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短編集99(過去作品)

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 美代子と別れて、自分がナンバーツーを目指しているところを気に入らなかっただけだと思っていたが実際はそれだけではなかっただろう。必要以上のことを言わない達男に対して物足りなさを感じていたのも事実である。それに気付いたことで、久しぶりに美代子と行った喫茶店にまた行ってみたいと思うようになったのだ。
 敷居が高かったのは間違いではない。失恋で遠ざかってしまった店の敷居が高いのは当たり前で、しかも思い出の多い店である。ある意味達男は素直な性格であるとも言えるであろう。
 久しぶりに降りていく階段は薄暗く感じられた。大学時代であれば、学校が終わってからなので、まだ明るい時間に来れるが、会社に入ってからは、なかなか明るい時間に来るのは不可能で、蛍光灯の明かりに照らされているだけなので、暗く感じるのも当たり前である。
 そのくせ影だけはクッキリと感じることができる。実に不思議なものだ。
 店の中はまだ時間的に早いのか、誰も他の客はいなかった。元々この店はほとんどが常連で、次に来る人も知っている人の可能性が高いだろう。
 美代子を伴って来ることも多かったが、一人で来ることもあった。むしろ一人で来ることの方が多かったように感じる。
 美代子を伴って来ることが何度か続くと、一人で来ることが何度か続く。どちらが多かったか分からないが、達男の中では一人で来た時の方が印象深かった。
 その理由としては、一人でいる時の方が時間が経つのが遅かったからだ。美代子といると会話に花が咲き、マスターが会話に参加した時など、いつもあっという間に帰る時間になっていたりする。
 時間というのは不思議なもので、最初、美代子とこの店で出会った時、なかなか時間が過ぎなかったように思う。
――この時間が長く続けばいい――
 と思っていたのも事実で、何度も時計を気にしていたものだ。
「時間、気になりますか?」
 と美代子から聞かれたくらい頻繁に時計を気にしていた。
「いえいえ、そんな」
 急いで否定した。否定しなければ、余計な誤解を与えてしまう。
 その時は自分の感じていた時間よりも時計の時間が遅く、嬉しかったものだ。
 それから数回、美代子と二人で店に来ていた。一人で来ることよりも美代子と来たかったからだ。美代子も同じ気持ちだったと思う。その時はお互いに時間が合わせることができた。
 一回目よりも二回目、二回目よりも三回目。話題は豊富だった。元々無口であまり人と話すことのない達男だったが、本を読むのが好きだったこともあり、話題性には事欠かない。
 美代子の趣味も読書だと言っていた。本の内容についての話題も多かったが、雑学的な話も多い。そんな時はマスターも話に参加して、結構話題が膨れ上がっていたものだ。
 マスターが会話に参加するのは、実に自然だった。普通、女性と会話していれば他の人が会話に参加できるような雰囲気はできないものだが、美代子との間にはそんなものはなかった。誰でも参加できる雰囲気を醸し出していて、それにマスターが参加していた。
 その時の店内は、全体から醸し出しているシックな雰囲気とは若干違っていたかも知れない。大声で話をすることはなかったが、黒を基調としたシックな雰囲気の店の中で、会話の三人は明らかに眩しさを醸し出していた。
「あっという間の時間だったね」
 店を出て、眩しいはずのネオンサインが普段と変わらない様相を呈しているのは、会話に咲いた花の余韻に浸っているからだ。顔が若干紅潮していたかも知れない。
「そうね、マスターも気さくな人だし、楽しいわね」
 そんな取ってつけたような会話をしたことで、また店に一人で行ってみたいという気持ちになってしまったのも事実だった。
 それから数度、美代子を誘わずに店に顔を出した。人を伴うわけではなく、一人で出かけて、いつもの指定席であるカウンターの奥に腰掛けて、シックな店内を見渡しながらコーヒーを飲む。美代子と知り合う前の達男に戻っていた。
――やっぱり時間が経つのが遅いな――
 と感じていたが、それでも、
――きっとこれが本当の時間なんだろうな――
 普段時間の目安と考えているのは、どうしても会社で仕事をしている時間だ。一人になってからの時間はゆっくり流れてほしいと感じるのは達男だけではあるまい。
 一人でいる時間はなかなか過ぎてくれない。しかし、終わってみればあっという間だったように思う。美代子と二人で店に来て話している時間と変わらないが、感じるシチュエーションには天と地ほどの違いがある。
 美代子と喫茶店で喋っている時は、正直時間の感覚はない。気がつけばあっという間に過ぎているのだ。しかし、一人でゆったりとした時間を使っている時は、常に時間のことが頭にあって、時計を見て確認したいと思っても、感じている時間よりあまりにも短いことを恐れているのだ。
――まだこんな時間か――
 普通なら、
――まだまだ時間が使えるな――
 と喜ぶべきところなのだろうが、実際は
――もし、このまま時間が進まなかったらどうしよう――
 という気持ちにさせられることを恐れている。
 会社では時間をどれだけ有効に使うかということも自分の仕事だと思っている。ナンバーワンを目指すためには、自分の時間はさることながら、まわりの仕事の時間も気にしていなければならず、それだけまわりへの気配りが要求されるのだ。だからこそ一人でいる時間を大切にしたいと思っている。
 だが、美代子と付き合っている間はそんなことを感じなかった。美代子といる時間、自分一人でいる時間、それぞれの違いを分かっているようで分かっていなかったのだろう。時間というのを気にしていたとおっ持っているのも、ひょっとすると後から考えて感じたことなのかも知れない。
 そんなことを考えながら、コーヒーを飲んでいた。
――もう学生時代の自分じゃないんだ――
 シックな店内は、学生時代と変わらず迎えてくれたが、どこか雰囲気が違っている。店の雰囲気が変わったようには思えないので、変わったのは達男の方だと考える方がずっと自然である。
 同じ席に座り、同じ店内を見渡しているが、学生時代に見た時よりも狭く感じられた。久しぶりに来たところというのは、得てして小さく感じるものだという感覚は、元々持っていた。
――やはり――
 自分の想像していたのとあまり変わらない店内の広さなので、最初から狭く感じることは分かっていた。そして視線はいつものように扉を向いていた。
 扉に視線が行くのが無意識だった。ちょうど店内を見渡していると視界の中央に見えるのが入り口だというだけのことだが、その日は距離感を感じたいと思っていたこともあり、いつも以上に扉に視線が集中していた。
 店に入って一時間が経とうとしていた頃だった。これも無意識にだが、時計を見ると、
――そろそろ一時間だな――
 と感じ顔を上げた瞬間だった。
 あくまでも偶然だろう。しかし、達男には偶然という言葉だけで片付けられない何かがあった。扉が開く前から予感めいたものがあったと言っても過言ではない。
 開いた扉から顔を出したのは美代子だった。
 黒を基調とした店に黒いスーツで現われた美代子は、しっかりと社会人の雰囲気を醸し出していた。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次