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短編集100(過去作品)

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 という発想を昔から持っていて、いくら発展性のあることであっても、次以降に始めた人は、
――二番煎じ――
 のイメージを払拭することはできない。
 仕事においてもそうだった。事務職というのはなかなか表に出ない仕事なのだが、その中でも矢島の所属する部署は開発に近いところであった。商品開発、営業戦略的なところとは少し一線を画しているが、そのどちらにも影響を及ぼしている。ある意味、会社全体的な改革や開発を手がける部署であった。
 少し漠然としているが、改革に近いところの仕事が多い。いろいろ勉強していく中で、会社全体のシステムを開発する部署でもあるので、矢島自身は気に入っていた。
――誰にでもできるという部署じゃないんだ――
 というのが会社における矢島の自負である。営業のようにハッキリとした数字が出るわけではないが、自分だけはその数字を分かっているつもりだ。部署長がどれだけ把握しているか分からないと感じるのは、部署長は会社で定期的に入れ替わるからである。仕事をしていて唯一気になるのは部署長だった。
――正当な評価をしてくれるんだろうか――
 というのが、知らず知らずのストレスに繋がっているのかも知れない。
 最近、少しストレスを感じてきている矢島だった。
――胃が痛いのかな――
 実際に内臓がどのあたりかがハッキリとしないので、胃が痛いという意識も分かりにくい。とりあえず胃薬を飲むと収まるので、
――やっぱり胃なんだ――
 と感じている。身体に関しては無頓着な性格であった。
 野球観戦に行ってみようと感じたのは、やはりストレス解消が最大の目的だった。あまり仕事以外で人と話をすることもなく、趣味もないとくれば、人と話すこと自体が億劫になってくる。そんな自分が嫌になりかけていた頃だった。
 試合開始前に見た時、内野席でも熱狂的なファンはいるもので、少し離れたところでは外野席顔負けの応援グッズに身を包んでいるファンもいた。
――どうして外野席に行かないんだろう――
 と感じたが、野球をじっくり見たいという意識があるに違いない。
 前半戦は、投手戦でなかなか盛り上がる場面もなかったが、六回を過ぎたあたりから、にわかに塁上が賑わい始めた。
「バテてきたかな?」
 隣で清水が解説を加える。
「この当たりがピッチャーは一番苦しいからな。ここを乗り越えればだいぶ違うんだがな」
 まるで自分が経験者のように語る。
「野球ファンは皆が解説者さ」
 と後で話していたが、野球ルールすらあまり詳しく知らない矢島にはテレビと違って遠くにしか見えないマウンド上の表情を想像することはできなかった。
 気がつくと、内野席も人が増えてきた。隣の席も埋まっていて、家族連れが応援している。子供がメガホンを持って応援する姿は、自分の小学生時代との違いを痛感させられていた。
 相手チームに一点が入ると、球場全体が一気にため息に包まれたが、それも少しの間だけ、裏の攻撃で飛び出したホームランによって一気に逆転した。
 球場はその日一番のボルテージに達していた。至るところでバンザイが起こる。
――まだ勝ったわけじゃないのに――
 と思わないでもなかったが、ファン心理とはかくいうそういうものなのだろう。
 皆が立ち上がっての応援だ。
――何もそこまでしなくても、座ってゆっくり見ればいいじゃないか――
 と思うのは矢島だけだろうか。最初はお弁当を食べながらゆっくり観戦していた家族連れまでが、立ち上がって応援している。
 ボルテージは上がりっぱなし、後ろの席にいる女性ファンはヒットが出るたびに矢島に握手を求めてくる。
 後ろは女性ファン二人だった。一人は大人しい感じの女性だったが、もう一人は熱血的だった。熱血的な女性は自然と清水に話しかけるようになる。攻撃のイニングが終わり、皆がどっとため息をつきながら席に座ったが、逆転しているだけに一様に安堵の表情をしているのが印象的だった。
「そちらの席に行ってもいいかしら?」
 ボルテージの高い女性は、静かな女性に諭されていたが、
「いいから、いいから」
 と、その場のノリに任せて話しかけてくる。
 清水もまんざらでもない表情で、
「どうぞ、どうぞ」
 とすでに二人の気は合っていた。合っている二人に取り残された後の二人は、ポカンとしながらも、お互いに苦笑いを浮かべるしかなかった。清水もこういう雰囲気は好きな方で、春の花見の時など、酒が入ると、他のグループに気兼ねなく話をするくらいだった。
 そこが彼のいいところでもある。
「俺はその場の雰囲気を壊したくないんだ」
 と言っているが、自分が楽しければいいという風に見えなくもない。だが、それでも相手が嫌でなければそれもオッケーなのかと思う矢島も、今までに清水の恩恵に預かったことがないでもなかった。
――あんな風にはとてもなれないな――
 と感じながらも、気がつけば何かの行事の時には常にそばに寄っている。何かいい意味でのハプニングを期待しているからだ。
――今日はいい意味でのハプニングかも知れないな――
 相手も二人、同じ趣味で話が盛り上がるのが一番いい。少なくとも清水と積極的な方の彼女とは、最初から意気投合していた。
 試合は皆の応援もあって、最高の盛り上がりを見せ、そのまま応援するチームが勝った。
「あっという間でしたね」
 まだところどころで応援歌などを熱唱し、お祭り騒ぎのファンを見ながら球場を後にしながら、静かな彼女がポツリと呟いた。すでに、これから呑みに行く話が出来上がっていて、賑やかな二人の足取りは軽やかだ。
 シーソーゲームだったわりには、試合は締まっていた。時間もまだ午後八時半を少し回った程度で、
「試合時間としては短い方じゃないかな」
 と清水が話していた通り、五回終了くらいからあっという間だったように思えた。
 彼女たちと知り合ったのも時間の感覚を麻痺させる原因だったに違いない。球場から地下鉄で二駅ほど行くと飲み屋街のある街に着くが、清水の行き着けの居酒屋があるということで、皆清水に続いた。
「実は僕も初めて来る店なんだよね」
 というと、二人は意外な顔をしていたのは、矢島と清水が普段からずっと一緒にいると思っていたからかも知れない。
 店に入って自己紹介をする。
 賑やかな彼女は、名前を冴子といい、会社では受付嬢をしている。会社の顔で華やかな感じだが、思ったよりもストレスが溜まるという。
「中には露骨な顔をする人もいて、気持ち悪いこともありますよ」
 酔った勢いか、会社では絶対に口にできないようなことをいうのも開放感からかも知れない。
 呑むのも食べるのも豪快で、清水好みの女性であることには違いない。あぶれた二人は最初静かに二人の話をニコニコしながら聞いていたが、清水と冴子さんが二人だけの世界に入り込んでいくにつれて、ついていけなくなっていた。
「あの、お名前はなんというんですか?」
「えっ、あ、私は横溝敦子って言います」
「私は矢島です。よろしく」
 ジョッキーを口に持っていくと、喉が数回鳴るのが分かるほどに流し込んだ。それほどカラカラに喉が渇いていたなど分からなかったが、久しぶりにビールをおいしいと感じたのも事実だった。
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次