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短編集99(過去作品)

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――大人の雰囲気を感じる――
 わずかながら光っているように見えたのは錯覚だろうか。黒を基調とした店でなかったら感じなかったことかも知れない。
「ここ、いいかしら?」
――何を今さら断りを入れるのか――
 それは達男に対しての皮肉にも感じられたが、美代子の表情はほとんど変わらない。達男の知っている美代子とは少し雰囲気が変わってしまっていた。
 カバンを肩からかけていたが、中にはビジネス手帳のようなものが入っていて、絶えずそれを見ながら行動している女性が達男の会社にもいた。その人と美代子がダブって見える。
 達男はその女性が気になっていた。恋愛感情などこれっぽっちもないが、存在自体がどこか達男をけん制しているようで、近くによるとオーラのようなものを感じる。
――人を寄せ付けない雰囲気がある――
 確かに彼女のまわりには男性が寄り付いてこない。仕事で仕方なく話しかけている人は完全に萎縮してしまっている。それは課長であっても部長であっても同じで、何か一目置く雰囲気があるのだ。
「どうにも逆らえないな」
 課長が苦笑いを浮かべながら本人に話していたのを偶然見たが、その時の彼女の表情は複雑なものだった。
――まるで苦虫を噛み殺したような表情だ――
 と感じ、彼女自身も自分の性格に戸惑っているに違いないと感じていた。
 美代子がその女性と同じ雰囲気、そして同じオーラを発散させていた。
――俺と別れて何があったというのだろう――
 別れを切り出したのは、美代子だった。だが、その時の達男には何となく別れを告げられることは分かっていて、承服できないわけではなかった。別れを告げられた時よりも、実際に別れた後に襲ってきた、
――取り残されたような感覚――
 が大いに後遺症として残っていた。
――ひょっとして美代子にとっても別れは自分で想像していたよりも大きなものだったのかも知れない――
 達男の中では複雑だった。ひょっとしてやり直せるかも知れないと感じたのは自分が今ナンバーワンを目指している男だからである。
 会話を続けていたが、どちらかというと饒舌ではないと思っていた美代子の方が積極的で、会話の主導権を握られてしまった。大人の雰囲気を醸し出す中での饒舌さは、相手の顔を見ながら、すべての言葉に真剣みを感じる。それだけ、一言一言を無視できなかった。達男にとって、彼女を忘れられなかった期間はとても長く感じたが、立ち直ってからの期間はあっという間だった。
――美代子を忘れるなんて考えられない――
 などと思っていたのが信じられないくらいだ。
 会話の途中で、
「俺、最近パチンコもするようになったんだ。ストレス解消になるからね」
 と言ってからだろうか、美代子の態度が少しずつ変わっていった。
「あなたは、ギャンブルを絶対にしない人だと思っていたわ。別にギャンブルが悪いことだとは思わないんだけど、あなたにはしてほしくなかった。特にナンバーワンを目指そうとしているあなたにはね」
 何が言いたいのかよく分からなかったが、見ているだけでは我慢できなくなったことで、自分の中にナンバーワンへの気持ちが芽生えてきたと言いたいのだろうか。その瞬間、美代子と別れた時のことが脳裏を過ぎり、そこから先はさらに言葉が出てこなくなった。
 元々、自分よりもまわりの人が偉いんだと思い込んでしまう性格なので、すべてが言い訳に見えてしまうことで一言発した言葉から、いくつもの反論を生んでしまえばそこから何も言い返せなくなってしまう。それを相手に悟られてしまったのだ。
 せっかくやり直せるかと思ったのにと感じると、
――やはり――
 とまるで最初から分かっていたように感じるのも、自分が所詮ナンバーワンになれる器でないことを示していた。せっかくナンバーツーを目指していたのに、ナンバーワンを夢見るなど、欲が出てきたわけではないのだろうが、自分を見失った証拠である。
 ナンバーツーにはナンバーツーで、ナンバーワンにはできない器があることを思い知るべきだったのだ。
 熊本駅からバスで中心街である通り町商店街へと向う。商店街の大きなアーケードを抜けて少し歩いたところにある少し大きなお寺、そこが相良先生の告別式会場になっている。
 お経を上げている横で手を合わせながら、特別な場所での特別な心境に浸っていたが、それが自分の尊敬していた恩師であると考えれば考えるほど、遺影に写った先生がこの世にいないことが信じられなくなる。
――この前までは元気だったんだな――
 と思うと感慨もひとしおで、なぜ亡くなったのか不思議に感じる。
 先生は、地道な生活を繰り返し、教頭を長年続けてきた。しかし、今度校長になることが決まり、就任してからすぐだったようだ。
「何か誰にも言えないことで悩んでいたようですよ」
 と、少し年配の女性が口にハンカチを当てて、隣に座っている同世代の女性に話しかけている。知り合いではないようだが、年齢が近いことから意気投合しそうな雰囲気に見えた。
「そうですね。でも、何かご自分の性格の根本に当たるところで悩んでいたようですね。教師という職業柄、年が若く、そして成長期の悩みを抱えた学生相手ですからきっと思い悩むところがあったんでしょう。特に校長になってからは、一人一人の生徒と向き合うということではありませんからね」
「相良先生の場合は、あまり自分が表に出ようとされる性格ではなかったようですから、その当たりに何か悩みがあったんでしょうね。先生の父親は政治家だったんですよ」
「そうだったんですか」
「何でも、大先生に当たる人のそばにいて、自分は目立つことなく先生を引き立てながら頑張っていたそうで、その先生が亡くなって、その後を引き継いだそうなんですが、引き継いだお父様もその後すぐに亡くなっているんです。自殺だったそうですよ」
 先生のナンバーツーを前面に出した性格は父親譲りだったのだ。今の達男には父親の自殺が分かる気がする。所詮、ナンバーツーの人間はナンバーワンになることはできないのだ。もちろん、器が大きくなければナンバーワンもナンバーツーも収まらない。だが、器の中の次元はまったく違うものなのだ。
 先生の死は自殺ではないらしい。しかし、自殺ではないが、達男には限りなく自殺に近いものが感じられて仕方がない。まるで、死を予感していて、死を怖がっていない状態。死を待ちわびていると言ってもいい。
――楽になりたい――
 この気持ち分からなくもない。
――分からなくもない?
 自分の中に忍び寄っている死の予感が背筋を駆け抜けた。死を予感させるものなど何もないはずである。しかし今の達男には死を怖いとは思っていない。死というものに対して感覚が麻痺しているように思えるが、逆に今なら死を正面から考えることができるだろう。線香の匂いが感覚を麻痺させる。達男の中にあるナンバーワンという言葉の感覚、次第に消えていくのを感じる。もう一人の自分が死んでしまった瞬間であることを悟っていた……。

                (  完  )


作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次