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短編集99(過去作品)

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 達男は好き嫌いが激しい方だ。乳製品や魚類は苦手だが、肉類やタマゴ料理は好きである。大学の近くの食堂で食べたカツ丼が気に入って毎日のように食べていた。
「お前毎日同じもの食べてるがよく飽きないな」
 一ヶ月ほどずっとカツ丼ばかり食べていて誰も何も言わなかったが、さすがに二ヶ月目に入ると一人が言い始めた。
「そうだ、そうだ。俺も気になっていたんだぞ」
 と横から口を挟むが本当だろうか。確かに誰かが言うまで気のせいだといけないので言わなかっただけかも知れない。だが、最初に口にした人ほど説得力はない。
「そんなにずっと同じものを食べてるか?」
 本人の舌の感覚からすれば、まだまだ食べたいと思っている頃だった。「パブロフの犬」ではないが、店の前までくれば自然と口の中を満たしているカツ丼の感覚がよみがえってくるのを思い出す。それほど好きだったのだ。
 その時に初めて同じものばかりを食べていることを意識したが、それから何と半年間カツ丼を食べ続けた。さすがに最後は飽きていた。
――もう見たくもないや――
 そう感じるようになって違うものを注文したが、その時はなぜか周りから何の反応もなかった。あれだけ一ヶ月目で気にされたのに、今度は誰も何も言わない。一人が口にしなければ誰も口にしないので、ひょっとすれば気にしている人もいたのだろうが、口にされることはなかった。敢えて達男も気にすることはなかった。
 美代子とはどれほどの付き合いだっただろう。期間にして三ヶ月ほどだっただろうか。あまりにも短いと思ったのは、別れた後にショックを引きずった期間が付き合っていた期間よりも長かったからに違いない。
――どうして別れることになったのだろう――
 大学に入学し、コンピュータプログラムの勉強している時の達男は自分を一番だと思っていた。しかし、一歩学校を離れると控えめな性格が顔を出す。
「ナンバーツーの人生っていいものだぞ」
 と言っていた相良先生の話を思い出す。
 ナンバーワンにならなくてもいいという思いが、普段の達男にはある。それが達男の本当の気持ちなのか分からない。何しろプログラムを作っている時の達男は、
――自分は他の人とは違うんだ――
 と思っている。他の人と違うということが一番になりたいということに繋がるかどうかは分からない。しかし、少なくとも自分の中で差別化した考え方があるのは事実である。それも悪い意味の差別化ではなく、いい意味での差別化である。
 自分の中で分からなくなっているのかも知れない。
 自分にとって大切なものは誰にも冒されたくないものとして大切にするが、それ以外では決して一番ではない。それが無難な考えだと割り切っていると言っても過言ではないだろう。
 そして、その一番大切なものとは、その時々で違ってもいいのだ。その時はプログラムを作ることであり、決して美代子ではなかった。美代子がいてくれることで自分の人生に膨らみができ、プログラムを作っている時の自分の気持ちに余裕を与えてくれている。いわゆるカンフル剤のようなものであった。
 女性はそういう男性の気持ちを敏感に感じる。
――分かっていないだろう――
 など、甘い考えである。ある意味、美代子の方がずっと大人だった。達男の気持ちが分かってくると、美代子はすぐに自分の気持ちの中で割り切っていた。達男がまったく気付いていない間に自分の中で割り切ってしまって、達男は取り残されてしまった。いくら自分が悪いとはいえ、そして何となく分かっていたかも知れないとはいえ、いきなり別れを告げられては晴天の霹靂である。頭のてっぺんから貫いたイカヅチは、達男の身体を一瞬のうちに走りぬけたが、その事実を知ってから、自分の中で何が起こったかということを受け入れるまでに掛かった時間はまさに半年という長い期間だったのである。
 それからの達男は、自分がナンバーツーの人生を歩む人間であることを悟った。飽きが来ない性格であるくせに、せっかく仲良くなった相手から嫌われてしまうなど、想定外だった。
 飽きが来てしまうと、見るのも嫌になる性格は、どちらかというと女性っぽいところではないかと思っていた。だからこそ、
「女心は結構分かる方かも知れないな」
 と友達を前にして嘯いていたことがあったくらいで、自分が女性からフラれてしまった本当の理由が随分と長い間分からなかった。
「女性って、ウソでもいいから自分が一番であってほしいと思うものなのよ」
「ウソじゃ駄目だろう?」
「もちろんそうなんだけど、一番だと思っている間に、事実としての一番だと相手に思わせるように努力するものなの。だから表では男性を立てることができるのよ」
 美代子と別れてしばらくして二番目に付き合った女性の話であった。
「男が、自分自身を一番だと思えないというのは、女性にとってはあまり嬉しいことじゃないんだけど、でも、気持ちも分かるのよ。中にはナンバーツーが一番いい生き方の男性がいるものね。達男、あなたはどうかしら? その女性はあなたが一番じゃないと嫌なんじゃなかったのかな? あなたが一番になることであなたの中のその人も一番になれる。きっとそう感じていたのよ」
「俺はまわりの人を見る時、知らない人であればあるほど、自分よりも偉い人なんだって思ってしまうところがあるんだ。卑屈になっているわけではないんだけど、そう感じることで相手のことが一番早く理解できると思っているからかも知れないな」
 大学を卒業する頃には、成績も悪くなく、地元企業の中では大手の会社に就職することができた。途中、東京の会社との合併を余儀なくされ、転勤は全国にまたがってしまったのは、予期せぬことではあった。
「お前は実力でここまで来たんだろうが、運もいいんだろうな。だけど、その運だって実力のうちと言うしな」
 羨ましがられているのか、励まされているのか、やはり羨ましがられているのだろう。高校の先輩が勤める会社だったこともある意味運がよかったのかも知れない。先輩が羨ましがるのも無理のないことだ。
「せっかく入社してきたんだから、遠慮することはない。人を押しのけてでも一番になるくらいの気概がないとな」
 と先輩から言われた。
 だが、そう簡単にいくものではない。学生時代に想像していた社会というものと、実際に体験する社会では明らかに違っている。自分が思っていたことをそのまま行動に移してしまうとロクなことにはならないだろう。特に入社しての半年間は、研修に時間を費やして、まわりを見る余裕などない。知らない人は自分よりも偉く見える性格であることから、先輩はすべて偉く感じてしまうことで、臆してしまっているに違いない。そんな状態でナンバーワンなどなれるものではないのは初めから分かっていたことだ。
 仕事に関しては自信を持っていた。同期入社してきた連中に負ける気がしないくらい自分の実力を信じていた。
 だが、それはあくまで仕事上だけのこと、仕事以外のこととなると、まわりの人すべてが自分よりしっかりしているように思える。会社から一歩離れると、どこまで自分に自信が持てるものなのか分からなかった。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次