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短編集99(過去作品)

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 友達が言っていたのを思い出した。もっとも友達から言われる前からおかしな名前だと思っていたが、ある意味語呂としては格好いいとおもっていたこともあった。だが、住んでいる人にとっては蜻蛉なんてあまり気持ちのいいものではないはずだ。何か由来があるのだろうか。
「ここは以前蜻蛉の里と呼ばれていたことがあってな」
 ウソか本当か、友達のおじいさんから聞かされたことがあった。
「蜻蛉の里?」
「ああ、忍者の里だったそうな」
 言われてみれば忍者の里で蜻蛉というのは違和感がない。却って恰好いいかも知れない。
 公園を通り過ぎてさらに歩いていくと、以前住んでいたところに差し掛かった。蜻蛉団地から近いと意識していたが、これほど近いとは、歩いてみて驚いた。
 蜻蛉団地内の公園も、思っていたよりも小さかった。蜻蛉団地を毎日見てはいるが、実際に降り立つのは小学生以来である。団地自体はずっとバス停から毎日のように見ているので、それほど大きさに違和感はなかった。漠然と見ていたとしても、瞼の置くには残像として残っているものである。
 だが、公園は違っていた。バス停から公園は見えず、記憶にあるのは、小学生時代の記憶である。公園で遊んだ記憶はないのだが、当時としては、自分の住んでいたところの児童公園よりも新しく、興味津々で見ていたこともあって、斬新な造りとしての記憶があった。
――僕も蜻蛉団地に住んでみたかったな――
 と思ったことがあったが、それは団地だけに興味があっただけではなく、団地を取り巻く環境すべてに興味があったからだった。
 すべてが子供の視線だった。
 今でこそ身長が伸びて、百八十センチ近くになっているが、小学生時代は、友達の中でも低い方で、それこそ目立たない少年だった。まわりを見上げてばかりいた純一少年は、上を見上げることが多かったくせに、足元ばかりを見て歩くのがくせだった。何度車に轢かれそうになったか分からない。そのたびに、
「下ばかり見て歩いているから危ないのよ。あまり下ばかり見て歩いていると、今度上を見ようとした時に、どこを見ていいか分からなくなるわよ」
 と母親から言われたが、大人になるにつれて、その言葉が分かってくるようになった。
 母親が、どんなつもりでそのことを言ったのか分からない。だが、大人になるにつれて下ばかり向いていていいことなどないことが経験から分かってきた。
 少しでもいい方に向っているのに、しっかり前を向いて距離感を計っていないと思い切る時が早いのか遅いのか分からない。思い切らないといけないということは分かっているのに、果たして自分がどの位置にいるのか、見切る自信がないのだ。
 特に好きな女性がいて、その人に初めて話しかける時に感じた。
 まともに声を掛けられない。相手の顔を見てしまえば特にそうだ。どんな表情をしているかを見ないと、タイミングどころか、相手の気持ちすら見誤ってしまう。
「彼女もまんざらでもなかったようだぞ」
 と、失恋してから他の人に聞かされても後の祭りである。足元ばかりを見ているのも最初はいいかも知れないが、実際に向き合わないといけない時に相手と目を合わさなければ、そこから進展するはずもない。「ジ・エンド」となってしまう。
 泥酔して歩いていると、なかなか顔を上げられない。胸の奥が気持ち悪く、喉の近くまで上がってきているので、顔を上げられないのだ。
 足元を見ていると、放射線状に伸びている自分の影を見ることができる。相変わらず薄暗い照明が一定の距離を保ってあたりを照らしているが、歩くたびに、足元を中心に円を描くようにクルクルと回っているのが分かる。足元から目が離せない理由でもあった。
 汗を背中に感じる。顔は火照っていて熱くてたまらないが、決して汗を掻くことはない。きっと汗を掻けば気持ち悪さは抜けていくものなのだろうが、汗を掻いてくれない。泥酔している時の特徴であるが、しばらくすると顔から吹き出すような汗を掻くだろう。そうすれば幾分か気分的にも楽になり、朦朧としている意識もしっかりしてくるはずだ。
 だが、その時は朦朧とした意識の中で歩いていたいと思っているのも事実である。気持ち悪ささえなければ、朦朧としている意識の中にいることは嫌いではない。嫌なことをすべて忘れられて、過去の楽しかったことだけを思い浮かべ、さらには、今の自分に当時の思いを交差させる。
――こういうのを妄想というのだろうか――
 妄想というのとは若干違っているかも知れないが、夢でもない、現実でもないその中間にいる世界を彷徨っているのが分かってくる。
――後で思い出してみたい――
 と思っても、なかなか思い出せるものではない。だが実際に思い出そうと努力したこともあったが、襲ってくる頭痛がそれを許さない。
 泥酔している間は気持ち悪さの中に宙に浮いたような妄想が頭をよぎる。しばらくすると、酔いが冷めてきて、冷めてくると身体が敏感になって、寒気を催してくるが、さらには頭痛が襲ってくる。この時がある意味一番きついのかも知れない。
 その間は何も考えることはできない。全神経を集中させようという無意識が働いても、頭痛が意識の集中を許さない。時々無性に意識がハッキリする瞬間ができるが、その後は激しい頭痛に襲われて、身動きができなくなる。神経を集中させてしまったことを後悔してしまう。
 だが、そんな激しい頭痛は長い時もあれば短い時もある。その日は思ったよりも短かった。
 頭痛が治まってくると、最初に感じていた寒さを感じなくなる。吹いている風も肌に優しく、まるで身体に当たってそのまま溶け込んでしまうのではないかと思うほどで、冷たくなど感じない。
――小学生の頃に住んでいた懐かしい街を肌で感じたいと思ったからかも知れない――
 頭痛を通り越せば、いつも身体全体が麻痺してしまったかのように、風すら感じなくなり、外から感じない分、身体の奥からこみ上げてくるものを敏感に感じる。その時も体の中にもう一人の自分がいて、胸の鼓動が二つ聞こえるのではないかと思えるほどだった。
 二つ胸の鼓動が聞こえてくるように感じたのはきっといつもの倍の速さの鼓動を感じたからだろう。普段よりも激しく、そして早く脈打っているのを感じると、立ちくらみを起こしそうで少し怖くもあった。
――そういえば小学生時代はよく立ちくらみを起こしたものだったな――
 学校のグラウンドに集合しての全体朝礼。いつも数人が立ちくらみを起こして保健室に運ばれていたが、純一もその中の一人だった。いつも同じ連中とは限らないが、純一はその中でも多い方ではなかったろうか。
「人が倒れるのを見ると、僕も何だか気持ち悪さを感じるんですよ」
 と保健の先生には話したが、確かに最初に倒れることは一度もなかった。倒れた人を見て、
――何だか気持ち悪くなってきた――
 と感じ、自分の意識も朦朧としてくるのだ。目の前にクモの巣状の黒い線が入ったかと思うと、色を感じなくなり、すべてがモノクロに見えてくる。そうなるともうダメだった。手足に痺れが走り、立っていられなくなる。その場にしゃがみこんでしまって、心配した先生たちに抱えられるように立ち上がった時、激しい頭痛が襲ってくる。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次