小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集98(過去作品)

INDEX|16ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 太鼓の音とともに、身体を流れる血が早くなり、ところどころで脈打っているのを感じていた。一点に集中し遠くで感じている京子の声で増幅していった感情を一気に爆発させるまで、頭の中で何も考えていなかった。気がつけば、気だるさが全身を襲い、身体を京子に預けていた。
 お互いに一つになれた喜びを噛み締めていた。気持ちの高ぶりが静まってくるにつれて悦びが喜びへと変わってくる。身体の充実感が精神の充実に変わってくるのだ。
――毎日でも味わっていたいな――
 と思える気分だったが、それが不可能であることを心のどこかで感じていたに違いない。それは京子と今日限りということではない。初めての相手の時というのは、それだけ特別だということだ。
――相手を知りたい――
 という思い、それは身体も心も一つになった瞬間から違うものに変わってしまうのだろう。
 だが、それは京子にとっても同じことだった。
 次回会う約束はしなかったが、それはスナックに行けば会えるということよりも、お互いに最初の気持ちを大切にしたかったからに違いない。またすぐに会ってしまって最初の新鮮な気持ちが変わってしまうことを京子は恐れていた。
 次に会ったのは、それから半月後だった。四郎は仕事が半月周期くらいで忙しさがピークを迎えるが、忙しくない時期も結局半月周期、次に会う周期としては、手頃な時期であることを四郎も自覚していた。
 最初の時の会話に比べれば、明らかにギクシャクしていた。最初があまりにも歯車が噛み合っていた会話だったというのもあるかも知れないが、それだけではない。どこかにぎこちなさがあるのだ。
――やはり最初は新鮮だったんだな――
 今さらながらに感じた四郎だが、京子も同じことを考えていることは、目を見れば分かった。
 長いようで短かった会話が途切れると、そのまま二人とも店を出た。お互いに無口な中で腕だけを組んでいる。暖かさは最初に感じた時と同じだった。
――最初の時と同じというわけにはいかないだろうが、京子の身体は覚えている――
 途端に四郎の気持ちは高ぶってくる。重ねた身体は、最初に感じた時のようにとろけるほどの暖かさだった。
――気のせいなのかな――
 何が気のせいだというのだろう。京子の身体を貪っていると、まわりが見えなくなる自分を感じるが、最初とは明らかに違っていた。それが太鼓の音がしない静寂の中で行われたことだったことに気付いたのは、集中した一点から欲望が弾かれた後の気だるい気持ちの中からであった。
――静寂の中ほど淫靡なものはない――
 と感じたが、太鼓の音がなかったことが悔しくもあった。
――太鼓の音には何か魔力のようなものでもあるのだろうか――
 と考えるが、痺れている身体を持て余しながら、思考回路はそこまで回ってくれない。
 四郎にとって罪悪感がないわけではない。今の四郎は半分、
――何をやってもうまく行く時期――
 と感じていた。根拠があるわけではないが、下手をすると、
――何をやっても許される時期――
 とまで考えてしまう。それを感じたのは京子と身体を重ねた後には違いないが、それがすぐだったのか、それとも少ししてからだったのか分からない。少なくとも、予感めいたものがあったことから、すぐというわけではなかったように思うが、それだけ時間の経つのが早かったとも言えるだろう。
 京子という女の本性が分かってきたのは、自分の性格が分かってきたのとどちらが早かったであろう。ある意味、
――どっちもどっち――
 と言えなくもないが、それにしても、タイミングがいいというか悪いというか、お互いに別れることもなく、よく続いたものだ。
 京子と付き合い始めて感じた、
――何をやっても許される時期――
 京子の愛を感じれば感じるほど、相手に甘えてしまう自分がいる。愛というのは甘えることの特権を得たのだとさえ思っていたが、許されることと許されないことの区別はついていたつもりなのだが、甘えによって、自分の目が最初こそ京子にしか向いていなかったものがまわりを見ることによって、まわりの女性が今までと違って見えてきた。
 まわりの女性が変わって見えてきたという表現は適切ではないかも知れない。
――まわりの女性の自分を見る視線が今までとは違って見えたのだ――
 というのが正解である。
 今までは、自分の方が閉鎖的だったからではあったが、自分を見つめる目が冷ややかで、重たいものだったように思えてならない。
 色で言えば黒に限りなく近い色、しかもそれが、人によって若干違っている。それが女性の個性には違いないのだろうが、色が違うのは分かっていても、ハッキリと分からないところが、黒に近い色の特性なのか、それとも自分の目が直視できない性格によるものなのか定かではない。
 それが、京子と付き合うようになって、まわりの視線に色を感じ始めた。
 最初に明るい色を感じたのは間違いなく京子だったのだが、その時に感じたのは、他の女性とは違った限りなく白に近い色だった。だが、真っ白というわけではない。そこに他の女性を感じさせる隙があったのではないかとさえ感じる。
 限りなく白に近い色、それは好奇に満ちた色であり、光って見える目であった。瞳は明らかに真っ黒なのだが、完全な黒ではない。その奥に見える色が黒を限りなく黒に近い色にしている。瞳の奥に何か写っているのを感じるが、それが自分であるのに気付いた時、京子という女性を意識し始めたと言っても過言ではない。
 他の女性にも同じように感じていた。だが、京子と同じような女性はいない。もし同じような女性ばかりが四郎を意識していれば、いくら四郎でも京子以外を意識することはなかっただろう。
 他の女性を意識し始めて、明らかにその人を好きになり始めている自分に気付き始めた時、意外と罪悪感は薄かった。
 確かに飽きっぽい性格であることには違いなく、飽きっぽい性格が招いたことではあるという自覚もあるのだが、それに対しての罪悪感は薄いのだ。
 今までであれば、女性を好きになれば、その人一筋が自分の信条であり、当然そうなるべきだと思っていた。それこそが女性を好きなることであり、相手からも好かれることに繋がると思っていた。
 完璧な愛というものが本当に存在するのかどうかまでは分からないが、少なくとも愛という言葉を使うのであれば、それは二人だけの間に繋がった特殊な赤い糸の存在を否定できない。赤い糸は誰にも見えず、誰にも侵すことのできない神聖なものであることをお互いが意識することから始まると思っていた。
 当然お互いに気持ちが一つであることが前提である。なかなか一人で満足できなくなってしまった四郎に対して京子はどうなのだろう。四郎のことを分かっているつもりでいるような口ぶりだが、実際にどこまで見ているのか疑問である。
 京子という女、付き合っていて見えてくるいい部分は次第に大きくなっては来ているが、悪い部分も大きな綻びとして見えるようになっていた。
 彼女は嫉妬深いのである。
 何かにつけて言葉尻に嫉妬深さが滲み出ている。あれこれ詮索するような口ぶりであるが、その実、実際のことは何も知らないようだ。
――知ろうとしないのだろうか――
作品名:短編集98(過去作品) 作家名:森本晃次