短編集100(過去作品)
という思いが気負いになって、それまでの自分たちの性格を押し殺すことで生活を確保してきたのだろう。高校時代まで地味であまり目立つことをしなかった新山も、優等生と見られることだけが唯一の行き方だと思っていた。
それだけに先生からの目は信頼があった。
暮らすには数名の不良グループがいて、彼らに目を奪われがちな先生たちだったが、それでも優等生数名に対しては、学校側の意向もあり、しっかりとした進路指導が行われていた。その中に新山が入っていたのも当然のことである。
中学の頃に伸び始めた身長は、すでに百八十センチを超えていた。
「お前いつの間にそんなに伸びたんだ?」
中学に入ってすぐに伸び始めたわけではなく、むしろ、中学卒業間際から伸び始めたので、高校入学で離れ離れになった連中から見れば、小さい方の部類だった新山の身長が急に伸びたことは青天の霹靂だったに違いない。
「少食のお前がそんなに伸びるなんてな」
と言われるが、
「そうなんだよ。実は俺もビックリしているんだ」
と本人の新山が実は一番ビックリしているのかも知れない。
大学に入学して中学時代に一緒だった友達と、また一緒になるというのも不思議なものである。相手もそれなりに変わっているが、相手から見た新山の変わりようは、友達の比ではない。三年という月日は、成長期にとって相当な月日であることの証明でもあるようだ。
一人暮らしというのは、偏食するからあまりよくないと言われがちだが、あながち皆に言えることではないのかも知れない。新山など一人暮らしを始めるようになってから、却って食が進むようになった。嫌いなものも好きになる傾向で、学食のランチでさえ、
――こんなおいしいものだったんだ――
と思うようになっていた。
高校時代までは、おいしいと思ったものでも一口二口食べただけでもすぐに味が変わってしまっていた。食事の時間が楽しくなく、人と一緒に食べることが億劫だったりした。食事とは一人で摂るものだと思い込んでいたくらいだ。
暖かいものじゃないとおいしくないと言っていた人がいたが、高校時代までの新山は冷えたものの方が好きだったりする。わざわざ暖かくなるのを待っている時間がもったいなく思えたからだ。
「おいしい匂いがしてくるだろう?」
と言われてみても、匂いだけで腹が膨れる状態なので、却って気持ち悪くなる。一人暮らしをするようになって、食事の時間というものがトラウマと影響していたか分かったような気がしていた。
とにかく時間がもったいないのだ。嫌いなものの時間というのが、どれほど長く感じられて、さらにはその時に他に人がいて自分ではどうすることもできない時間だと思うことが苦痛を呼びか、やっと分かったのは、食事をするのが好きになってきた大学に入って自分の時間が取れるようになってからである。
食事の時間が長く感じている間は楽しかった。おいしい料理を目の前にして、
――どうして今まで嫌だったんだろう――
と頭を傾げていたが、トラウマだったことだけはしっかりと覚えている。それなのにお腹が減るのは精神と肉体の欲するものが分かってきた証拠ではないだろうか。それであるならば、新山にとってはありがたい兆候なのだと思っていた。
だが、それが勘違いであることに気付いたのは、数年が経ってからのことだった。
食べても食べてもお腹が減るのをずっとありがたいことだと思っていた。別に高級料理ばかりを食していたわけではなく、普通の食事でも十分においしいと思って食べれたからである。
一日、五食六食など当たり前だった時期もある。一番心配だったのは、肥満体にならないかということだけが心配だった。思春期で女性の目が気になる年頃なので、肥満体になるというのは新山にしてみれば致命的なイメージがあったからだ。
「肥満体にあるのと、食事を減らすのとどっちがいい?」
と聞かれると究極の選択だと思いながらも、結局は食事制限を選んでしまうだろうということは頭の中で覚悟していた。
しかし。幸いなことに肥満体という危惧は回避された。少々食べても体型は変わらない体質らしい。新山の友達にも、どんなに食べても体型が変わらないやつがいる。きっと役得なのだろうと思っていた。
――今まであまり食べれなかったので、これからは食べていいんだという神様のお許しが出たんだ――
と思うようになっていた。
神様のお許しかどうかは定かではないが、冷静に考えても食事がいけることは食べれなかった時期に比べていいことには違いない。たっぷり食べて、今まで遅れていたであろう成長に追いつかなければならない。
パッと見、成長が遅れていたかどうかなど分かるわけはないが、それが分かるとすれば本人しかいない。本人としては遅れたという自覚があるのだから、当然本能に任せて食べるというのも当たり前のことだ。
食事がいけるようになって人生も変わってきた。
それまで欲しくてもできなかった彼女ができたのは、食事がいけるようになってすぐのことだった。
相手は明るさが一番のとりえの女の子で、
――どんな高校時代を送ってきたのだろう――
と感じさせ、さぞかし新山とは違った生活だったに違いないと思っていたが、
「高校時代までの私って実際目立たない女の子だったのよ」
と意外なことを口にした。
おもむろにカバンから取り出したメガネケースからメガネを取り出してつけると、まさしく目立たない女の子そのままだった。アニメにでもしたら、メガネの奥の瞳を描くことのないような無表情で、団体の一番後ろにいつも背後霊のように佇んでいるそんな女の子である。
「これは意外だな」
「そうでしょう。私も自分でビックリしているの。今はコンタクトレンズにしているんだけど、メガネを外しただけでこれだけ世界が違って見えるなんて知らなかったわ」
「大学のキャパスという雰囲気も君を変える要因になっているのかも知れないね」
「そうかも知れないわ」
という話を知り合ってすぐにしていた。
お互いに異性に興味を持ちながら、異性と付き合うのは初めて同士であった。だが、まったくそんな感じを受けさせないところが二人の雰囲気にあった。
「前から知り合いだったような気がするんだ」
その言葉がさらに二人を親密にする。身体を重ねるきっかけになった言葉があるとすれば、
「前から知り合いだったような気がするんだ」
という言葉が引き金になったに違いない。
そんな彼女にあまり大食漢であるところは見せたくないと思っていたが、ずっと一緒にいるとそういうわけにもいかない。
「なかなか男っぽい食べっぷりよね」
と彼女に言われて、何と言っていいか分からずに顔を紅潮させていた。皮肉にも聞こえるし、判断に難しかった。
なるべく彼女の前では紳士的な食事の取り方をしなければならないと思っていた。彼女と付き合っているうちにだんだんと分かってきた彼女の性格から考えると、
――男性は、野生的な人よりも紳士的で、常識のある人を好きになるタイプだ――
と思っているようだ。今の大食漢では明らかに嫌われてしまうだろう。
ここでまた究極の選択だ。
――彼女に嫌われるのと、食事を減らすのとどっちがいい――
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次