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三すくみによる結界

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 他のクラスメイトは皆浮かれていたが、つかさには浮かれるようなっ気持ちの余裕はなかったのだ。
 どうして皆が浮かれる気分になれたのか、誰一人としてつかさのように、まわりに遠慮している人もいない環境で、普段なら学校で友達だと思っていた人が、遠い存在に思えてきた。
 そんな時に意識してしまったのが、年下の男の子だった。
――こんな気分の時にいてくれたら、心強いのに――
 と、依存心の強さを感じたが、心の中で、普段から冷たくされている印象が深いという思いを強く持っている相手だということに気が付いた。
 しかも、この感覚を感じるのが初めてではないということである。
 小学生時代に同じ間隔を思い出した。年下に対しての服従心である。その頃は完全に自分が逆らうことができない相手としての服従心しか感じなかったような気が、中学生になって感じたが、中学生のその時に感じた年下への服従心は、一緒に依存心というものの深さを思い知った、
 いや、依存心という気持ちを初めて感じた時だったのかも知れない。
 また、この時同時に、
――この人は、私に対して、私が年下に感じたような依存心を感じているのかも知れない――
 と感じたのだ。
 そもそも依存心というのがどんなものであるかよく分からず、
――まさかこんな人にこの私が??
 という思いが強かった。
 その人は、中学二年生だったが、素行はあまりよくなかった。万引きの常習犯に数えられるほどで、家庭問題もややこしい人だという。実際にゆっくり話をしたことはなかったが、あれは修学旅行の少し前、旅行の準備に街に買い物に出かけた時だった。
 つかさは、友達と二人だったが、ちょうど間が悪かったのか、不良二人組に絡まれていたところを、ちょうど彼が飛び出してきて、撃退してくれたのだ。
 喧嘩になったわけではなかったが、ちゃんと相手に何かを言い聞かせたのか、話しの内容は分からなかったが、少し不満な表情を浮かべながらも、相手が去っていく姿を見送っているその男の子のすがたは、
「凛々しい」
 という以外に、表現のしようがなかった。
「ありがとうございます」
 と言って、礼を言いながら頭を下げて、
「いいや、いいんだ」
 と、言われて頭を挙げた瞬間に、まるで電流が走ったかのような感覚だった。
 普通なら、その男の子を好きになったと思うのかも知れないが、つかさは決して好きになったわけではないと思った。もし好きになったのだとすれば、今のような感覚になるはずもなく、今のような感覚を持ち続けていきたいのであれば、好きになってはいけない相手だと感じた。
 この感覚はすぐに感じたわけではなく、ゆっくりと感じていく中で育まれていったもののように思えた。その人を好きにならない方がいいなんて、まるで自分が大人のオンナにでもなったかのような背伸びした感覚だったが、決して嫌な気がしているわけではない。むしろ、人への依存心がこれほど心地よいものかと感じられた。それは小学生の時に感じた快感に似ているものがあったのだろう。
 そんなつかさが気になったもう一人というのは、実は先生であった。しかもその先生は、昨年大学で教育学部を出て、今年新採用でやってきた新人の、「女教師」だったのだ。
 その人は凛々しさという点では、男子生徒からも一目置かれるほどで、先輩先生とは何か一味違ったものを感じていた。どこがどう違うのかを説明することは難しいが、ただ一つ言えることは、年下の男性に従順な気分になっている自分だからこそ、先生から見てもその時の自分が興味深く見えたのかも知れない。
 先生が話していたのは、
「私はずっと教師になりたくて、ずっと勉強ばかりしてきたのよ。だから、男女付き合いなんかもしたこともなく、ずっと彼氏もいなかったので、これからもずっと一人で生きていくものだって思っていたのね。でも、つかささんが現れてから、その存在感に惹かれるものがあって、それがどこから来るのかを自分なりに見てみたくなったの。そう思って見ていると、抜けられなくなっちゃったのね」
 というので、
「ミイラ取りがミイラになったような感じかしら?」
 と聞くと、
「ええ、そう言ってしまうと実も蓋もないんだけど、まさにその通りかも知れないわね」
 と言っていた。
 学校では凛々しく振る舞っている先生が、学校を離れると、つかさにベッタリという感じで、つかさが一人暮らしの先生の家に遊びに行くという形で出かけていた。先生はつかさに完全服従という形ではなく、どちらかというと、つかさの考え方に陶酔していると言えばいいのだろうか。つかさの方では先生を服従させるなどという考えはないのだが、先生の方でつかさに対して一方的に崇拝しているという感じで、厳密にいうと三すくみとは若干違っているかのように見えたが、考えてみれば、つかさが年下の男の子に対しての気持ちとどこが違っているのかと思った。
 相手の男の子は別につかさを支配しようという意識はない。つかさが一方的に依存心を抱いているだけだ。しかも、男の子の方でもつかさを従えるという気持ちがあるわけではなく、
――ただ、この人は寄り添ってもいいという感情を、私に対してだけ抱かせてくれるような隙を作っている――
 と感じていた。
 他の人に関しては、決して隙を見せない彼だったが、つかさにだけ、一点の入り口を示してくれているのだった。
 つかさは、年下のその子と同じように先生にしているだけだった。別に自分の中にそんな素質が備わっているというような感覚があるわけではない。
 つかさは、その先生のことを好きになっていた。女性として素晴らしい性格をしているという印象と、その凛々しさに男性にも負けない強さを感じることで、自分にも同じ感情を供えたいと思っていたのだ。
 凛々しさというものがどのようなものであるか、つかさは何とか理解しようと思った。先生といつまでも、まったく変わらない仲でいられるとは思っていなかった。今でこそ先生と生徒という立場であるが、中学を卒業し、つかさが高校生になった時、そして、先生が教師としての数あるであろうステップアップの段階に差し掛かった時などの節目に、必ず
「別れ」
 という文字がチラつくであろうことは分かっていた。
「凛々しさとは……」
 いろいろ考えてみたが分からなかった。
 分からないまま中学を卒業し、高校生になることで、先生とも次第に疎遠になっていった。きっと、それはどちらかが遠ざかったというよりも、先生の方にあった依存心が、徐々に消えていったからではないだろうか。実際につかさの年下の彼に対しての依存心も次第に消えていった。
 だが、心の中で、
「ありがとう」
 と思いながらも、彼にそのことを告げたことは一度もなかった。
 彼自身が、つかさの依存心の気付いているわけはないと思っているからだ。
 先生に感じた、凛々しさとは、
「分からないところに意義がある」
 というような気がした。
 まだ、その結論に辿り着くのは早すぎるという意味で、それは年齢的なものではなく、どちらかというと、経験値に近いものではないかと思っていた。
作品名:三すくみによる結界 作家名:森本晃次