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短編集98(過去作品)

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 吹雪いていた世界を思い出してみる。思い出せるのだが、たった今のことだったので、簡単に思い出せるのだが、それが本当に最初に感じていた世界だったのか疑問で仕方がない。
 真っ暗な世界に一人佇んでいる。急いで歩いているつもりなのに、なかなか明るいところへ辿り着かない。すぐそばにある角すら見えず、視線は、落ちてくる雪を一つ一つ追いかける。
 真っ黒い世界に見えている真っ白い雪が次第に大きく見えてくる。あられのように小さいものであるはずなのに、クッキリと見えている。それも、静止しているかのようにである。
 時間がしばし止まったかのように思えた。どれだけの間止まっていたのか分からないが、本当であればすでに数十メートル先を歩いているはずだという感覚が頭の中にあった。思っているよりも冷静だったのか、それとも、状況を把握できないことで、余計なことに頭が回ってしまうのか、自分でも分からなかった。
 気がつけば見たこともないところを歩いていた。辿り着いた先は公園で、さらにその先を見ようとすると、それまでの吹雪がまるでウソのように深々とした雪に変わっていた。
 まるで凪の状態のように風がピタッと止まってしまった。
「雪が降っている時って、意外と風が止まっている時が多いよな。だから冷たいんだけど寒さを感じない。そのくせ指先の感覚は麻痺している。というような不思議な感覚に陥ることがある」
 という友達の話を聞いて、
「うんうん」
 と大袈裟なほどに頷いていたのを思い出した。
 本来の雪の状態に戻ってしまうと、深々と降っている雪に音を感じていた。
 音などしているはずもないのに、聞こえてくる音は鈴の音であった。それまでの暴風のため、耳の中に残った音が鼓膜を力で刺激していたのに対し、鈴の音は優しく刺激する。
 大学生になって合コンの時だったが、酔った勢いで淫靡な雰囲気になっている女性がしな垂れかかってきたのを、
「いけませんよ」
 と耳元で呟いたものだから、いけない。そんなつもりのなかった新谷だったが、相手が淫靡な雰囲気になってしまったことで、その雰囲気が忘れられなくなった。一番忘れられないことが、
「私、耳が感じるの」
 と、まさになだれるように身を任せてきた時だった。
 後から思い出すと、耳が感じるということはそれ以前から分かっていたような気がしていたが、それが中学時代に吹雪から急に深々と振り出した雪の中で聞いた鈴の音を感じている時だったようだ。
 風がピタッと止まっている時間帯というのは、夕方にいつも感じていた。いわゆる夕凪の時間帯である。
 その時間帯には、身体にいつもだるさを感じていたが、いつも嫌なものだというわけではなかった。むしろそのほとんどが心地よいだるさであって、一日の終わりのような気持ちを持たせてくれた。もちろん、夜という世界を迎えることになるのだが、夜はまた別の世界をイメージしていたため、昼で一旦一日の終わりを考えていたといっても過言ではない。
 道を歩いていても一番車の量の多い時間帯。しかも夕焼けの出ている日など、まるで病気にかかっているのではないかと思うほど、皆それぞれ顔色が悪い。
「夕方の風のない時間は魔物が出る」
 祖母がいつも話していたことだが、中学時代には感じなかった。感じるようになったのは大学くらいになってからだろうか。夜という時間を意識するようになってからだった。
 だが風のない時間という言葉だけは印象深く、夕方でなくとも、風のない時間帯は、あまり気持ちのいいものではなかった。
 だが、その時の鈴の音には、心地よさしか感じなかった。魔法に掛かったかのように目が虚ろで、気がつけば公園に辿り着いていたのだ。
 公園を横切るように真ん中まで来ると、
「なんだ、いつも裏道にある公園じゃないか」
 と分かった。
 それまでの吹雪は真っ白い中を歩いていたので分からなかったが、すでに夜の帳の下りる時間になっていたようだ。
 雪が降っているので、日が沈むのが早かっただけかも知れない。だが、街灯の明かりだけがあたりを照らしていて、足元に見える影が、放射線状にいくつも広がっていて、まさに夜の世界が訪れていた。
 中学時代はあまり夜、表に出ることのなかった少年だったので、曲がりなりにも垣間見た夜の世界にしばし見とれていた。
 といっても見ていたのは足元で、先を見ようとはしなかった。歩くたびに足元の影が動くのが不気味であったが、面白かった。大人になって、しかも出張に出かけた雪国で、一人佇みながら思い出しているのは、そんな中学時代の思い出だったのだ。
 雪の神秘性を感じながら歩いていると、目の前に一軒のバーを見つけた。車の中から見えたのは数軒並んでいた店だったが、そのバーは他から少し離れたところに位置しているのか、一軒だけが見つかったのだ。
 あまり明るい色ではない。少し紫掛かった色の看板に、雪が当たっている。新谷は魅せられたように店に近づくと、そのまま入っていった。
 中に入ると、カウンターが楕円を半分に切ったように綺麗な流線型を作っていた。いつも行く店に似ていて、奥にあるテーブルも馴染みの店を思わせる。
 しかし考えてみればそれも当たり前のことかも知れない。バーというとそれほど広い空間を要しない。狭い空間に佇んでいるからこそ暖かさを感じるのだと思っていたが、狭い中での店のバリエーションなど、それほど豊富なものではないだろう、きっと普通に考えれば設計のバリエーションなど数種類しかないのかも知れない。
「いらっしゃい」
 天井が低いのか、マスターの頭が今にもつきそうに思えた。どことなく行きつけの店に来ているように思えたのは、マスターの雰囲気が似ているからだろう。だが、一点一点を見ていると、似たところはあまり見つけることができない。不思議だった。
「この街は初めてですか?」
 少しトーンが高い声質で、静かに喋られると、本当に声が小さく感じる。わざと声を抑えて話しているのが分かるくらいだ。控えめな性格なのだろう。
「ええ、出張で来たんですが、雪国というのもあまり経験ありませんからね」
「そうですか、この時期はまだ雪下ろしなどに追われる毎日ですね。雪のない地方に住んでおられる方々には分からない苦労でしょうね。実に羨ましいですよ」
 グラスを拭く手を休めることなく話している。軽い苦笑を浮かべたかのように思えたが、実際はほとんど表情を変えていない。暗い店内でカウンターの中は照明が当たっているやめ、却って顔の雰囲気は分かる。
 アルコールも料理も軽いものを注文した。マスターは手馴れた手つきで、支度をしている。バーのそういう雰囲気が新谷は好きだった。
 四十歳を過ぎてからバーに来るようになった新谷だが、それまではあまりバーを意識したことはなかった。
「バーって言うのは、二次会や三次会などで来ることが多かったり、スナックのママさんなどが利用することが多いので、遅い時間から人が多くなってきますね」
 と馴染みのバーのマスターが教えてくれた。
作品名:短編集98(過去作品) 作家名:森本晃次