小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集100(過去作品)

INDEX|13ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

飽和な時間



               飽和な時間



 最近の新山は、「ものぐさ」という言葉に敏感になっていた。
――何をやっていても面白さを感じない――
 という意味だと思い、自分には縁のないことだと思っていた。毎日の生活で少なからず何か楽しいことがあるだろうという気持ちを持ち続けているからだった。
 何が楽しいことなのかなど、考えたこともない。きっと楽しいことが訪れれば胸の鼓動が無意識に高鳴ってきて、ワクワクした気分になるはずだからである。春になり、桜が咲く季節になると、訳もなくワクワクしてくる気分になる新山だけに、もっと刺激的なことが多い世の中で、絶えず楽しいことは自分のすぐそばで息吹を上げているだろう。要はしれに気付くか気付かないかの違いである。
 ワクワクと胸の高鳴りを感じる一番の出来事は、女性との出会いであろう。男との出会いも悪くはないが、まだ二十歳そこそこの新山にとって、女性との出会いを夢見ない日はないくらいだった。
 今までに数人の女性と知り合ったが、気がつけば別れていた。相手が離れていくこともあったが、自然消滅のような形も少なくはない。
「お前は飽きっぽいんじゃないのか?」
 と言われて、
「確かにそうなんだが」
「それだけではなさそうだな」
「まあ、いろいろあるよな」
 と言葉を濁している。飽きっぽいというよりも、出会いの瞬間があまりにもセンセーショナルな気持ちになってしまって、付き合っていくうちに少しずつ気持ちが萎えてくるのかも知れない。出会いの瞬間からテンションが下がってきていると言われても仕方がないだろう。
 だが、それに気付く女性などいるはずもない。付き合っているうちに、
――どこかおかしいな――
 と思うことはあっても、まさか最初からテンションが下がってきているなど、分かるはずもない。それだけ出会いの瞬間は、相手の女性にとってもセンセーショナルなのだ。
 新山がそのことに気付いたのは、ごく最近のことである。それまでは、
――なぜ、皆俺から遠ざかっていくのだろう――
 と思っていた。
 何も言わずに遠ざかる女性もいて、やりきれない気持ちになっていたが、その原因が自分にあるなど、夢にも思わなかった。
 新山は中学時代までは少食だった。痩せているせいもあり、まわりからもあまりたくさん食べる方には見られなかった。少食だけに少し食べただけでもお腹がパンパンになってしまい、後で苦しいことを無意識に分かっているのだろう。特にお腹に膨れやすいものは見ただけでも気持ち悪くなることが多かった。天ぷらなど、よほどお腹が空いていないと気持ち悪く感じたものだ。
 親からはよく怒られた記憶がある。
「あなたのためにたくさん作っているのよ。どうして食べないの?」
 幼少時代は結構食べる子供だったようで、最初から少食ならば親も怒ることはなかっただろう。だが、急に少食になったのだから、親に理解できないのは当たり前で、その理由は自分ですら分からない。
――ひょっとして――
 思い当たることはないでもない。小学生の頃、遠足の前日にお腹が痛くなったことがあった。
 遠足は学校行事の中でも一番好きなもので、前の日の夜など、なかなか寝付けないほどだった。その遠足を前にしてお腹が痛くなったのだから普段よりもお腹の痛さが倍増したのはいうまでもない。
――夕飯の魚のフライがいけなかったのかな?
 と感じながら、痛みに耐えていた。頭の中では明日の遠足を楽しみにしている自分が浮かんできて、恨めしい気分である。
 普段なら好きな魚のフライ、脂っこいものは嫌いではない。だがその日を境に嫌いに鳴っていった。
 遠足は楽しみにしていただけに、痛いのを我慢して出かけた。なるべく苦しいのを悟られないようにしながら笑顔で出かけたつもりだったが、それがいけなかった。
 楽しいはずの遠足をまったく楽しむことができない。しかも自らが痛みを堪えて出かけてきたものなので、誰にも文句を言えるわけもない。むしろ人に痛みを悟られるのは嫌である。
 足が攣った時など、人に触られたくない思いから、必死で耐えている気持ちと同じである。その時よりも楽しいはずの時間が人に言えずに地獄を見ている感覚に陥っていることがトラウマとして残ってしまうのも致し方ないだろう。
 しかし、痛みが消えれば直接的な苦しさから逃れたことで、次の遠足の時には忘れていた。魚のフライはさすがにきつく、なるべく脂っこいものは口にしないようにしていたが、それもほとぼりが冷めると、すぐに口にするようになる。
――喉元過ぎれば暑さも忘れるのたとえもあるが、まさしくその通りだ――
 だが、少食というのだけは身体に染み付いてしまった。脂っこいものを食べてもすぐにお腹が太って食べられなくなる。分かってくれる人は誰もいないだろう。
 元々少食の原因である腹痛を押しての遠足は、誰にも悟られないようにしていた。特に親に言えば何と言われるか分かったものではない。
 父親はずっと高校の先生をしてきた。ちょうど新山が小学生の時というと、学校では風紀委員の先生として生徒から恐れられる存在だったらしい。ある意味、教頭よりも第一線での権力があったようで、実務の決定権にかなりの影響力を持っていたらしい。
 母親も元は教師だった。真面目だけがとりえの父親と結婚するのだから、母親もさぞや厳しい女教師だったことだろう。中学に入ってから女の先生もいたが、やはり母親とは少し雰囲気が違っている。あまり叱ることをしない先生は生徒にも人気があった。
――お母さんに人気なんて言葉は無縁だったんだろうな――
 と思わなくもない。
 そんな両親に育てられたのだから、さぞや堅物の息子だろうと思われがちだが、却って萎縮してしまい、口数の少ない子供だった。
 学校から帰ってくれば、
「勉強しなさい」
 と言われない日はなかった。もし何も言われなければ、
――俺だって自分から勉強しようと思う時だってあるんだ――
 と思い、先に言われてしまうことが一番嫌だった。
 そんな生活ばかりなので、却って学校にいる時の方が気が楽だったかも知れない。だが、友達の楽しそうに遊んでいる姿を見ていると羨ましく思い、自分の立場を思い起こさせるだけになってしまうこともある。
――結局、俺は孤独なんだ――
 と思わずにはいられない。
 運動会は嫌いだが、遠足は好きだった。
 運動会は父兄が見に来るからである。楽しそうな友達の家族を見ていると何とも言えない。
 一度母親が運動会に来てくれたことがあった。お弁当を持って昼の休憩時間に一緒におにぎりや玉子焼きを食べたものだ。
 嬉しかった。この時間がもっと長く続けばいいと思った。疲れている身体にどれだけの癒しになったことか、それは誰にも分からないだろう。
 だが、運動会に来てくれたのはその一回だけだった。なまじ一度楽しい経験があるだけに、まわりの家族が羨ましい。後から思えば運動会に来てくれた時も、きっと母親は何かに我慢していたに違いない。それが何なのか、子供の新山には分からなかったが、
――来てくれて嬉しかった――
 という思いと、
――お母さんを辛い目に合わせてしまった――
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次