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短編集99(過去作品)

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 そのせいもあってか、仕事が終わると一人でいることが多かった。同期入社の連中は、大学閥の枠で入社してきた連中も多く、毎年一定人数を受け入れているため、先輩や上司に人脈が広い。その点、達男の大学から入社してくる人はほとんど皆無で、先輩にいたとしても、すでにやめてしまっている人だったりする。
 就職して一人暮らしを始めたが、それも楽しかったのは最初だけだった。
――自分は一匹狼だ――
 などと思って、一人でいる時間を大切にしたいと思っていたが、なかなかどうして、寂しさがこみ上げてきて、自分でもどうすることもできないほどの勢いで増幅していくのを感じる。
 最初は、女性が恋しいというわけではなかった。とにかく誰かいないと寂しいというだけだったのだが、そのうちに対象が女性に限られてきた。きっと身体が求めるのかも知れない。
 だが、不思議なもので、それから数ヶ月もすれば彼女がほしいという感覚が薄れてきても、寂しさは一向に収まりを見せない。寂しさに虚しさを感じるようになっていた。身体だけを求めていたことに虚しさを感じていたからだろうか。後から思えば身体だけの寂しさが虚しさを呼ぶという理屈が理解できるようだった。
 理性と本能の狭間で気持ちが揺れ動くのは、成人男性であれば当たり前のことだ。それは彼女ができたとしても変わらないだろう。もちろん、彼女ができれば気持ちに余裕ができて、本能を抑えることができるので、理性が表に出てくることもない。しかし、それは見えないだけで、心の奥で絶えず葛藤を続けているものなのだ。
――やっぱり、一番を目指すのがいいのかな――
 学生時代に描いていた構想を、自らで軌道修正するのはなかなか容易なことではない。思い込みもあり、むしろ自分で、
――自分はナンバーツーなんだ――
 と思うようにしていたからだ。ナンバーツーは目立ってはいけない。そして、ナンバー輪を立てなければならないということがどういうことかということを社会人になって思い知ったのも大きな理由だろう。
 まず自分を殺さなければならない。ナンバーワンを立てるためには、自分の私利私欲から表に出る性格まで抑えなければならないのだ。果たして達男にできるだろうか。
 学生時代に考えていたナンバーツーは、一番にならないようにして、二番をひたすら目指すことだけしか考えていなかった。プログラムをひたすら作ること、それだけでいい。ナンバーワンになどなってしまえば、責任が覆いかぶさって、自分のやりたいこともできないと思っていた。
 達男の考えるナンバーツーとは、第一線のトップのイメージであった。実際には目立たなくてもいいので、その代わり、自分の中では一番だと思えるポジション、それがナンバーツーだったのだ。
 しかし、実際には第一線のトップというイメージよりも、ナンバーワンを補佐するというイメージが強く、自分が想像していたものとは程遠い。
――自分にナンバーワンを目指すだけの技量があるだろうか――
 まずは、まわりをしっかり見ることができなければナンバーワンにはなれないだろう。
 研修期間中にも、研修をしてくれる先輩が何を言いたいのかを必死で見極め、正しいこととおかしいと思うことを自分なりに整理したつもりである。また、同期の連中を見ていて、話していることや行動をそのまま信じず、見極めるように努力もしてきた。結構神経を使っているので、時間がなかなか経ってくれなかった。
――もう一時間は経っているはずだ――
 と思って時計を見ると十分ほどしか経っておらず、脱力感を感じたことなど何度もあった。さすがに四六時中神経を尖らせているわけにもいかず、気を抜く時間を模索しているのに、時間の流れが遅いというのは、実に苦痛を伴うものである。
――野球をやっている頃はナンバーワンを目指していたっけ――
 苦しい練習に耐えながらナンバーワンを目指していた。練習にしても孤独なマウンドで耐えられるよう自分に自信をつけるために毎日毎日反復しながら練習していたものだ。
 それが実を結ぶかどうか実戦を目の前にして肩を壊してしまった。何しろ野球しかしてこなかった達男だったが、考えてみればよく立ち直ったものである。それほど達男自身、状況に対して順応性があるとは思っていなかったが、それもきっと先生から言われたナンバーツーの話があったからで、もしその話を聞いていなかったら、どうなっていたか分からないだろう。
 野球と実生活は違う。野球でナンバーワンを目指していたといっても、全国大会で優勝したいという夢を持っていた程度で、そこから先はあまりにも程遠く考えも及ばなかった。全国大会出場すら難しいのに、優勝など完全に夢のまた夢、分かってはいたが、所詮一無名校のエースとしての誇りしかなかった。お山の大将であっても、一番には変わりない。
 そんな時に思い出したのが相良先生の言葉だった。
 もし、相良先生の言葉が、肩を壊した後の挫折しかかっていた中で聞いたとすれば、どうだっただろう? きっとまともな精神状態での判断はできなかったに違いない。
 話を聞いていた時は漠然とした気持ちであったとしても、頭の奥にはしっかりとインプットされていて、いつでも呼び出せるところにあったのだ。だからこそ、ナンバーツーという考えを持つことができ、挫折から立ち直ることができた。
 だが、今度は挫折から立ち直らせてくれたナンバーツーという考え方を否定しなければならない立場に追い込まれてしまった。
 前の時とは違い、自分に何かが起こって変えることを余儀なくされた考えではなく、まわりの環境によって、自分の判断で変えなければならないと感じたのだ。自分の考えが成長したのか、それともまわりの環境に自分の考えがついていけていないのか分からない。
 ある意味素直な考えで今まで来たつもりだったが、それだけでは世の中を渡っていけないことを研修期間中に思い知った。それがまわりに気を配ることであって、それはナンバーワンだけができなければいけないというものでもないのだ。
 一人でいることの寂しさに少し慣れてきた頃、大学時代から馴染みにしていた喫茶店に久しぶりに寄ってみた。美代子と一緒に行った喫茶店である。
 美代子と別れてからしばらくは寄り付かなかった。半年掛かって美代子の思い出を清算できたと思った時、久しぶりに出かけてみたが、
「久しぶりだね、元気にしていたかい?」
「ええ、何とか」
 マスターから声を掛けられ、そう答えたが、マスターには達男の気持ちが分かっていたのかも知れない。美代子と別れるまでに何度か一緒に来ていたが、その時は完全に自分の彼女として連れていっていた。
「彼女、なかなか気が利くね」
 とマスターが言っていたが、それは何も言わずともあいての気持ちを察することができる美代子に対して、
「ちゃんと会話してあげた方がいいよ」
 というマスターの無言の忠告だったに違いない。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次