短編集98(過去作品)
という思いが、四郎の中で京子という女の存在に疑問を投げかける。
京子の側からすれば嫉妬深いくせに臆病なのである。
――相手から好かれたい――
京子にとっての愛はあくまでも受動的なのだ。相手に与える愛を知らない。一緒にいることで感じる愛ではあるが、自分の中に相手を愛する気持ちがあると思っているが、それが本物であるか、ずっと試行錯誤の繰り返しで悩んでいる。そのため相手を放したくないという思いの強さから、嫉妬深いという性格が生まれてくるようだ。
そんな女性に対して、男というのは、与える愛によって自己満足を得ようとする。相手がまったく逆らわず、自分の愛情をまともに受け止めてくれるのを分かると、
――男冥利に尽きるというものだ――
と感じる。まさしく四郎もそうであった。
特に四郎は初めて付き合う女性であった。四郎は途中まで知らなかったが、京子が男性と付き合うのは四郎が初めてではない。きっと以前に付き合っていた男性とも、付き合った時期は短かったのではないかとすぐに気付いた四郎だった。
曜子からすれば、前に付き合った男性に対して、今でもどうして別れることになったのかという理由はハッキリとしていないらしい。
「もう、そんなことはどうでもいいよ」
と京子に話した四郎だったが、そういいながら、
――大体の理由は分からなくもないな――
と感じていた。きっと自分と同じような心境になったからだろう。
相手の男も悩んだかも知れない。京子に対しての愛が決して消えたわけではないのに、徐々に薄れていく。気がつけば気持ちは他に行ってしまっていて、その時に見た京子は嫉妬深さと臆病さが同居する女性であった。完全に嫌いにならないのは、好きになった理由の一つに京子の臆病な部分があることに気付いているからで、与えられる愛を求めて見つめられた目がまだ彼女の中に残っているからである。四郎は、京子と別れることがどうしてもできなかった。
そんな時、四郎の前に現れた女性、彼女は京子と違い、明らかに自分の与える愛を持っていて、積極的な性格を前面に出している女だった。
それまで、女性になかなか声を掛けることのできなかった四郎も、京子と知り合ってからなのか、それとも相手の女の巧みな誘導なのか、思わず声を掛けた女がいた。明らかなナンパなのだが、相手はそれを待っていたようだ。
――今日はこの男が引っかかったか――
と相手の女は思ったかも知れない。それだけのオーラが滲み出ていたのだ。
名前を里美と言ったが、彼女は四郎を一夜の男として見ていたようだ。
「男なんて、ほしくなった時に適当に挑発すればいいのよ、私にはそれができるだけの魅力があると思っていたんですもの」
と後になってからではあるが、そんなことを平気で言える女だった。
だが、どこか病的なところがあるのも否めない。それがどこなのか分からないが、心の病だと思ってそんな目で見れば、何tなく分かってきた。
里美は傷つきやすい女性であった。ある意味両刃の剣を思わせるところがあり、虚勢を張っていないと、すぐに脆くも崩れてしまうところがある。男を見る目が高飛車なのも。そんな性格の裏返しで、実際にそれだけの美しさとオーラを持っていた。
知り合ったその日に身体を重ねた男は数知れないだろう。しかもそのほとんどは一夜限り。それは里美が望んだことでもあり、男もそれ以上彼女に求めようとはしなかった。ある意味需要と供給が一致していたとも言える。
男たちの気持ちも分からなくはない。身体を重ねると、里美も他の女と変わらないからだ。外見があまりにも魅力的なので、それに誘われるように夢の世界に入り込んでも、結局求めているところまで辿り着けないことを悟った男の気持ちは急激に萎えてしまう。
「楽しかったよ」
「君は最高の女性だったよ」
と、男のセリフが思い浮かびそうだ。すべてが過去形で終わってしまうのである。
男はそれでも得したような気分になっているだろう。決して里美は悪い女ではない。男を悦ばせるだけの十分な魅力を持った女性である。ただ、継続しないことを除けば……。
他の女性であれば、一夜限りで男が自分の前を通りすぎていくことは耐えられないに違いない。里美としても、
「本当にそれでいいの?」
と聞かれれば、素直に
「うん」
と頭を下げられるかどうか疑問である。心のどこかで、
――自分に合う男性がきっとどこかにいるはずだわ――
と思って待ち望んでいるに違いない。それまでじっとしていられない里美は今日も男性を待ち続けていた。
そんな時に現われたのが四郎である。四郎の中では京子のイメージを抱いたまま、他の女性を気にするという自分でも分からない精神状態になっていて、京子とは違う女性を一生懸命に探していた矢先でもあった。里美が眩しく見えたのは当然のことだった。
声を掛けられることに慣れているはずの里美だったが、四郎には少し戸惑いを感じていた。それは四郎の瞳が真っ黒で、その奥を覗くことができなかったからだ。今までの男は瞳の色は限りなく黒に近くても黒ではなかった。じっと見つめていれば薄っすらとした色の中に蠢くものが見えて、瞳の奥を覗きこんでいることを自覚できたのだ。だが、それができない四郎に今までに知り合った男性とは違う何かを感じたのは言うまでもない。
里美を抱いて、すぐに他の男性は里美からどうして離れていくのか、分かったような気がした。何事においても冷静で物静かに見えるのは、その大人びた容姿と風貌から来るものだが、ベッドの中での里美は積極的で、情熱的だ。
それが男にとってたまらない優越感を得ることができるのだが、あまりにも激しすぎることで、果ててしまうとそのギャップを肌で感じてしまう。それまで目の前に白い閃光が光っていたのは確かなのだが、果ててしまうと、白い閃光はおろか、彼女の顔すらおぼろげに感じてしまう。
さらに、驚かされたのは、里美の手首を見た時だ。
明らかに切った跡が残っている。何度も何度も同じことを繰り返しているようで、躊躇い傷であることは明らかだ。それを見た時の驚きは他の男でも同じだったことはすぐに分かる。
なぜなら、その時に見せた里美の諦めの表情は、今までの男がそれを見た瞬間に、感情が冷めてしまったことの証明ではないか。
「私、どうしてもすぐに自分を傷つけてしまうのよ」
傷を発見した四郎に対して告白した。だが、その表情を見た時、四郎はさらに里美の本性を発見するに至ったことに驚かされた。
諦めの表情から一瞬だが、白い閃光を感じた。自殺未遂という事実より、自分を傷つけてしまうということに四郎は自分の背筋に冷たいものを感じたのだ。
世の中には自分を傷つけて悦びを感じる人がいるという。自虐的な性格が自虐的な行為によって性的欲求を満たす。
それは男性を好きになるよりも、セックスをするよりも、その人にとっては快感であり、セックスをさらなる快感に結びつけたいと考えるのか、それとも、セックスで満たされない快感を得ようとするのか分からない。いわゆる異常性欲と呼ばれるものだ。
――そんなものに巻き込まれてはたまらない――
作品名:短編集98(過去作品) 作家名:森本晃次