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クラゲの骨

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 子供が女の子であったとしても、この村の豊作には変わりなく、
「少々のことでは、この村はびくともしないんだわ」
 という、そもそもの目的を忘れてしまったにもかかわらず、
「何かこの感情は、知らなければいけないことだったような気がするわ」
 と感じた。
 何しろ一度自己破壊を起こさせるには、記憶を失う必要がある。こんな思い出したくない記憶を思い出そうなど思うはずもなく、どこかに封印されているのか、それとも、まったく記憶は外に散在されてしまったのか、分からなくなっていった。
 お唯はこの家を出ていく時、置手紙を置いてきた。
 とは言っても、書くことは何もなく、
「お暇させていただきます」
 としか書いてこなかった。
 旦那は訳が分からないと思うだろうが、一番訳が分からないのは、お唯本人である。
 少なくとも、
「少しでも、この家にいたくない」
 あるいは、
「旦那の顔を見ていたくない」
 と思い、家を出ていったのだ。
 旦那は、さぞかし、慌てて探すだろうと思っていたが、旦那は今までと変わりなく、一人で農作業に明け暮れる毎日だった。
 要するに、それだけ最初にできた子供が女の子だったということがショックだったに違いない。
 何しろ、男の子が生まれる可能性は、限りなくゼロに近い状態だったのだ。
 この男が、どうしても男の子がほしいと思っていたのかどうか、ハッキリと分からないが、失望をあれだけあらわにするほどのショックだったというのは、否めないということなのだろう。
 それからのお唯が、どうなったのか、何も残っているわけではない。
 どこかでひそかに死んだというのも、また誰かいい人と出会って、今度こそ幸せになったという話もある。
 だが、それを証明できないのは、お唯が幸せになるには。もう一度、
「自己破壊」
 を行う必要があり、今度こそ治る見込みのない記憶喪失となるのだから、名前も覚えていないということで、別の名前で暮らしたというのは、ほぼ間違いないだろう。
 そうなると、名前が違うのであれば、二人を結び付けるすべもなく、お唯の消息が分かるはずもないということになる。
 お唯と別れた旦那は、お唯のことを探すようなことはしなかった。
 すでに、この旦那も自己破壊を起こしていて、それは、
「立ち直ることのできない」
 というものであった。
 二度と奥さんを見つけることはできず。ただ、毎年豊作なので、食えなくなるということは男が生きている間、なかったのだ。
 だが、この男が死んでからというもの、すっかりこの村は他の村と変わりが亡くなって、村長からすれば、
「あの男の存在が、豊作の正体だったんだ」
 と思うよりほかに何もなかった。
 信じられないようなことであるが、それも信じてしまう村長は、それだけ、この村で起こっていることを、自分なりに受け入れてきたのだ。
 ただ、それは村長としての使命感だけで、他に何かがあったわけではない。
 男が何も考えずに、田を耕していて、豊作を続けていたのを同じであった。
 この村にはそれぞれに、役割を持った人間がいて、その人たちが自分の仕事を貫いたことで、この村が安定してきたということであろう。
 そんなこの村は、明治の頃まで、地図にも載っていないようなところだったのであったのだ。
 もともと 、この村には伝説のようなものがあって、政府も手を出せなかった。実際に、明治維新の時、政府が郡県制を敷いた時に、ここも、県政の一部に加わるはずだったのだが、村人の猛烈な反対に遭い、明治政府も、ここで引き下がるわけにはいかないということで、県を通じて警察を出動させたのだが、出動していった警察官が、帰ってくることはなかった。
 事態を重く見た中央政府では、このことについての善後策が話し合われた。
 最初は、
「軍を出動させて、やつらを攻撃すれば、一つの村程度、簡単に攻略できる」
 という強硬派の理論と、
「いや、今は欧米列強に狙われている我が国で、内乱というほどの大きな事変でもないのに、軍隊を出動させるなどということになると、外国からどんな目で見られるか分からないし、そもそも、ただの事件で、軍隊が出動などということになると、国民に対して、国家の威信にも関わるというものだ」
 という、慎重派の意見があった。
 とりあえず、慎重派の意見が受け入れられ、
「その代わり、その村を地図から消してしまおう」
 という措置に出たのである。
 その村からは、税を納めることもせず、県にも属さない。
「日本には存在しない村」
 ということで、
「触らぬ神に祟りなし」
 だったのだ。
 ただ、いつまでもそんな村が存在していては、さすがにまずいと思ったのか、明治の末期に、県の方で、その村に対して、警察が偵察に行ったのだが、何と、その村はすでに存在していなかった。
 近隣の村に吸収されたという話も、まったく聞かれなかった。実際に、近隣の村も、そんな村があったということすら、誰も意識をしていないようだった。
 明治の末期というと、維新の頃から比べれば、すでに、四十年近く経っていることもあって、当時を知る人はほとんどいないというのも事実であり、
「本当にそんなところが存在したなどという事実が残っているんですか?」
 と、逆に県に聞かれるほどだった。
「ああ、その村の存在が、明治政府にとっては、一つの目の上のタンコブのようになっていたのは事実で、県の方でも、政府から、「触れてはならない」ということで、立ち入りを禁止する条例を作っていたんだ。だから、誰も入らなかったし、話題にすることもタブーだったんだよ」
 ということであった。
「そんな村が存在していれば、わしらも分かりそうなものじゃが、話にも聞いたことがない」
 と村人はいう。
 どうも村人も本当に知らないようだ。ただ、
「少し違うが、不思議な話は残っているのだがな」
 というではないか。
「どういう話なんですか?」
 と村人に聞くと、
「実は隣村に残っている話として聞いたことがあるのだが、昔、このあたりの村が、さらに細分化されていたようで、その中に、一つ、不作には絶対にならないという伝説の土地があったんだそうな」
「それで?」
「その土地に対して、まわりの土地が、何か怪しいと思ったのか、一人の女を密偵に使わせたらしいんだ。だが、その女はそこに住み着いて、その土地の男と結婚したらしいのだが、何がどうなったのか、その女は最後には自殺をして果てたという話なんだ」
 というではないか。
 この話は、たぶん、お唯の話であろう。
 その間に、子供が生まれて、その子が女だったということで、里子に出されてしまったことでお唯はショックを受け、村を出たという話がまったく抜け落ちているようだった。
 県の人間も、類似の話を聞いていた。
 ここで今聞いた話でも、お唯の伝説でもない別の話だったのだが、総合すると、どうしても、お唯の話に行きついてしまうのだった。

               幻の村

 明治時代というと、まだまだオカルト的な話が各地に残っているというものだ。
 大正時代になると、少し都会的なことが発展してきて、大正ロマンなどと言われるものが生まれた。
「ロマン」
作品名:クラゲの骨 作家名:森本晃次