短編集100(過去作品)
敦子を気に入っているのは間違いないのだが、それは他のところでである。どこか一生懸命なところがあり、矢島に気を遣ってくれているのも分かる。だが、どこかが違うのだ。
――気が強い女性って、こんな感じだったのかな――
と感じたが、それは敦子に対して感じている思いが揺らぐものではない。少し気になる程度で、すぐに忘れてしまった。
試合はそのままパイオニアーズがすんなり行くかと思っていたが、終盤になって少しずつライナーズに得点を返され、終わってみればスコアは九ー七という打撃戦になっていた。後半は完全にライナーズペース、きっとファンの多くは勝ったような気がしないかも知れない。
ライナーズ側は、惜しかったと言えるのだろうが、ファンは冷静だ。近くで見ていたライナーズファンの会話を聞いていたが、
「惜しかったと言っても、負けは負けだからな。まあ明日に繋がる試合ということだな」
「そうだな。とにかくあとヒット一本が出なかっただけだからな」
「ああ、明日が楽しみだ」
冷静ではあるが、しっかり期待もしている。矢島は見ていて寂しくなるどころか、
――ファンというのは、かくいうそういう風な考えを持っている方が楽しいよな――
と感じた。
その日から矢島はライナーズの試合も気になり始めた。もちろん、敦子には悟られないようにしているし、パイオニアーズの試合もしっかりチェックしている。
東京という土地柄か、野球場が密集しているのも当然のことで、同じリーグだけでも東京近郊に本拠地球場を持つチームが三球団もある。
パイオニアーズは、東京に近い千葉にフランチャイズがあり、会社からも近いため、東京のファンも多い。もう一つ同一リーグで近くといえば横浜があり、ナイターだとさすがにきついが、休みの日のデーゲームくらいなら、いつでも行くことができる。
敦子とライナーズ戦を見に行ったその一週間後、今度は横浜でライナーズが試合をする。
横浜というと以前住んでいたことがあったので、懐かしさもあった。だが、それはかなり前のことで、中学生の頃までだっただろう。
そう、父親に連れられていったのはここの球場、しかし今は昔にくらべて綺麗になっていて、スタンドも増設されているようだ。懐かしさとともに、どれだけ変わったのかに興味があった。
横浜球場という名前だったが、名前がベイスタジアムに変わった。港横浜らしい名前ではないか。
横浜を本拠地とする横浜ベアリングは、現在三位にいる。これから調子がよくなるか悪くなるかは監督の手腕に掛かっているチームということで、選手への期待度よりも、監督への期待度が深いチームである。
――プレイをするのは選手なのにな――
という思いが強いため、どうしてもベアリングを応援する気にはなれない。ただ熱狂的なファンが多いことでも有名なチームなので、監督になる人はさぞや大変だろうと、同情しまうほどだ。
一人で球場に向うのは初めてだったので、余計な緊張をしてしまった。
――誰かに見られたらどうしよう――
と思ったのは、頭に敦子がちらついたからだ。
敦子は矢島は完全にパイオニアーズのファンだと思い込んでいる。確かにパイオニアーズのファンであることには違いないが、熱狂的ファンでもなければ、パイオニアーズだけを冷静に見つめる気にはならない。それはライナーズを意識し始めたからだ。
――どうして弱小球団など気になるんだろう――
別に、日本人にありがちな「判官びいき」というわけではない。弱者の味方をして、自己満足を得ることが「判官びいき」だと思っているので、あまり「判官びいき」と言われるのは本意ではない。
だが、中学生くらいまでの矢島は弱者の味方だった。弱者の味方というよりも、自分が弱者だと思っていたのだ。自分から目立とうとせず、いつも誰かのそばにいて、人の影に隠れているような生活を弱者だと思っていた。
確かに弱者に違いないのだが、それを正当化していたのが、中学時代までの「判官びいき」の性格である。
――自分は弱い人間だから、誰かに味方になってもらっても仕方がない――
という考えが元になっていたのだ。
弱い者を弱いと認めているくせに、それが悪いことだという認識がなかったのだろうか?
いや、そうではない、弱いものが悪いと思っていたからこそ、何とか正当化しようと思っていたに違いない。ある意味、それが弱者の証明ではなかっただろうか。
当時の横浜は弱い球団だった。今の仙台のようなチームだった。
小学生の頃に連れてきてもらって見た試合では、ことごとく負け、勝ったりすれば、応援団もお祭り騒ぎである。
矢島は横浜が好きだった。小学生の頃はどうして好きなのか分からなかったが、今から思えば弱かったからだろう。当時の友達は皆横浜ファン、だが、きっと矢島とは違う種類のファンだったはずだ。
横浜が強くなったのは、矢島が横浜を離れてからだった。球場も綺麗に整備され、それまでの弱小球団が生まれ変わった。
「監督が変わったのがよかったんだな」
口々に話している。
矢島は横浜のファンではあったが、野球ファンではなかった。ルールを覚えようという気にもならないし、テレビで野球を見ようとも思わなかった。
小学生の頃は横浜のことを話題にしないと、他に話題がなかったので、仕方なくファンになったとも言える。小学生の話題と言えば、野球かアニメだったが、矢島はアニメをあまり見る方ではなかった。嫌いだったと言ってもいい。
矢島が行った日、ベイスタジアムの観客は少なかった。パイオニアスタジアムの時はライナーズの応援団が肩身の狭い思いになるほどパイオニアーズ応援席のファンは多かったが、ベイスタジアムではベアリングファンも少ない。
――もう少し人気のあるチームだと思ったのにな――
とベアリングのスタンドを見ながら感じたが、よく考えてみれば相手がライナーズだから客が少ないとも言える。人気カードじゃないと客が入らないとは、ベアリングスタッフも頭が痛いことだろう。
それでも熱狂的なファンはいるもので、レフトスタンドはパイオニアスタジアムと変わらぬ応援を続けていた。試合はそこそこ打撃戦で、見ていて面白い。攻撃面では粘りを見せるライナーズも投手力に難があるため、最後は負けてしまうことが多い。
「やっぱり野球は投手を中心とした守りのいいところが優勝戦線に残りますね」
スポーツニュースの解説者が話していたが、いつも同じ話を聞くように思う。それも違う人からなので、それだけに説得力がある。
ポツポツと三塁側内野席にはファンが点在している。一人で見に来ている人は少なく、数人の団体が多い。その中でもアベックが数組いるが、見ていて羨ましく感じるのはなせであろう。
その日は何となく落ち着きがなかった。キョロキョロとあたりを見渡したのは、一人でいるのが寂しい気がしたからだ。敦子という存在がいなければ寂しく感じないと思うのは男としての性のように思う。違うだろうか。
一人だけポツンと観戦している女性がいる。上の端の方で一人いるので、目立つのだ。目を凝らして真剣にグラウンドを見ているところを見ると、応援というよりも、プレイをじっくりと見ているように思える。
作品名:短編集100(過去作品) 作家名:森本晃次