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短編集100(過去作品)

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 あまりアルコールは強くない矢島なので、最初の一杯から先はセーブして呑んでいる。
 敦子を見ていると、最初こそ控えめに呑んでいたが、次第にペースが速くなってくるのを見ると、思ったよりもアルコールに強いのではないかと思えてきた。
 ほんのりと赤らんでくる顔を見ていると、頬のつやが光って見える。目も若干潤んでいて、野球場での雰囲気から一変していた。
「私、野球を見るのが学生の頃からの趣味だったんですよ」
「じゃあ、冴子さんから誘われていくというよりも、自分から積極的に見に来ているんですか?」
「ええ、そうなんですよ。最近は毎試合見に来ていますね。ファンクラブに入ると割引もありますからね」
「いつも内野席なんですか?」
「熱狂したいという気持ちもあるんですが、試合を純粋に見たいという時間の方が多いんですよ。そういう時は内野席の方がいいですからね。それに富士山だって遠くで見るから綺麗なんですよ。あまり近すぎると綺麗には見えないでしょう?」
 自分から参加するよりも、傍から見ていて綺麗に見える方を彼女は好んでいるようだ。どちらかというと同じようなところのある矢島には、敦子の気持ちがよく分かった。
「僕はあまり野球のルールすら知らない方なんですが、小さい頃に野球にはよく親から連れて行ってもらったので、懐かしくは感じましたね。でも、昔とは応援もかなり違っていて、カルチャーショックを感じましたよ」
 と苦笑いを浮かべた。
「私は逆に昔を知らないので、いろいろ教えてください」
「いえいえ、こちらこそ。やっぱり贔屓はパイオニアーズなんですか?」
「そうですね。何といってもやっぱり地元球団ですよね。応援を見ているだけで圧倒されるし、テレビも地元球団を応援していますからね」
 話を聞いているだけで、いつの間にか二人で野球観戦しているイメージが勝手に頭の中で膨れ上がっていた。手にはメガホン、ユニフォームとおそろいのハッピに、球団帽子をかぶり、いかにも熱狂的なファンになっていた。
「一度ご一緒したいですね」
「ぜひ、一緒に見ましょう。私は一人の観戦も好きなんですけど、一緒に行く人がいればまた違ってきますよね。冴子さんみたいな熱狂的な人もいいんですけど、冷静にお話しながら観戦できる人もいればいいと思っていました」
 普段は静かな人なのだと感じた。野球観戦でも、あれだけ静かだったんだから、普段の静かさが目に見えてくるようだ。
 連絡先を教えあってから一週間もしないうちに彼女から連絡が来た。
「今度、仙台ライナーズとの試合があるんですが、ご一緒しませんか?」
 という誘いだった。日にちを聞いてみると、あまり忙しくない日だったので、
「喜んで、楽しみですね」
 と二つ返事でオッケーした。電話での敦子の声は弾んでいた。それが野球を見るということへの楽しみなのか、それとも男性に連絡を取ることへの緊張感を伴った楽しみなのか分からなかったが、男として嫌な気はしない。
「誘ってくれてありがとう。嬉しいですね」
 というと、今度は恐縮したようにトーンが下がったが、きっと我に返ったのかも知れない。普段から自分のことを冷静に見れるほとであることには違いない。
 電話を切るとさっそく先日買ってきたプロ野球名鑑に目を通した。
――あまりにも野球オンチだからな。それじゃあマズいだろう――
 と感じていた。
 先日本屋に行くことがあったので、それまであまり気にもしていなかったスポーツ雑誌コーナーに立ち寄ってみた。サッカーや野球がさすがにかなりのスペースを占めていたが、陸上やスキーなどといったスポーツの月刊誌も目に付いた。国民的スポーツでないものにもファンがいることを今さらながらに感じていた。
――その国民的スポーツに興味がなかったんだからな――
 子供の頃、表で遊ぶと言えば、野球かサッカー、そんなところだっただろうか。硬いボールは使わないまでも、ゴムまりでの野球くらいなら、たいていの子供には経験があるはずだ。
 もちろん矢島にも経験はある。だが、元々運動神経には自信のない矢島はあまり誘われることが好きではなかった。どうしても人数合わせに駆りだされるというイメージが強く、いまいちまわりの友達のノリについていけない。
 そのうちに野球が面白くなくなってくる。苦手な上にまわりから相手にされなくなるとその気持ちも当然である。
「今日はいいや」
「何言ってるんだよ。お前がいないと人数集まらないんだよ」
 子供だけに話す人が言葉の深さを分かっていない。その言葉の一言がどれだけ相手を傷つけることになるのか分からないのだ。
 さすがに矢島もショックだった。分かっていたことだけに、面と向って言われると、その言葉を無視できなくなる。最初の頃はそれでも嫌々付き合っていたが、次第にストレスを我慢できなくなり、精神的なことから軽い病気になってしまった。
 もちろんまわりはそれが野球のせいだと誰にも分からない。矢島もハッキリとしないことを誰にも言いたくない性格なので黙っていたが、
「病気なら仕方がないな」
 ということで、幸か不幸かも、もう誰も誘わなくなった。
――これでいいのかな――
 頭の中で疑問は残ったが、ストレスの原因が払拭できたのは間違いのないことだった。
 矢島が野球に興味がなくなったのはそれからだった。
 しかし、どんな思いであってもほとぼりというものは冷めるもので、嫌で嫌でたまらなかった野球だが、見る分にはそれほど何も感じなくなっていた。
 だが、同じ野球でもやっている人たちによっての好き嫌いはあった。
「俺はプロ野球は面白いかなと思うが、学生野球は嫌いだな」
 高校の時にそう話していた友達がいた。
「どうしてだい?」
「だって、高校野球って型に嵌まったみたいな作戦しかしないじゃないか。プロ野球のように奇襲があったりする方が面白いよな。きっと、高校野球はトーナメントで負ければ終わりだというのがあるからじゃないかな?」
「そんなものかな?」
「そうさ。それに、高校野球って、野球留学とかいって、いい選手をいろいろなところから集めてくる風潮があるだろう。それなのに、母校の名誉や、地元の名誉というのもおかしな気がする。そういう考え方が俺は嫌なんだ」
 普段であれば、少しは反論を考えようとする矢島であったが、反論するところがどこもない。ただ頷いているだけだった。
「プロ野球は、お金が絡んでいるというのもあるから、選手や球団は、ファンのためにという気持ちになるんだろうね。だから面白い野球をしようとする。そこが高校野球とは違うよね」
「なかなか分かっているじゃないか。そのとおりだ」
 友達も饒舌になる。なかなか同じ考えを示してくれる人が少なかったのかも知れない。
「高校野球の教育の一環という言葉が色褪せて聞こえてくるよね」
「まさしくその通りだね」
 話はそれから延々と続いたのではなかったか。気がつけば相当な時間が過ぎていた。同じところを堂々巡りの話になっていたような気もしたが、あれほど同じ気持ちで話をしたこともなかったので、それでも満足だった。
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次