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短編集100(過去作品)

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 友達に言われて内科の門を潜ってみたが、診察結果としては、
「別に異常はないようだね。少し様子を見てみるしかないね」
 内臓には悪いところがなく安心したが、それでは精神的に何かあるのかも知れない。さすがに神経内科にまでは行っていないが、いずれ門を叩くこともあるであろう。少しネガティブな考えになっていた。
 汗の量を気にしながら、相変わらずすぐにお腹が減って何でも食べてしまう体質をそのままにしていたが、一ヶ月もすれば少し様子が変わってきた。
 今までどおりにお腹は減るのだが、すぐにお腹がいっぱいになってしまうという現象に陥っていた。すぐにお腹がいっぱいになるので大食漢ではなくなったように思えるが、さらに腹が減る間隔が短くなってきていた。
 これは明らかに悪しき傾向である。
――空腹感が慢性化しただけではなく、満腹感も慢性化してしまっている――
 必ず空腹感か満腹感のどちらかを感じていることになるのだ。何とも忙しいと言えるだろう。だが、これは相当な苦痛でもある。空腹感を満たすために食事をとってもすぐに満腹になる。満腹感で苦しいと思っていても今度は気がつけば空腹感に苛まれている。他のことを考える余裕などないではないか。
 だが、感覚的なものは満腹感の時がそのままである。
 思考力や記憶力の低下は否めない。
――胃袋は膨れたままなのだろうな――
 膨張したものが小さくなるより、小さいものが膨張することの方が苦痛を伴う。今まで空腹感から満腹になる時にはあまり苦痛を感じたことがないので、やはり胃袋は膨張したままだと思っていた。
 膨張したままなので、頭の中は満腹感にある自分のイメージが残ってしまって、それで思考能力が低下しているという考えの説明にはなりそうだ。
 彼女とはその頃まではまだ付き合っていた。それからすぐに別れることになったのだが、最初その理由がハッキリと分からなかった。
 会えば食事をしてホテルで愛し合う……。
 このパターンが嫌になったのではないかと思っていたが、それほど嫌な顔をしていたわけではないので、ワンパターンを嫌になったわけではなさそうだ。どちらかというと新山自身の中に何か嫌になるものを見つけたようだ。
「どうして別れるっていうんだい?」
「あなたが淡白になったってことかしら。私にはそれだけしか言えないわ」
「そうか、じゃあ仕方がないな」
 それが別れる時の話だったが、淡白と言われてドキッとしたが、別れることに対してそれほど抵抗がなかったのは自分でも不思議だった。だからこそ淡白と言われるのかも知れない。
 それからはキャンパスですれ違っても挨拶をすることもなくなった。まったくの他人になってしまったようだ。
 しばらくすると彼女に新しい男ができたようで、楽しそうに歩いているのを見た。思わず柱の影に隠れて隙間から見るような形になったが、
――どうして俺が隠れなければならないんだ――
 まさしくその通りである。無意識に隠れてしまったが、それほど感慨深いものでもない。最初こそドキッとして眺めていたが、すぐに溜飲が冷めてくるのを感じた。
――何とも味気ない――
 屈辱的な光景を見てしまったことは分かっている。心の中で屈辱も感じている。だが、だからといって自分の中からこみ上げてくるものがない。
――あの身体があいつのものになるのか――
 と感じれば悔しさがこみ上げてきて当然なのに、思ったよりも平然とした気持ちだ。
――劣等感でもあるのかな――
 と考えてみたが、劣等感を感じる根拠などどこにもない。
 いろいろ考えてみたが、なくなったものは一つではないだろうか。
――欲――
 人間の中にはいろいろな欲がある。
「食欲」、「物欲」、「性欲」……
 お金に対しての欲もある。
 学生なので、お金に対しての欲はそこまではないが、他はあっても当然だ。
 食欲に関してはこの間まで有り余っていたはずなのに、すぐに満腹になってしまって、空腹と満腹の繰り返しをしているため、感覚が麻痺している。
 では性欲はどうだろう?
 彼女を抱いていて、自分では落ちてきているとは思えない。どちらかというと、さらに貪欲になっているかのようにさえ思えるくらいだが、それでも満腹感と空腹感の繰り返しが影響していないとは言えない。
――彼女が別れていった理由はそこにあるのかも知れない――
「欲」というものを感じた時、初めて彼女が自分から離れていった理由がおぼろげながら分かってきたように感じた。
――学生時代にはいろいろなことを吸収して、自分でいろいろ欲を持ちたい――
 と思っていたこともあって、欲というものには悪いイメージがなかった。
――心の中のどこかで悪いイメージを払拭できていないのかも知れないな――
 と思うようになったのもこの頃だった。
 時に昨今の犯罪で多く見られる異常性格による性犯罪の増加などをニュースで見ていると、性欲というものに対して偏見の目で見てしまうのも仕方がない。
 もう一人の自分がいることに気付いている新山は、もう一人の自分が正義感の塊のような性格であることを分かっていた。
 だからといって表に出ている自分が悪のイメージというわけではないが、もう一人の自分が表に出てくる時というのは、理不尽な人や行動を見て、自分の中でやるせなさや憤りを感じている時に存在を感じるのだった。
 正義感が悪いというわけではないが、融通が利かないのは事実で、特に性欲などという言葉を考える時に、すぐに異常性欲者をイメージしてしまうのも正義感という言葉の成せる業に違いない。
 別れていった彼女は、どちらかというと性欲に対しては貪欲だった。最初こそ清楚な感じの女性だったが、付き合っていって身体が解放されてくると、気持ちをオープンにできる性格のようだ。
 新山にとっては素晴らしく見えたが、もう一人の新山にとってはどうだっただろう。はなはだ疑問である。
 食欲があるのはいいことなのだが、すぐに満腹になってニュートラル状態が少ないと、欲がなくなってくる。
 満腹状態の時に思考能力が落ちるというのは、きっと食欲が満たされた状態になって、欲が飽和状態になっているからに違いない。
 満腹状態が多かった時、新山は人間不信に陥った。それは今でも兆候として残っているが、新山に正義感なるものが自分の中にあることに気付いたのはその頃だった。だが、逆にそれに気付いたちょうどその頃、ニュートラルな時間が極端に少なくなった時期と合致していた。
 それまであまり人のことを気にする性格ではなく、ストレスも溜まっていなかったが、正義感を持つようになって、人のことが気になり始め、余計なストレスが溜まってきた。
 それまでのストレスというと両親に対するものだけだった。
 両親自体が正義感に満ち溢れているように見えたので、正義感というものに疑問を抱いていた。だが、親と離れて暮らすようになって、自分の中に何も自信がないことに気付いたのだ。
――何か自信を持てるもの――
 と考えていくと、今までの経験から考えると、身近にいた両親を嫌だと思いながらも見続けてきた自分しかなかった。
 確かに両親をいぶかってはいたが、すべてが嫌だったわけではない。
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次