短編集99(過去作品)
考えてみれば最初の知り合うきっかけが不純だった。いくら偶然とはいえ、心の中に下心がなかったとは言い切れないだろう。偶然を自分の実力と思い込み、知り合った時からすでに敦子の気持ちを掴んでいたように思い込んでいたのかも知れない。
本人に自覚はなくとも、勘のいい女性であれば、それくらいのことは察知できるだろう。隆文にはそれが分からなかった。
それが自惚れだということに気付くまでにかなりの時間が掛かった。気付かないから立ち直るまでに時間が掛かったのであって、一旦幸福の絶頂に至ったはずが、一気に奈落の底に叩き落されたのだから、そう簡単に立ち直れるはずもない。
会話にならなかった時のことを思い出していた。
何かを言いたいのに隆文の顔ばかりを見て言葉に詰まっている。隆文としては、
――何が言いたいのか、それを聞かないと答えようがない――
と思っていたのだろうが、本当であれば、言葉にできる環境を自分が作ってあげなければならなかったはずである。
――何でもいいから会話になりそうな話をしてあげればよかったかな――
とも感じた。あくまでもきっかけが必要だったのだ。
――ひょっとして、最初に知り合った時のことがただの偶然ではない――
というような勘繰りがあったのかも知れない。もしそうであれば、隆文には何と言い訳していいか分からなかったことだろう。
知り合って仲良くなっていく中で隆文に不安がなかったわけではないからだ。
もし彼女の疑問を解きほぐす言葉があるとすれば、何を言ってあげればよかったのだろう。言葉が思いつかない。
――会話もなく別れてしまった方が、却ってよかったのかも知れない――
立ち直るきっかけがあったとすれば、そう感じた時だろう。知り合うきっかけはいろいろあるが、偶然がこれほど恐ろしいとは後にならないと分からないことだった。
それから女性と知り合うと、必ず最初に話しまくるようになった。元々、読書が好きだったので、雑学には事欠かなかった。ただ、それが相手の女性との会話でうまくかみ合っていくかが問題なだけで、話題についてこれなければそれまでである。
それでも話題がないよりもいいに決まっている。知ったかぶりだと思うような女性であれば、最初から相手にしなければいいのだから、隆文の方で相手を見ていればいいだけだった。
気持ちが大きくなると、同年代の女性を見ていて、
――結構、低俗な女が多いな――
と思うようになった。何を根拠にそう感じ、どこから先が低俗なのかの基準がハッキリしていなかったが、自分に合う合わないという性格は徐々に分かるようになってきた。
元々集団意識が嫌いな隆文は、一人でいる女性にばかり目が行くようになっていた。
一人でいる女性というのは、どちらかというと変わり者が多いと感じたのは、あくまでも隆文の目から見ての変わり者で、隆文にとってはありがたい性格とも言える。
ただ、少し気が強いところが気になる。隆文は自分が変わり者だと思っているのであまり気にはならないが、相手の女性が、
「私は至って普通の女性よ」
と感じている人は始末に悪い。
人と交流することができないだけの女性なのかも知れないと思うからだ。
それまでに女性とは何度も知り合い、すぐに別れていった。結構隆文から離れていくことも多かったが、女性も納得ずくのようだった。
――どうしてこんなに簡単に別れられるんだろう――
と思ったが、事なきを得ているのだから、問題ない。今から思えば隆文自身から女性を遠ざけるなど不思議である。飽きっぽいと言われても仕方がないだろう。
何人目に付き合った女性だっただろうか。
「あなたって、女性に興味がないんじゃないの?」
何かの弾みで喧嘩をしたのだが、原因なんて覚えていない。完全に頭に血が昇ってしまっていた。ここまでくれば売り言葉に買い言葉、
「何言ってるんだ。そんなことあるわけないだろう」
ちょうど疲れている時だったのは間違いない。欲望に身体がついてこれないこともしばしばあったが、そんな不満が女性の中で溜まっていったのかも知れない。
お互いに気持ちが高ぶり、身体を求め合ったはずなのに、男の身体がついてこないような時期が続けば女性も言いたくなるだろう。
自己暗示に掛かりやすい隆文は、必死で否定した。否定しながら、
――本当に違うんだろうか――
と自問自答を繰り返す。
そんな気持ちを相手の女性も敏感に察知してか、ここぞとばかりに口撃に転じる。
罵り合いでは、完全に隆文が不利だった。女性の言い分が正しいのは明らかで、それを男も自覚しているのだからそれも仕方がない。次第にトーンダウンし、相手も疲れてくる。
「私たち、これで終わりね」
最後通牒を叩きつけられても言い返せない。
言われた瞬間には、まるで死刑宣告を受けた被告人のように、カッと目を見開きたい気分に陥ったが、心のどこかで安心している自分がいるのに気付く。その瞬間から隆文は欝状態へと突入するのだ。
――やっぱり俺は一人が似合うんだ――
と感じるようになった。
それまでも失恋を繰り返してきたので、いつもと同じ欝状態だと思っていたが、少し違っていた。
目の前が黄色掛かって見え、夜になると今までと違ってハッキリと見えてくるのは普段の欝状態と変わりない。
黄色掛かって見えるのは、トンネルの中にいる雰囲気そのままを想像すればよく、
――いずれ出口が見えてくるさ――
と気持ちのどこかで楽天的に考えていたものだった。見えない出口なんてあるはずもなく、気持ちのどこかで誰かを求めている自分を感じる。その誰かが見えてくる頃、いつも欝状態が晴れるのだった。
だが、その時は別れを告げてきた女性の言葉が頭から離れなかった。
「あなたって、女性に興味がないんじゃないの?」
この言葉、何度も反芻してみる。必死になって言い訳していたが、当たり前のこととして言い訳していたのであって、本当に自分のことを顧みての言い訳だったのだろうか。
どうも違うような気がする。恥ずかしいことを言われて、咄嗟の言い訳をしただけで、別れてからも何となく心の中にわだかまっているモヤモヤしたものが潜在していたのかも知れない。
ちょうどその頃だった。友達からも似たようなことを言われ、ハッとしてしまったのだった。
だが、自分が男色であるとは思えない。女性に興味のない男性が、そのまま男色だとは言い切れないからだ。
――ただ、飽きっぽいだけ――
まさしくその通りかも知れない。
実に贅沢な性格と言えるかも知れないが、本人にとっては、あまりありがたくないことである。
女性と長続きしなくなったのは、自分を卑下するようになってからだ。
それまでは、別れてもすぐに女性と知り合える性格を役得のように感じ、自分に対して尊敬の念を持っていてくれていると思っていたからこそ、別れても最初の頃のようなショックはなかった。
自分が男色ではないのは分かっているが、普通の人と違うところがあるのを本当の意味で自覚するようになってきたことが自分への卑下に繋がっている。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次