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三すくみによる結界

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 だが、今回はその途中を通り越しての井倉洞であった。駅を降りると、数人の観光客が降りていた。もちろん、目的は井倉洞であろう。その日は平日だったので、そこまで観光客もおらず、人がまばらだったのも、気持ちを大きくする原因だったのかも知れない。
 井倉洞の中は、想像以上に大きく、いろいろなシチュエーションを描き出していた。山口の秋芳洞のように、その場所場所で異名もついていて、いつしかここが山口県であるかのような錯覚に陥るくらいであった。
 秋芳洞には何度か行ったことがある、仕事でも同行取材であったのだが、学生時代にも行ったことがあった。近くには山口市内を始め、津和野や少し足を延ばせば萩なども行くことができるのだが、井倉洞も孤立しているように見えるが、倉敷まで行けば、そこからは観光地に不自由することはなかった。
 井倉洞というのは、ゆっくりと昇るように作られていて、いろいろな創造物に気を取られているせいか、そんなに上昇しているという意識はない。しかし、通り過ぎてしまうと、出てきたところは、壁面のようになったところで、下を見ると、そこがかなり高いところにあるのに気付いたのだ。
 高所恐怖症の気があるつかさには、その高さは身体が委縮するくらいのものだった。思わず目がくらんでしまったという意識が強く、高さを意識しないようにしようと思っても、無理であった。
 ただ、ゆっくりと降りてくると、下に広がっている河原の石が一つ一つ確認できるほどに感じられた。川は蛇行していて。本当にヘビがにょろにょろと蠢いているかのようにも感じられた。
 下に降りてくると、先ほどの河原に浮かんだ石が、さまざまな大きさに彩られているのを感じた。
――石を見るなんて、今までにあっただろうか?
 と思った。
 石というのは、
「誰からも気にされることもなく、ただその場にあるもの」
 という意識があった。
 確かに自分も今まで道に落ちている石を意識したことなどなかった。石を見ていると、それほど白さを感じないにも関わらず、白く光って見えるのに、意識をしないのであった。理由は分からないが、
「石というものが、そんな存在なのだ」
 と考えるからであった。
 上から石を見ていると、本当に小さく見える。人がいても、その人たちすら小さく見える。
 下の光景を見ながら降りるのは実に怖いことだ。特に高所恐怖症の人間であれば、ある程度まで降りてこなければ、下を見るとはしないだろう。
 しかし、その時のつかさは、ある程度まで降りてきたところで、ふいに気になったように下を見た。あくまでも無意識の意識というべきで、見えた場所に、何やら見覚えのある既視感があった。
―ーごく最近見たような――
 と思って見ていると。どうやらそこにいるのは、昨日の後楽園で見かけた人のように感じられた。
 昨日は後ろからだったし、チラッとしか見ていなかった。しかも、影がないという印象が深すぎて、どんな人だったのかが分からなかったのだ。
 今日、その人が昨日の人だと、どうして感じたのかというと、今日も見ていると、その人に影がないのが分かった気がしたからだ。
 少し上の方から見ているので、余計に影がないのが目立つというもので、実際に他の人を見ると、くっきりと石に影が映っているのが分かったからだ。
 その影は白い石に黒い影がへばりついているようで、黒さと白さの区別がハッキリしていた。
 しかし、その人の足元からは影が見えていなかった。
「まさか、あの人のそばにある石だけが光を吸収でもするかのような働きをしているわけでもないでしょうに」
 と感じた。
 ゆっくりと下に向かって下りていると、そこばかりを気にしているわけにもいかない。だんだんと下界が近づいてくるにしたがって、意識は自分の目の前に置かれるようになっていった。
 やっとの思いで下まで降りてくると、そこにはさっきまでいたはずのその男性の姿はなかった。
 結構河原の手前から川に向かって入り込んでいたので、つかさの視線から消えたとするならば、どれほどのスピードでいなくなったことになるのか、想像もつかなかった。
 つかさは、とりあえず、さっきその男の人がいたところまで行ってみることにした。出口を抜けて、そのまま河原を少し歩き、大小の石が散乱している場所までやっていると、その場所というのが、相当歩きにくい場所で、まわりを気にせずに、足元だけを見なければいけないほどの歩くだけでも難所になっていた。
――どうやって、そんなに早く歩いたのかしら?
 とつかさは感じていたが、実際にその場所まで本当に時間が掛かった。上を見ることもせずに、足元だけを気にして歩いたこともあって、足の疲れは相当なものだった。
「ハァハァ」
 と息を切らせながら歩いてくると、実際にその場所は、普通に人が歩ける場所の最先端くらいになるであろうか。上から見た分には分からなかったが、相当大小の石の大きさに差があるようで、腕を使って死噛みつかなければ進めないほどの場所であった。
 さっきの男性は、そこから上を見ているようだった。帽子をかぶっていたので、顔までは確認できなかったが、明らかに上を見ていた。
 その場所につかさがやってくると、それまで見えていなかった光景が見えてくる気がして、何の変哲のない岩場というだけであるが、その男がどうしてそこにいたのかということが分かるような気がした。
――私にあの人が囁きかけているような気がする――
 という妄想に駆られていた。
 すると、もうそこにいないはずのその人がまだどこかに潜んでいるような気がして仕方がなかった。上から見ていると、その人は少しずつであったが、河原の手前の方に戻っているような気がしたのだ。だから、そこにいるというのはどうもおかしかった。
 だが、そのうちに、今度は上から誰かに見つめられているのを感じた。
 その視線に恐怖を感じ、
「見てはいけない」
 と思いながら、その男が顔をこちらに対して覗き込んでいるのを感じた。
「えっ、一体どういうことなの?」
 さっきまで下に、つまりこの場所にいたではないか?
 それなのに、すでに洞窟に入って抜けてきたというのか、つかさは幻でも見ているというのだろうか。
 それとも、最初に下にいた彼か、それとも上から降りてこようとしている彼のどちらかが幻ではないかとも考えられる。
「どうして、どっちも幻だったという考えが最初に浮かばなかったのか?」
 とすぐに感じて苦笑いをしたが、正直、苦笑いができるほどの落ち着いた気分ではなかった。
「幻を見たとすれば、自分が何か障害を抱えているということになるのかも知れない」
 と思うと次第に恐怖が襲ってきた。
 昨夜の疲れがまだ消えていないのかと思えてならなかった。
 あれだけ高いところから下を見たと思った場所であったが、考えてみれば、かなり途中まで降りてきていたはずだった。だが、今下から見た男の姿は下を見た時に見た男の姿よりも大きく見える。
 それも自分が下を見た、あの途中の場所ではない。洞窟の出口である、壁面の穴あたりにいるのにである。
作品名:三すくみによる結界 作家名:森本晃次