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短編集99(過去作品)

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 母親はどちらかというと子供のことを必要以上に心配する方の親だ。高校時代までは一緒に住んでいたので、あまり細かいことまでは口出さなかったが、一人暮らしを始めるとなると、特に母親としては心配で仕方がないようだ。
「母さん、もう純一も大人なんだから、そんなに心配することはないんだ」
 と父親が言うと、
「ええ、でもねぇ」
 と納得しながらでもまだ奥歯にものの挟まったような気持ち悪さが残っているようである。
「時々、母さんが見に来ますからね」
 ということで納得したようだが、実際に来たのは一年生の夏頃までで、それ以降はあまり足を伸ばすことはなくなった。
――きっと安心してくれたのだろう――
 と感じたが、それが自己満足だということは最初から分かっていたように思う。
――最初の心配だって、元々自分の中でだけの心配だったんじゃないかな――
 とも感じるからだ。
 だからと言って母親を責めることはできない。女性というのは特に子供に弱いものだが、それは自分の中にあった「身体の一部」という意識が強いからだろう。一緒に住んでいる間はそれほどでもなくとも、離れるとなれば自分の中で整理できないでいるに違いない。
 特に中学高校時代とあまり母親に逆らったことのない純一である。それこそ不安が一気にこみ上げてくるというものだ。
――どうして反抗期がなかったんだろう――
 自分でも不思議に思っていた。てっきりどこかで反抗期は訪れるものだと冷静に自分を分析していたが、大学に入った頃には、
――反抗期なんて、信じられないや――
 と自分は他の人とは違うタイプの人間だと悟ったものだ。それが個性であり、自分の中で一番大切にすべきものだと感じるようになったのは、大学という今までと違う環境と、何といっても初めての一人暮らしが寂しさとともに感じさせるに至ったのである。
――まさか寂しさがこみ上げてくるなんて――
 一人暮らしを始めるにあたっては、不安と期待が入り混じっていて、少し不安の方が大きい程度だったが、夏が近づいてくる頃には、期待にあまり変わりはなかったが、不安がどんどん増してくるのを感じていた。
 根が正直なところがあり、それがネックになっていたのかも知れない。だが、それも友達が増えることで次第に解消されていった。
 一人暮らしの友達が増えてきたからである。
 一人暮らしをしている友達の話を聞くと、皆やはり同じような悩みを持っているもので、
「そういうのを五月病っていうんだ。皆同じさ」
 この一言で随分気分的に楽になった。
 気分的に楽になると、今まで一人で篭っていたのがウソのように、自分のまわりにたくさんの人がいることに気付く。今度は家で親と一緒に暮らしていたことが遥か遠い過去のように思えてくるから不思議だった。ずっと一人暮らしを続けてきて、まわりの友達ともずっと前から友達だったように思えていた。
――ずっと前から知っていた――
 この言葉は大学時代の純一にとってキーワードとなっていた。
 高校までは彼女がほしいと思っても、自分から話しかけることもできず、目立たない性格だったため、存在すらアピールすることもできなかった。大学に入ると、
――こんなに簡単に友達ってできるんだ――
 と思うことで彼女を作ることも不可能ではなかった。
 それでも最初に好きになった人と話ができるようになるまでは少し時間が掛かったように思った。後から考えればあっという間だったように思えるが、それまでに頭の中で思い描いていたことがどれほどだったか、思い出すことすらできないほどだ。
 しかし、一度話をすれば後は早かった。
――俺にこれほど話題性があるなんて――
 お互いに話を合わせていたからだろうが、お互いに饒舌だった。普段の彼女は見ていても目立たない性格で、これほど会話をする女性だったとは思ってもみなかった。
――きっと俺だからだ――
 と勝手に思い込んで悦に入っていたが、まんざらでもなかったことには違いなかった。
 相手も男性と付き合うのは初めてだったようだ。話をしていて盛り上がったのは、お互いに彼氏彼女だと思いながらも、気分的には友達の延長だったに違いない。大学一年生くらいだと、それが一番いい交際なのだと感じていた純一だった。
 だが、そんな楽しい時期はそれほど長くは続かなかった。それこそ男と女の感じ方の違いかも知れない。あれほど楽しかった会話がぎこちなくなってきた。彼女の方からの話題が少なくなってきたからだ。
 会う時は必ず約束をして会っていた。それが二人の間での暗黙の了解だった。電話で約束をすることもあれば、次に会う約束をして、デートを終わることも多かった。二人のデートの周期は、長くとも二週間と空かなかった。それが二ヶ月も連絡をしてこなければさすがに純一も不安になってくる。
「彼女に、他に好きな人ができたんじゃないか?」
 と相談した友達に言われたことがあった。
「そんな……」
 確かにそれは言えることかも知れないが、ズバリと指摘されてドキッとしてしまった。――何もそこまで露骨に言わなくてもいいのに――
 と感じてしまって、どう返事していいか戸惑っていた。まだまだ自分に自信のない時期で、何をどうしていいか分からなくなるとすぐに友達に相談していた。
 友達もいろいろな人がいて、助言してくれるのはいいが、意見が頭の中で錯綜し、却って纏まらないことが得てしてあるものだ。
 それでも相談してしまう。
――人に聞いてもらうことで、とりあえず自分の中で気持ちを落ち着かせたいんだ――
 逃げというわけではないんだと思っていたが、結果的には情緒不安定をさらに進行させてしまう。悪循環だったに違いない。
 実際には、彼女に好きな人ができたというのは本当だったようだ。それでも純一への配慮から、黙って身を引こうと考えていたのだが、それが一番いいことなのかは分からない。彼女にしてみれば一番気を遣ったつもりなのだろう。だが、純一にしては、
――逃げられた――
 という感覚しか残っていない。
 それが女心というものだということに気付いたのは、次に彼女ができた時だった。それまでに要した時間は二年だった。
――訳分からないうちに別れてしまった――
 という意識が消えるまでには三ヶ月という期間が掛かった。それから自分が以前のように彼女がほしいと思えるようになるまでには、さらに三ヶ月。何とも未練がましいというのか、それまで頭の中から彼女のことが消えなかった。
「では付き合っていたのはどれくらいなんだい?」
「そうだな、三ヶ月ほどかな?」
 付き合いにくらべて、ショックから立ち直るまでに倍の時間を要するなんて、自分でもナンセンスだと思う。三ヶ月と聞いた瞬間に思わず鼻で笑われてしまったことをずっと忘れずにいた。
 もちろん笑った相手も悪気があったわけではない。純一が友達の立場だったら同じように鼻で笑ったかも知れない。とにかく大学二年生くらいまでは、楽しいことの裏に純粋な悩みを抱えていたそんな生活をしていたのだ。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次