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短編集100(過去作品)

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 その時の話は二人だけの内緒だった。なぜならあまりにも考えが偏りすぎていることは二人とも分かっていて、協調できない人が聞くと、あまり気持ちのいい話ではないはずだからである。下手をすると二人とも性格を疑われてしまうほどに違いない。
 本屋で雑誌を見つめているとその時の話を思い出していた。高校野球の雑誌も多かったが、選手をまるでスター扱いにしている雑誌もあった。ターゲットは女性ファンである。
――これが本当に学生スポーツなのかね――
 あの時の話を思い出しながら雑誌の表紙を見ていると、思わず苦笑いをせずにはいられなかった。
 高校野球のコーナーは見て見ぬふりをして、視線はプロ野球コーナーへと移った。
 選手名鑑選手名間から、月刊誌、週刊誌とさすがにプロ野球関係は多く発刊されている。
 選手名鑑と週刊誌を手に取り、レジへと向う。雑誌のコーナーといえば、音楽や車、男性誌、女性誌とたくさんあるが、どれにも劣らないほどにスポーツコーナーには人が群がっていた。買う買わないは別にしてである。
 テレビで野球をやっていればチャンネルを変える人がいるが、いくらあまり興味がなかったとはいえ、そこまではしない。テレビをつけて野球をやっていれば、そのまま流していることも多かった。
 実際に見ているわけではないが、一人暮らしの部屋でたまに自炊をするが、テレビをBGM代わりにして流して言う分には野球中継というのは、ちょうどいい。時々ブラウン管に目をやって見ているが、気がつけば見入っていることもある。それはスピード感に魅入られているからであろう。
 野球中継で一番すきなのはホームランのシーンだった。
 バットに当たる時の乾いた音。それまで応援の騒然とした雰囲気が、なぜかバットに当たった乾いた音の瞬間には静かになったように聞こえるのである。
 上がった打球に対して再び歓声が沸きあがる。
「ワーワー」
 よく漫画などではそう表現されるが、実際にはどう表現すればいいのだろう。きっと表現できないに違いない。だが、昔から一般的に使われていた「ワーワー」という歓声、それ以外に表現のしようがないであろう。
 アナウンサーの興奮した声が聞こえてくる。
「伸びる伸びる。どこまで行くのか。入ったぁ」
 狂喜乱舞、その瞬間をブラウン管で見ていると、ボールが突き刺さるまでに外野スタンドの客がボールめがけて集まってくる。まるでアリが甘いものを目指して集まってくる姿を見ているようだ。
 実は矢島がホームランのシーンで一番好きなのが、このシーンである。全員がボールめがけて集まってくるシーンに興奮を感じるのだ。
「もしあの中に自分がいたらどう思うだろうね」
 と友達が話していたが、
「遠くから見るから綺麗に見えるのさ。外野席にいるとこの光景は見れないからね」
 その友達は野球を見に行くと必ず内野に行くと言っていた。気持ちはよく分かる。だから、矢島も内野席派なのだ。
 敦子が内野席派である理由をハッキリと聞いていなかったが、同じような理由だと思う。中には、
「外野のあの喧騒とした雰囲気が嫌で、野球というスポーツを静かに楽しみたいから内野席に行くんだ」
 という人も多いだろう。もちろん、内野席で見ている人のほとんどが感じていることだろう。矢島にしてもそうだ。だが、それが本当の理由かどうかはその人の感性によって違うと思うのは矢島だけであろうか。
 球場に入った時には、試合は少し進んでいた。仕事が終わってから来ると、どうしても試合開始には間に合わない。前に来た時は三回くらいまで進んでいたが、この日はまだ二回の裏の攻撃中だった。
 スコアを見れば、五ー0、完全にパイノニアーズの優勢だった。さらに攻撃の手を緩めることなく、塁上をランナーが賑わせていた。
「相手がライナーズだと、これだけの点差になるのは何となく分かっていたわ」
 と言いながら敦子はニコニコしていた。ライトスタンドがよく見える三塁側内野席に入ったのは、相手がライナーズで、ファンも少ないため、相手側ベンチの上でも、ほとんどがパイオニアーズのファンである。
 何と言ってもライトスタンドの賑わいを目の当たりにできるのが嬉しい。応援は自分が参加しなければ遠くから見ているのが美しくていいものだ。きっとライトスタンドにいてもあの賑わいのファンの中に解けこめるかどうか、自信がない。
 相手ピッチャーの先発投手はすでにベンチに下がっていた。予告先発なので、最初から先発投手は新聞で見ていて分かっていた。
 先発が降りていることを敦子に話すと、
「よく分かったわね。ひょっとして結構勉強してきました?」
「はい、少しだけですね。選手名鑑のようなものを買いましたので、先発投手の背番号は確認してきました」
「そうなのよ。今日のライナーズの先発は、一応エースと呼ばれる人だったので、もう少し試合になるかなと思っていたの。でも、それだけパイオニアーズの打線が今好調だということですよね」
「それも言えますね。打線は水物というらしいですのであまりあてにはできないんでしょうけど、これだけ活発なら、当分は好調かも知れませんね」
 ここ数試合、パイオニアーズは二桁安打が続いている。それも新聞やネットで確認していた。
「やったぁ」
 ライトスタンドから割れんばかりの応援が聞こえる中で、後ろから女性の黄色い声が聞こえる。また得点が入った。メガホンを叩きながら喜んでいる姿を見るとこちらもウキウキしてくるが、考えてみれば、こちらは相手方ライナーズの応援席でもあった。レフトスタンドに細々と陣取っているライナーズ応援団は、さらに肩身の狭い思いに違いない。
――ちょっと可愛そうだな――
 と思いながら見ていると、やっとアウトカウントが三つになり、チェンジになった。
 応援団も意気消沈しているかと思いきや、チェンジの間にレフトスタンドは息を吹き返してきた。ライトスタンドは今度は相手の攻撃ということもあり、売店に行く者、トイレへと行く者が通路への入り口に列を作っていた。
 結果的に二階を終わった段階で、七ー0、本来なら意気消沈してもいいはずなのに、レフトスタンドに陣取っている一部のライナーズファンは応援し続けている。
 それを興味深く見ていると、敦子にも分かったのか、
「これくらいで意気消沈していると、ライナーズのファンなんてやってられないかも知れないわね」
 と話してくれた。
 それにしても最初は控えめな感じの女性だと思っていたのに、どちらかというと気が強く、一人が似合いそうな女性だ。考えてみれば静かな女性といえばそのどちらかではないだろうか、控えめなタイプの女性か、あるいは気が強い女性かである。友達と二人でいる時の敦子は確かに控えめに見えたが、一人でいる時は気が強く一人が似合いそうな女性なのだろう。最初に感じたイメージを少し変えなければならないことに矢島は気がついていた。
 矢島は気が強い女性は嫌いではない。今までに気が強い女性を見ていて憧れてもいた。だが、敦子に関してはそれが当て嵌らない。
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次