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泡の世界の謎解き

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 時間からすれば、まだ二十分近くあるので、少しだけ余裕があるだろう。
「今日の女の子の早朝勤務は一人だけだ。だから、客も予約の人だけなので、そこまでバタバタしなくてもいいだろう」
 と思っていた。
 この店は、入り口の自動ドアを潜ると、すぐ右側が、受付になっていて、受付から、少し先にこちらを向いた扉があり、そこが待合室になっている。
 ちなみにトイレは待合室の中にあり、テレビがついているので、テレビを見ながら、待っている人もいたりするのだ。
 そして、待合室の左側にカーテンが敷かれていて、そこを通れば、女の子とのプレイルームに入るのだ。通路は暗めの調度になっていて、部屋は全部で八部屋ほどあった。いつも同じ部屋というわけでもなく、まだ新人の彼には、どういう基準で部屋が割り当てられるのか分からないが、今日の朝一の女の子のお部屋は、入ってすぐの右側の部屋になっていた。
 いつもは、十五分くらい前には来ていて、それから十五分くらいで用意をしているようだ。このお店は、入浴剤や、芳香剤にも凝っていて、客が選べるようになっているところが、細かい気遣いなのだろうと思うのだった。
 そんな芳香剤もスタッフルームの奥に設置してあるので、それを補充するために、女の子たちのプレイルーム兼待機室になる部屋へと入るカーテンを捲った。その先に、台が置いてあって、そこに入浴剤を設置するようになっていた。
 前日にどれだけ使用したかを確認し、補充するためだったが、スタッフがカーテンを開けた時、
「おや?」
 と、何か違和感のようなものを感じた。
 カーテンを開けて、通路の電気をつけたのだが、元々暗いのが分かっていたので、違和感はないはずなのだが、想像していたよりも明るいことでの違和感だったのだ。
「朝一で使う部屋は手前の一部屋だけなので、他に電気がついているはずなどないのだが、何か変だ」
 と感じた。
 その理由が、一番奥の、左側の部屋から、電気が漏れてきていたのだ。
「昨日の女の子が、最後に電気を消し忘れたのかな?」
 とスタッフは思った。
 そもそも、お店の構造として、あくまでも基本的なところで説明するが、部屋割りには、まず、受付があって、その後ろに、スタッフルームがあったりする。そして、あとは、お客さんが女の子の準備が終わるまで待機してもらう待合室があって、その近くに、トイレが設置してある。
 このトイレは、お客さん専用の場合もあれば、スタッフと共用の場合もあるが、少なくとも女の子との共用はないだろう。そして、そこから先が、プレイルームになっているわけだが、店舗型のお店は、ほとんどが、女の子の空き時間、つまり、指名やお客様がついていない時間、待機する場所は、その日割り当てられた自分のプレイルームであることが多い。
 もちろん、場所の関係で、女の子の待機ルームを作ると、その分、それなりの広さの部屋が必要になるわけで、それももったいないということになるだろう。派遣型のデリヘルなどでは、プレイルームがそもそもないので、待機室が設けられているが、やはり店舗型で、プレイルームと待機部屋が別になっているというところは珍しいだろう。
 そういう意味で、女の子たちが、直接顔を合わせるということは、ほとんどないだろう。事情を知らない人は、
「いつも、時間がかぶっているので、女の子同士、仲が良かったりしているのではないか?」
 と思っている人もいるかも知れないが、実際には、ほとんど顔を合わせることはないという。
 考えてみれば、同じ時間にかぶったお客だって、顔を合わせることがないのと同じである。
 もっとも、客が顔を合わさないようになっているのは、スタッフの対応があるからで、それも心遣いの一つなのであろう。
 その日のスタッフは、朝の仕事をそつなく、ここまで違和感なくこなしてきたが、ここにきて、急に何かおかしな場面に出くわした。それだけに、急に不安が募ってきたのは、何かの虫の知らせだったのかも知れない。
 朝一から入っている女の子も、まだ来ていない。お客が来ると言った時間まで、まだ少し時間もあるようだった。
 朝一の作業は、そういう誰もいない時間帯の方がスムーズに進むというもので、彼は気が楽になっていた。
 そんな中で、いつもと違うことがあると、急に不安になるもので、それを押し殺そうと、
「電気を消し忘れるなんて、うっかりさんがいるもんだな」
 と、わざわざ声に出して言ってみたりした、補充する予定の入浴剤の数を頭の中で記憶だけしておいて、電気がついている部屋に入り、自分で電気を消そうと、ゆっくりと歩き始めた。
 普段は、あまり入ることのないプレイルーム、時々、サラッと掃除をするのに、入ることはあるが、基本、プレイルームの掃除や管理をするのは、その日、その部屋を受け持った女の子だった。
 前に使った人が、最後に軽く掃除をして、今度使う人が入室時、お客様をお迎えするために、自分の好きなように若干であれば、模様替えをしてもいいことになっている。だから、あまり、男性スタッフが丁寧に掃除をするということはなかったのだ。あくまでも、備品の補充や、軽い掃除程度だったのだ。だから、まだ新人といってもいい彼には、部屋の電気がついているのには違和感があった。
「帰る時に気づきそうなものなのに」
 と思って扉を開けると、スタッフは息をのんでしまった。
「まさか、こんなことが」
 と、目の前に広がった惨状を目の当たりにし、どうしていいのか分からなくなっていたのだった。

                 スタッフの対応

 扉を開けた瞬間、ムッとするような悪臭を感じた。それは、鉄分を含んだ匂いで、それが血の匂いであることを、彼は一瞬にして悟った。そして、悟ったその瞬間、自分がこれから何を見るのかということの想像がついたことに、恐怖を感じた。
「一生のうちに体験できるかできないかということを、これから見てしまうんだ」
 と思ったのだ。
 しかも、それは、招かざるものであり、できるなら、見ずに済ませられるに越したことのないものだった。
 そこにいたのは、胸をナイフで抉られ、仰向けになって、腕は何かを掴もうとしているのか、上に向かって何かを指さしているようにも見える。しかし、死後硬直の影響か、凍り付いたように見えるその腕が、不気味に伸びているのは、怖いだけではなく、他にも不気味さを醸し出しているかのように感じられた。
 死んでいるのは、男性で、その苦痛に歪んだ表情で、最初は誰なのか分からなかった。
 かっと見開いた目は、断末魔の様相を呈していて。半分開いた口が、さらに断末魔を決定づけるかのように歪んでいるのだった。その見つめる虚空の先に何があるのか、死ぬ時に自分を刺したであろう相手を見て、果たしてどのように感じたというのか。
「俺はこのまま死ぬんだろうな?」
 と男が考えたのではないかと思うと、切なさと虚しさが、同時にこみあげてくるようで、一瞬、思考が停止してしまったが、すぐに我に返ると、
「こうしてはいられない」
 と思い、警察に連絡することが先決だと思った。
 上着のポケットに入れているスマホを取り出して、警察に連絡を入れた。いわゆる、
「110番」
作品名:泡の世界の謎解き 作家名:森本晃次