三すくみによる結界
「そうかも知れません。そうでないかも知れない。まずは、こうやってあなたと意見を交換することで見えてくるものを大切にしたいと思っているんですよ」
彼の小説に対しての取材だったはずなのに、どうも少し雲行きが変わってきたようだ。
「さっきの三すくみの中でのじゃんけんの話なんですが、つくづくその通りだと思いますね。『三すくみの中の三すくみ』などという発想、そしてあいこに対しての疑問など、言われてみれば、どうして自分でも疑問に思わなかったのかって思いますが、果たしてどうなんでしょうね」
と彼がいうと、
「でもですね、時系列という発想でいけば、この三すくみも思いつくことではないかと感じるんですよ。ただし、今回のキーワードは『あいこ』ですよね? 三すくみというのは、三つがそれぞれけん制しあって、自分が動けば相手も動いて、自分が殺されるという、それを繋げた、循環系の発想なんですよ。これってよく考えてみると、例えばヘビが自分の尻尾に噛みついて。そのまま自分を飲み込んでいくとすればどうでしょう? 実際には不可能なのことなんですが、可能だとすれば、果たしてどう納得すればいいんでしょうかね? 今はできっこないと思っているから、疑問にも思いませんが、出来ると仮定すると、その理屈は納得できるものではない。自分を納得させるって、いったい何なんでしょうね?」
つかさは、自分でも何を言っているのか、正直分かっていなかった。
「僕が書いた『性格的なドッペルゲンガー』という話も、書き始めはほとんど形になってはいませんでした。でも書いていくうちにどんどん発想が膨らんでいったんです。一度目と二度目に読んだ時の発想が違うのは私にとっては、想定内のことでした。自分で再読した時、納得できたからですね。でも、そこから三すくみの発想を抱こうなどという発想を持ってくるひとがいるなど、想像もしていませんでした」
――どこかにドッペルゲンガーや三すくみの正体が潜んでいるのかも知れない――
とつかさは感じた。
つかさ自身も彼と話をするうちに、自分を納得させている会話になっていると感じたからだった。
「加算法と減算法という考え方がありますが、小説を書く上でのプロットを考えるのって。そういう発想に別れるのではないかと思っています」
とつかさがいうと、
「ほう、それはどういう意味でですかな?」
と彼がきくので、
「例えば加算法というのは、何もないところから一つずつ入れている考え方です。逆に減算法は、百ある内からどんどん下げていく考えですね。もし、同じものを別々に、同じ人が加算法と減算法で考えるとして、同じ地点に来た時に、今まで自分が通ってきた道を見比べてみるんですよ。そうすると、どっちが最初の地点までで近くに見えるんでしょうね?」
と聞くと、つかさの真意を理解できていない作者は、頭を傾げて。
「どっちなんでしょうね?」
と少し困った様子だった。
「これは、心理的な錯覚のようなものなのですが、上から下に降りる時、そして下から上を目指す時、同じ距離を歩いてきた場合に、元来た道を見た場合の話なんですが、私は下から上に上がる時だと思うんです。上から下に降りる時というのは、最初はてっぺんから一番下が見えているので、どれほどの教理があるか分かっているだけに、最初は恐ろしいと思うんです。でも、次第に少しずつでも降りてくると、だんだん地面が近づいてくるので、それほど怖くない。そんな状態で今度は下から上を見るのだから、結構近くに感じるはずです。でも、逆に下から上を最初に見ると、目的地店は見えません。あくまでも、もう一人の自分がいる位置が見えるだけで、その位置も下から見ているので、それほど怖いとは思わないでしょう。下から上がっていく場合は、いくら目的の地点が分かっているといっても、地表のように、そこに何かがあるわけではない。青い空が広がっているだけ。下から見ていると近づいているという感覚はないが、怖くもありません。でも、そこまでやってきて。今度は来たところを振り返ってみると、高いところに上ってきたという意識もなしに上にいるわけだから、最初から上にいたようなもので、いきなりの高さに恐怖を感じるでしょう。立ち眩みもするかも知れない。途中のプロセスも加味すると、倍くらいの感覚で、加算法の方が怖いと思うはずです」
とつかさがいうと、
「本当に倍の恐怖があるんでしょうか?」
と彼が聞き返した。
「それはどういう意味ですか?」
つかさも興味津々でその話に耳を傾けた。
「人間のインスピレーションというのは、なるほど、その状態に陥った時、そしてそのプロセスに大きな意味があるというのは、私も頷けます。でも、その起点である最初のイメージはまったく関係ないと言えるんでしょうか? 僕は今のお話を聞いていて、最初に感じたそれぞれのインスピレーションが欠落しているように思ったんです。せっかく今あなたが解説してくださった話の中に、最初のインスピレーションを話してくれましたよね?」
「ええ」
「上に最初にいた時は、上から見た時は、遠くに地表が見えるので、これほど怖いものはないという印象。そして、下から見る場合は雲をつかむかのような印象で、目標は見えていても、印象は果てない遠くの青い空にあるわけなので、恐怖を感じるという謂われはない。つまりは、最初の印象としては、前者は、百の恐怖。そして後者は、ゼロの恐怖。数字通りにここから始まっているわけですよ。そして今言ったあなたのプロセスが入り、そして最後に来た道をもう一度振り返ると、確かに恐怖の違いは歴然なのでしょうね。でも、私にはその二つを一緒に考えれば、結局はそれぞれに、その途中の半分、つまり五十ずつの恐怖を感じることになるんじゃないかって思うんです。お互いに同じ感覚なら、加算法なのか減算法なのかということは同じではないかということです。でも、この感覚はプロットを考える時には必要かも知れません。百から減らしていくのか、ゼロから増やすのか、着地点が同じであれば、後は最初とプロセスの問題です。要するに最初に大きなひらめきがあるかないかということなのではないでしょうか?」
と、彼はいった。
つかさが言いたかったことと少し違う方に話が流れた気はしたが、ここでもつかさの中で何か、目からウロコが落ちたような気がした。
「なかなか小説というものは、書き始めるまでにいろいろあって面白いですよね」
とつかさがいうと。
「そうですね、そういえば、手品師などは、人に見せるまでに仕事はすべて終わっていると言われていますが、それだけ準備に怠らないということですね。小説かも同じなのではないでしょうか」
という表現をしたが、それを聞いてからか、つかさは別の発想もあった。
「男女間の恋愛感情にも似たようなことがいえるのではないかと思うのですが」
「どういうことでしょうか?」
「恋愛感情というか、お互いの気持ちが冷めていって、別れが近づいている時などの感情なんですけどね」
とつかさがいうと、彼は少しキョトンとした表情をしていて、
「男性には少し分かりにくいところではないかと思うのですが、女性の方から別れを切り出した時のことを思い出してみてください」