短編集99(過去作品)
身体を重ねるようになってから、次第に冷めてしまうこともある。身体を重ねた最初は新鮮で、相手の反応や自分の中にある興奮を堪能できるのだが、次第に自分の欲望と相手の反応との間に溝のようなものを感じてくると、そこは単純に相手の体に飽きてきたといえるかも知れない。
自分の中にある興奮が、相手の女性では満たされないというのは、性格の不一致と比べてどうなのだろう。性格の不一致も重大な別れを決める要因となるだろうが、満たされないと思う気持ちも重大ではないだろうか。
そう感じているのは隆文だけではないだろう。相手の女性にしても同じである。隆文が自分から言い出さなくとも、そのうちに相手の女性から言われるのは目に見えている。遅かれ早かれ、別れた相手とは、どこかで別れることになるのを痛感している。
もちろん、隆文は相手から別れを切り出されたこともある。むしろ最初の頃は相手から別れを切り出されることの方が多かった。
――どうして俺じゃダメなんだ――
と悩んだこともあった。身体を重ねるところまで行かずに別れを切り出す女性もいたが、ほとんどは身体を重ねてすぐに別れを切り出された。却ってそちらの方がショックも大きい。
――せっかく、心も身体も一緒になれたと思っていたのに――
身体を重ねることが淫らなことだという意識がなかった頃だ。
身体を重ねるということ自体、新鮮なことである。さらに相手を知るということの一番の近道だと思っている。だが、その敷居は高く、よほど気心が知れないと、お互いに身体を開くことはない。
そこまでが普通の男性であれば、女性との交際の醍醐味のように思うであろう。
隆文も同じ考えであった。最終目的を身体を重ねるところに置いていたので、身体を重ねてしまうと、そこから先は新たな目標を持たなければならない。元々あまり順応性に長けていない隆文にとって、身体を重ねた女性に対して、そこから先の付き合い方が若干変わってしまっていたのかも知れない。
――身体を重ねた女性と、それから後、少しずつぎこちなくなってしまう――
と感じたことがあるが、それは自分の順応性に問題があるということに気付いていなかったからだ。
相手が変わってしまったと感じてくると、会話も詰まり気味になり、溝のようなものが見えてくる。見えてきた溝を埋めるのは至難の技で、そこから先は別れに向って一直線である。
それでも女性と知り合うことは多かった。知り合いたいという気持ちも強く、合コンなどには参加していたからだ。
性格を変えることはなかなかできるはずもなく、いつも同じような態度でいると、同じように静かなタイプの女性と知り合えるのである。
女性と知り合うきっかけはある意味天性のものではないだろうか。
「お前が羨ましいよ。どうしてそんなにうまいこと知り合えるんだい?」
と友達に茶化されるが、
「だけど長続きしないなら同じことさ」
と苦笑いをしながら返事をするが、
「お前は飽きっぽいからな。俺たちから見れば、それが許せないんだけどな」
ある程度本音で話せる相手でなければカドが立ちそうな会話である。
飽きっぽいと言われて最初はピンと来なかったが、その言葉が気になっているのは確かだった。
言われてみれば、女性と仲良くなって身体を重ねるようになると、どこか冷めた目で見てしまう自分がいるのに気付いていた。実際に女性とその時点で別れても、相手の女性から恨みや皮肉を言われることがないのは幸いだった。
「あいつは女と付き合う資格がないんじゃないか」
「いや、あいつは、女性の敵だ」
というくらいの噂はされているだろうと思っていた。もし自分が他の男性の立場だったら腹が立つに違いないからだ。
――まるで女性を騙しているようで、別れた後も後味が悪いもんな――
といつも思っていたが、どうしようもない。
しばらく飽きっぽい性格だと思いながらも女性との付き合いを繰り返してきたが、最近では女性と知り合うこともなくなった。何もかもが嫌になってしまった時期があったからである。
鬱病のようなものだと思っていた。すべてが煩わしく感じられ、人と話すことすら億劫だった。いわゆる引きこもり状態というべきだろうか。
唯一会話があるとすれば会社で仕事関係のことだけだった。仕事をしている時だけが前の自分を変わらないというのも、鬱状態に拍車を掛ける結果にもなった。元々仕事は生活していくためだけに必要なこととして、仕事以外の生きがいを見つけようと躍起になっていた時期をずっと過ごしてきた。
女性と知り合うことが生きがいのように思っていた時期があったが、それは間違いだとすぐに気付いた。あくまでも最初から自分が積極的になれることでなければ生きがいと呼べるものではないだろう。女性と知り合うのは天性のもので、知り合うことに積極的になれば却って知り合うことはできないに違いない。自惚れかも知れないが、生きがいではないという観点に立てば、自惚れも仕方がないことだと言える。
女性と知り合うきっかけにもいろいろあった。
最初に知り合った女性は、電車内で気分が悪くなったのを助けたことがきっかけだったが、隆文自身としては、違和感はなかった。
相手の女性にも違和感はなかっただろう。彼女が異性を意識しながらも誰とも付き合ったことがないのを告白したのは、最初に隆文が告白したからだ。
相手にまず自分を知ってもらいたいと思うことが先決だと思っている隆文の気持ちが彼女には分かっていたのかも知れない。
名前は敦子と言った。
「いい名前だね」
テレながら俯いていたが、まんざらではなかっただろう。褒められて嫌な気分になることはないはずだからである。
敦子という名前には憧れていた。小学生の頃に見たアニメの主人公で、敦子という名前の可愛らしいキャラクターがいたからだ。名前を好きになるきっかけなんて、実際にはそんなところから来るものなのだろう。もちろん、敦子にそんな話まではしなかった。
初めて女性と付き合うことになったが、何を話していいか分からない。相手もこちらから与えた話題に対して返してくることはあっても、自分から話題を提供しない。男性と付き合ったことのない女性であれば、それも仕方のないことだ。
隆文の気持ちが次第に高まってくる。最初はおそるおそる会話をしていたが、慣れてくることで、彼女の笑顔を見ることができた。
――笑顔を見ることができれば、もう心を掴んだようなものだ――
思い上がりかも知れないが、初めて女性と付き合うことに自信が持てなかった隆文にとっては初めての自信となった。
元々自信過剰なところがある隆文である。自分に対しての笑顔に偽りがないと思えば気持ちが増徴するのも仕方のないことだ。
だが、隆文の気持ちを知ってか知らずか、気持ちがずっと冷静だった敦子が次第に隆文から遠ざかっていくようになった。
約束しようにも連絡が取れない。
親が厳しいということで、次の約束はその時のデートで決めるだけで、携帯電話のメールアドレスさえも交換していなかった。約束の場所に現れなければ、連絡が取れなくなるのは当たり前である。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次