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クラゲの骨

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 とうそぶいていたが。確かに、やつの言う通りに、もし土地の主が殺されたりすれば、土地は、まず間違いなく、この男のものになるだろう。
 そういう意味で、この男はしたたかで、計算が立つことに関しては、頭がいいといってもいいだろう。
 そんな男の言いなりになっている、この女は、自分が生き残るためには、これくらいしたたかな男のそばにいるのがいいのだと思い込んでいた。
 どこかこの男に、悪党の臭いを漢字ながらも、自分が惹かれていることに気づいているのだろう。言いなりということも、彼女には快感の一つだった。
 彼女のような女は、誰か強い男に簡単になびいてしまう。本心はあんなに強いのに、一人の男に支配されりというのはどういうことなのだろう?
 いや、逆に彼女のような女を相手にできる男が、実際には少ないからではないだろうか?
 普通の男であれば、相手にはならない。気持ちが動くはずもないし、彼女を分かるはずもない。
 そういう意味で、この騙している男も、
「普通の男だったら、どんなによかったか」
 と考えるのだ。
 彼女が一番嫌いなのは、
「中途半端な男」
 そして、騙しやすいのも、
「中途半端な男」
 なのだ。
 優しさをひけらかしてはいるが、実際には、何かあれば、真っ先に逃げてしまうような男、しかし、言いなりになっている男は違った。
 彼は悪党だが、
「徹底した悪党」
 なのだ。
 その意思を、曲げrことはない。
「これが俺の生き方さ」
 と、枕元で、不敵な笑みを浮かべながら、自分の野望を聞かせてくれるこの大悪党、しかし、彼は彼なりに徹底しているのだ。
 そんな男のひめゴトは、実に激しいものだった。
 密偵であることを忘れ、女であることを思い出させる。男がこの女を抱くのは、決して愛しているからではない。抱くことで、自分がやらせている、
「男をたぶらかす」
 というこの女の戦法に、さらに磨きを掛けようというのだ。
 もちろん、この男だって、一人の男なのだ。女のテクニックに思わず、心を許しそうになるが、この男の徹底ぶりはすごいものがあり、果てた後も、決して女に嬢を移したりはしない。
 だから、絶倫なのだ。
 さすがに女もこの男の絶倫さに参ってしまっていた。それが、この男の相手を愛していない証拠だということも分かっていた。
 だから、この男との関係は、男女の関係ではない。身体を使った契約という関係なのだ。
 女は男に奉仕の心、男は女に安心と快楽を与えていると思っている。それが契約であり、「それ以上でも、それ以下でもない」
 と思っているのだった。
 この女がこれまで非情になりきれたのは、そんな思いがあったからだ。
 だが、この思いはこの女にとっても、願ったり叶ったりであった。
 変な同情や、甘い戯言などを考えてしまうと、せっかく生きるということが自分にとってどういうことなのかを、分かってくる気がしていた。
 ここから先、自分がいかに生きていくのかということを考えた時、
「今以外の将来しか見えない」
 と、まるで、予知能力を持っているのではないかと思うほどに、将来の進む道に確信のようなものを持っていた。
 そんな村に密偵として入り込み、その男から秘密を聞き出そうとしていた彼女だったが、足が治るにしたがって、気持ちが逆に病んできていることを、この男は看破していた。
 実は、女は自分のことを、
「私、自分が誰だか分からないいんです」
 と、ベタなウソをついたのだが、それを聞いて、男は、
「そうか、それは気の毒だな。でも、名前がないのは何て呼んでいいのか分からないので、お唯ということにしよう」
 と言われて女は、
「お唯……。いい名前ですね」
 と言って、何だか癒される気分になった、
 その理由がこの男の視線にあることに気づいた、お唯は、ハッと、自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
「どうして? 私は、まさか、この男に心が動いているのかしら?」
 と感じた。
 そして次の瞬間、
「私は、この人と本当に初めて出会ったのかしら? 記憶がないというウソをついたはずなのに、まさか、そのウソが本当のことだっただなんて、そんな結末、それはきついわよ」
 と思うのだった。
ただ、彼女は、
「このままこの人をだまし続けることは私にはできない。もし、彼にウソが分かって、出ていけと言われたとしても、私はこのまま、この人と一緒にいたい」
 と思ったのだ。
 こんな気持ちになったのは、
「この人と初めて会ったという感じがしない」
 という思いからであったが、
「もし、命令がなければ、この人に会うこともなかったはずなんだわ。だから、それだけに板挟みの気分になってしまうんだけど、でも、このままではいけない」
 と思うのだった。
 ただ、正直に彼に対して。自分が密偵であることを明かしてどうなるのだろう?
 それをとがめられて、出ていけと言われるのであれば、それは自分の運命だから仕方がない。
 お唯は、彼がそんなことは言わない人だと信じて疑わないつもりでいるので、それで言われたのであれば、それは自分の見る目がなかったということでもあり、諦めがつくという意味で、ある意味気が楽であった。
「どこかおかしい感覚だわ」
 と感じたが、お唯は、彼に従って生きていくことに決めたのだから、逆に彼に突っぱねられれば、
「そこで、自分のくのいちとしての命は終わりだ」
 とまで感じていた。
 だが、彼はお唯を突き放すこともなく、しばらくしてから、
「俺と一緒にここで、ずっと暮らさないか?」
 と言った。
 いつものように淡々とはしていたが、お唯には分かっていた。
「この人、人生で最大に緊張している瞬間なんだわ」
 ということをである。
「ありがとうございます。お唯は幸せです」
 というと、
「お唯。実はな。お唯というその名前は、前に亡くなった、私の元伴侶の名前なんだ。隠していてすまないい」
 と言われた。
 お唯には、彼のそれくらいの心のうちは分かっていた。いきなりお唯という名前を思いついたところが、きっと、大切な人の名前だと、すぐに気づいたからだ。
 お唯は、その名前を、自分のものにしようと思っていた。前の名前も捨てて、自分に命令をしたあの男も切って、自分は、この人のために尽くすと決めたのだ。
 あの男からの嫌がらせのようなものはあったが、その都度旦那が切り抜けてくれる。お唯は、そんな男を頼もしく思っている。
「この人、私のことを最初から怪しいと思っていたのかも知れないわ」
 と、感じたが、もうそんなことはどうでもいいことであった。

                出産という名の悪夢

 男とお唯はそれから、少しして、夫婦になった。お互いに何も聞かなかった。元々、
「私、記憶をなくしているの」
 と言っている以上、男の方としても、お唯のこと、何も聞けない立場にあるだろう。
 お唯としても、彼がお唯の記憶をなくしているなどということを、本気で信じているとは思っていなかったが、
「こうなったら、墓場まで秘密は持っていこう」
 と誓ったことで、却って、開き直りができた。
 やはり、この人だったら、
「もしバレても、出ていけとは言わない気がするな」
 と感じたが、
作品名:クラゲの骨 作家名:森本晃次