からなくなってしまうことで、躁鬱症の入り口に立ってしまう人もいる。
 理由ははっきりと分からないが、そこには、ギャップのようなものが潜んでいるような気がするのだ。
 目的達成のためには、生みの苦しみともいうべき、相当な苦痛を伴う。それが受験勉強であり、受験のために、欲望を断絶することが求められる。宗教のように、悟りを開くために、死ぬ思いをするほどの修行に耐えなければならない場合もある。宗教によっては、断食をしたり、一か月近くも一人で籠って、自分を見つめなおすというような、普通に考えただけで、地獄の苦しみだと感じるようなものを味わうことになる。
 そんな思いをして目的が達成されれば、その後に待っているのは、極楽浄土のような感覚ではないだろうか? 足が地についていないかのような状況に、満足感で溢れている自分を感じる。
 しかし、それが、本当に自分が求めていたものなのかどうか、その時は疑うこともないだろう。
 しかし、次第に冷静になってくれば、
「何かが違うような気がする」
 と感じるのだ。
 きっと、夢に見ている間は、その満足感を不変のようなもののように感じていて、足が地についていない感覚が、永遠に続くと思っていたことだろう。
 しかし、人間はいつかは冷静になるというもので、言い方を変えると、
「飽きてきた」
 ということも言えるのではないだろうか。
 極楽だと思うことが、これから永遠に続くと考えた時、それを手に入れたのは自分の努力であるはずなのに、努力した結果と、自分が思い描いていたことに差が出てくれば、今度は自分の感覚が、どこか信じられないものになってくるのではないだろうか。
 このギャップが、結婚という女性との関係で最高潮のゴールだと思っていると、実際には、そこからが始まりであることに気づく。
 そう思うと、自分が考えていた男女関係のその先にあるものを想像してしまう。。
 実際には、男女関係としては、それ以上のものはないのだ。
 好きになって、恋愛して、身体の関係になって、婚約し、結婚する。男女の関係としては、それがゴールなのだ。
 しかし、二人の関係はそれからも続いていく。
 むしろ、ここから先は重要なものであり、それが何であるかということを理解しておかないと、ここから先は、坂道を転がり落ちるような転落が待っていることになる。
 平成の頃には、
「成田離婚」
 という言葉が流行った。
 新婚旅行に旅立った二人が、帰ってきてから、その場で離婚を決めるということからついた言葉であるが、それこそ、初めて二人で結婚したという立場で、数日一緒に過ごしてみて、そこで初めてお互いのギャップに気づくのであろう。
 それも、無理もないことであった。
 なぜなら。どちらも男ではないし、女でもない。男と女だからである。
 今まで同様に、二人の関係を。
「男女の関係」
 と思っていると大間違いである。
 どちらがどっちらとは言えないが、片方がいまだに夢を見ている状態で、片方は、すでに次のステップに進んでいると、気持ちがうまくいかないことだってあるというものだ。
 これは、肉体の関係に限ったことではない。むしろ精神的なことの方が、奥が深いということになるだろう。
 新婚旅行先で喧嘩の一つでもしていれば、それが引き金になることもあるだろうし、逆に喧嘩をしたことで、お互いに、気持ちの整理がついて、同じ先を見ることができるようになるという稀なパターンもあったりする。
 だか、これはあくまでも希少なもので、皆がうまくいくとは限らない。
「成田離婚」
 というのも、稀な例なのであろうが、社会問題になるほどなので、そんな簡単な問題でもないだろう。
 離婚が多いというのは、意外と、結婚してすぐの人が多いのかも知れない。

                 警察の聞き込み

 いろいろなことを考えているうちに、女の子には、詳しい説明もせず、ただ待機してもらうことにした。どうぜ、警察が来て分かることなのだが、最初の客について、どういうかそこが問題だった。
「すみません、今日お相手の女の子、急遽、ご対応ができなくなりました」
 などというと、その女の子がまるで悪いように思われるし、かといって、本当のことも言えないし、途方に暮れていたが、女の子の方が察してくれたのか、
作品名:泡の世界の謎解き 作家名:森本晃次