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短編集100(過去作品)

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――他の人には甘いのに、どうして俺にだけ厳しいんだ――
 と思っていた。他の人に甘いわけではなかったのに、自分に対してしか見る目がなかった小さな頃のイメージがそれだけ大きかったに違いない。
 しかし自己防衛が先に立つのか、それとも親に逆らえないという気持ちが強いのか、頭の中でいつも親に気を遣っていた。それがジレンマとなったわけだが、必要以上に気を遣っていた自分が今から思えば口惜しい。
――何もそこまで気を遣わなくとも――
 と何度感じたことか。それを感じずにいられなかったのは、それだけ親の持っている威厳と正義感が正しいことだと新山自身が認めていたことになる。
――一人になったんだから、誰にも遠慮なんかいらないんだ――
 これからは自分の思った通りに暮らせばいいんだとまで考えていたが、それも善悪を真剣に考えられると思っているからだ。ジレンマには悩まされたが、あくまでも呪縛として考え、呪縛から逃れれば、あとは自分が正しいと思うことをすればいいのだ。
――まだ人生始まったばかりじゃないか――
 と考えれば目標を持てたことで心も晴れやかになる。
 一方、人生について考えるようにもなっていた。人生の長さについても興味があり、よく本屋に行っては、人生についての本を眺めていたりしたものだ。興味がありそうな本は買ってきて、家にいる時に見たりしていた。如何せん本を読むと眠くなる性格でもあるので、寝る前に読むことが多いため、なかなか集中して読めなかった。そこへ持ってきての記憶力低下である。悩むなという方が無理かも知れない。
 満腹感の苦しさを知り、睡魔に襲われる毎日を送っていると、自分が追われる人生であることに気付く。
――どこに正義などあろうものか――
 と考えるようになり、最初は眠たいのを無理して起きていようと思ったものを、
――眠い時には眠るものだ――
 と思うようになった。ある意味開き直りに近いものかも知れない。
 開き直ってくると、それまで苦しかった満腹感が少しずつ和らいでくるのを感じた。
感覚が麻痺してきたとも言えなくない。苦痛も慣れてくるとそれほど感じなくなることもあるからだ。空腹感の方が苦痛に感じるくらいになってきた。今まで眠ることに対して偏見を持っていたからかも知れない。
 追われる人生を送っているのをずっと気付かずにいた。いつも前ばかりを見て過ごしているつもりなのに、どこか釈然としない。
 親に対するジレンマもそうであるし、変な正義感もまた気持ちの中に矛盾を生み出す効果をもたらす。自覚症状のないということが、言い知れぬ苦痛をもたらし、自分の中でも弱いところを攻撃するのかも知れない。
 空腹感と満腹感が交互に襲ってくるのもそのせいである。満腹感により、記憶力が落ちたり注意力が散漫になったりと、感覚を麻痺させる苦痛を与えていた。
「人間は規則正しい生活を送るようにできているんだ」
 と言われて、規則正しい生活を半ば強要されながら育った新山にとって、無意識ながらの抵抗意識の強さがジレンマを生むのだ。その呪縛から逃れられれば自分がどのような気持ちで生活していけばいいか分かってくる。
 確かに規則正しい生活は大切であろう。だが、それがプレッシャーになっては仕方がない。
 感覚が麻痺してしまっていた時に感じたのは、
――頭がボケてしまったのではないか――
 ということであった。まるで目の前の箱を開けて出てきた白い煙に当たって、一気に歳を取ってしまった浦島太郎の心境とも言える。
――何の経験もなく、このままボケてしまうのは嫌だな――
 という漠然とした思いが頭の中にあったのは事実である。
 その時に感じたのは、満腹感で眠気が来るということだった。
「人間というのは、睡眠時間は生まれた時から決まっているらしいぞ。だから言うじゃないか、寝る子は育つってね」
 友達が笑い話のつもりで話していた時、なぜか笑うことができずに聞いていたのを思い出した。
 睡魔が襲ってくるという満腹感、満腹になると意識が朦朧としてくる。
――ひょっとしたら、気がつけばまったく知らない状況が目の前に広がっていたりして――
 などと他愛もないことを考えたことがあったが、本当に他愛もないことだったのだろうか。後から考えれば背筋に寒気が走りそうである。
――一体寿命なんて誰が決めたんだろう――
 先のことを考えてくよくよしても仕方がない。睡眠時間の話が今まで自分の中にあった親とのジレンマに大きな影響を与えていたことには違いない。それを感じた時、新山の頭からジレンマが消えた。
「今日は何を食べようかな」
 毎日声に出して空腹を楽しんでいる。わざと声に出して喋る。誰に聞かれてもかまわない。要は自分が自覚することなのだ。
――眠たいときに寝て、食べたい時に食べる――
 これが飽和を乗り越えた新山の結論だった……。

                (  完  )






作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次