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短編集99(過去作品)

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――一番すごい形相をしているのが、その瞬間だったはずだ――
 と後から思って感じるが、それだけに抱えてくれている先生たちも、さぞや純一が苦しんでいると感じたことだろう。
 確かに瞬間的には苦しい。
――汗が出れば楽になれるだろうに――
 と感じたのもその時で、熱く火照った顔は、さぞかし真っ赤になっているだろうと思っていた。
 だが、それは錯覚だったようだ。
「君を抱えてここまで運んだ時はどうなるかと思ったよ」
 と意識が回復してきて、安心した先生たちに言われて、
「さぞや真っ赤な顔をしていたことでしょうね」
 と自分で感じたことをそのまま話した。先生たちがそう感じているということを信じて疑うことなどないままである。
 すると先生たちはお互いの顔を見合わせて、しばしの沈黙の後、
「いや、真っ赤どころか、完全に血の気の引いた顔だったので、恐ろしかったくらいだぞ」
 と話してくれた。お互いに顔を見合わせていたのは、純一の話を聞いて実際に見た自分の目が信じられなかったからだろう。他の人がどう感じているか顔を見合わせることで確かめようとして、皆純一の話を不思議そうに聞いていて、お互いが自分の目が錯覚なのかということを確認しあいたくてすぐに顔を見合わせた。きっと鏡を見ているかと思えるほど驚きとあっけに取られたような気持ちが同じような表情を作っていたに違いない。
 立ちくらみを起こすと、意識が飛んでしまって、自分の身体は抜け殻のようになっていたに違いない。血の気が引いているということはそういうことなのだ。確かに苦しくて本当に自分の顔の視線から見ているのかどうかハッキリしないほどで、それだけ意識が朦朧としているのだろう。
 自分が住んでいたあたりは、あまり変わっていない。昔からの木造家屋が立ち並んでいて、蜻蛉団地と見比べてみても、思い出すのは小学生時代のことばかり。まるでタイムスリップしたかのようだ。
――循環バスも、昔の車両に今乗ると、綺麗で新鮮な感じがするかもな――
 昔の車両はすでにもう走っていない。走るたびにミシミシと音を立て、クラッチを入れ替える時に硬くてなかなかギアチェンジがうまく行かない車両だった。今でこそ短いギアだが、昔の車両にあった杖のようなギアが懐かしい。そんなことを感じながら、今日は循環バスを降りていた。
 まだその時は顔に熱さを感じていた頃だった。妄想がどこまで行くのか自分でも分かっていなかった。
 懐かしさが走馬灯のように駆け巡っていた。懐かしい街に立ち寄ったことで、勝手な想像が走馬灯を作り上げる。そこには事実以外もあったかも知れない。それこそ妄想というものである。
――妄想が願望を引き出すのかも知れない――
 昔住んでいた懐かしいあたりをしばし見つめていた。頭の中にある走馬灯の明かりはモノクロだった。記憶というのがおぼろげなのは分かっている。カラーで思い出すよりも、モノクロの方が却ってリアルで、想像力を掻きたてる。
 小学生時代がまるで昨日のことのように思い出せるだろうと思っていたが、むしろ、懐かしく感じている今の気持ちの方がまるで昨日感じたことのように思い出せるのが不思議だった。
 蜻蛉団地のバス停で降りるのは本当に久しぶりだった。実際の記憶にも残っていない。しかし、蜻蛉団地を横切り、団地内の公園を見つめ、そして昔住んでいた周辺を見つめている自分、それらは本当にごく最近のことのように思えてならなかった。
 そう感じると、蜻蛉団地から後の記憶は、自分が知っているはずの世界とはどこか違っているように思える。
 以前見たテレビドラマで、印象的だった内容が思い出される。奇妙な物語をオムニバス形式の一話完結編で放送していたが、短編にふさわしい余韻が、後に残ってしまっていた。
 それは次の日も同じことを繰り返す話で、自分がどうすれば魔の一日から逃れられるかという話だった。
 結局主人公は死を選ぶのだが、それを見て純一は恐ろしさを感じ、まるでトラウマのように頭の奥に封印していた。ふとした拍子で、現われることがあるが、それは、ブラウン管で見たところどころのシーンが瞼の裏に残っているからであった。月明かりに照らされる蜻蛉団地を見ていて何となく寒気を感じたが、それも封印していたはずの記憶が呼び起こされた証拠だった。
――この日をずっと繰り返したらどうしよう――
 と感じる反面、
――いや、そんなことはありえない――
 と確信めいたものもあるのを感じていた。むしろ、確信の方が大きい。
 純一にとって蜻蛉団地や、昔住んでいたあたりは、自分の中での「聖地」であった。だれも冒すことのできない場所、それは自分自身であってもである。どこかが違っているのを感じたのは、自分の知っている場所には別世界が存在することをおぼろげに知ったからである。
 それこそが「聖地」。
 毎日乗っている循環バスから無意識に見ている蜻蛉団地。それは映像として瞼に入ってきていると思っていたが、瞼の奥に封印された景色が見せたものかも知れない。
 いくら酔っ払っているとはいえ、以前から行ってみたいと思っていた蜻蛉団地や以前住んでいたあたりを実際に降りてみた光景が、本物なのかも知れない。
 大人になるまでに成長した自分は、記憶の中での蜻蛉団地を自意識の目で見ていたのだろう。
 思い込みが映し出した光景は、毎日乗っている循環バスからの光景だけだ。少しでも角度が違えば、団地の成長や衰退に気付いていたことだろう。
 住んでいたあたりからさらに歩くと、家に帰りつけるはずだと思っていたのに、気がつくとまたしても蜻蛉団地に行き着いている。
 古くなっていっているはずの蜻蛉団地だが、老朽化とは別に明るさを感じていた。それも、先ほどバスから降りて見た光景とは違うものである、
――バスから降りたのも偶然ではなく、この光景を見せるために、無意識の自分に作用が加わったのかも――
 と感じるほどだった。
 作用の主は分からない。自分かも知れない。蜻蛉団地が別世界で、毎日の循環の中で意識が埋もれてしまっていく自分を見つめているもう一人の自分の存在を、すでに純一は否定できなくなっていった。
 大学時代の四年間、この街を離れたこともあっという間だったように思っていたが、それも錯覚だったのかも知れない。
 今、ゆっくりと育ってきた環境を思い出そうとするが、どこか違った世界を見つめているようだ。
――別の世界も循環している――
 蜻蛉団地を見つめている自分を想像することができる。
――ひょっとして、今日見たり、感じたりしていることは、未来にもう一度感じることかも知れない――
 毎日を繰り返している内容のテレビドラマを思い出していた。毎日を繰り返しているのではない。もう一人の自分にはさらに、もう一人の自分がいて、それぞれが、一日後を歩いている。何かの拍子に、その日一日を中心に、自分が毎日を循環していると考える方が、自然ではないかと思えてきた。
 目の前に広がる蜻蛉団地。団地の入り口に戻って団地の名前を見ている。
「陽炎団地」
 まさしく太陽の炎のような名前だ。今までに想像もできなかった。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次