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クラゲの骨

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 だが、自分で遊泳をすることができないので、波や他の海の動物に寄進する形を取らないと、いずれは、海の底で死に至るということになってしまうのだ。
 ちひろの育った村と、克彦の育った村の昔というのは、本当に存在したのだろか¥うか?
 確かに存在はしていたのだろうが、その村が、それぞれ同じ時代に存在していたということは証明されていないし、どちらも伝説として残っている言い伝えを、ただ。信じて口伝しているだけなのかも知れない。
 しかし、これが、重要なことであるとするならば、二人が生きている意味はそこにあるといえるのではないだろうか。
 そして、みきが今感じている克彦のことであるが、
 克彦は、童貞を卒業すると、みきに対して、卒業までの彼とはまったく違う様相を呈していた。
 克彦はみきに対して、
「完全なるM性」
 を持ちあわせているのだ。
 だが、他の人に対してはまったく普通である。だが、そんなみきは、ちひろにだけは、自分の存在を押し付けることのできる関係性を築いていた。
「ということは、克彦が誰かに対してMになる時があれば、それは完全に、
「三すくみの関係」
 と言えるのではないだろうか。
 いや、実際にはいた。
 二人は、いつどこで知り合ったのか分からないが、克彦がMになるのは、ちひろの前でだけであった。
 ちひろも、まさかみきが克彦と知り合った経緯を知るわけもなく、知り合いであることを知る由もない。
 三人は、それぞれ、
「交わることのない平行線」
 であり、そのせいで、同じ次元では、決して会うことのできない相手ではないだろうか?
 その平行線は、それぞれが、海面を浮いたり沈んだりと、波目カーブと呼ばれるものを描いていて、三人のうち、
「誰かが、見えている時は、他の誰かが見えるということはありえない」
 という水平線が風によって吹きあがった自然の波こそが、
「捻じれている、交わることのない平行線だ」
 と言えるのではないだろうか。
 克彦は、天邪鬼なところがあることで、父親が亭主関白だったことで優しさを追求してしまい、まわりの人には低姿勢になってしまった。
 しかし、心根の中では、Sなところがあるのだ。やはり、男ばかりの村で育つという遺伝子を持っていることで、基本的にはSの性格なのだろう。
 そもそも、先祖もそうではなかったか、たまたま父親が関白な代であり、その前は、克彦と同じような性格だったのかも知れない。
 まるでDNAの組織のように、朝顔のツタが絡まるかのように、捻じれるようにして重なっていくのだ。まるで双子星の衛星が、公転する惑星のまわりを、回っているようではないか。
 Sな性格になった時の克彦は、それまでの克彦を知っている人からは想像もできないだろう。
 それまで、
「自分がドMだ」
 ということに気づかなかったみきでさえ、初めて会ったばかりの、しかも、童貞卒業をさせてあげたということで、女王様として従わせてもいいと思うほどの相手に対して、まさか、この自分が、
「奴隷になってもいい」
 というくらいいまで思わせるのだから、それほど、克彦のSが本物だということなのか、二人の関係性が、最初から行き届いていたということなのか、偶然ではないだろう。
 そこに現れたのが、ちひろだった。ちひろは、みきに誘われて、克彦に遭っただけだった。
 SM関係において、奴隷として尽くすことはできても、彼氏としては望め愛と思ったみきは、ちょうどいい相手として、ちひろを克彦に巡り合わせた。
 確かに克彦は、みき以外の男性には、腰が低い。そうしているうちに、三人は三すくみの関係になっていったのだ。
 千尋は、閉所と暗所がダメだった。
 自分が普段から目立たない存在だと思っていたが、まわりからは、天真爛漫な性格だと思われていたようだ。
 ちひろという女は、実に頭のいい女で、どう自分がまわりと接すれば一番いいのかということを分かっているのだった。
 ただ、ちひろの場合は、暗所、閉所が苦手だと思っているのは、普段から、
「いかに自分がうまく立ち回れるか?」
 ということを考えているからであった。
 三大恐怖症というものの、どれか一つは自分の中にあると思っていた。その中で、
「本当に一番いやなものは何か?」
 と考えた時、
「高いところは、一歩間違えると、死んでしまう可能性が一番高い」
 ということと、
「他二つは、それほど、リアリティがない」
 ということも考えて、自分の中で、消去法で見つけた答えだった。
「高所恐怖症一択であっても、他の恐怖症もくっついてくるのであれば、最初から消去法で考えることで、恐怖症を絞り切ることができる。つまり、高所恐怖症一つと、閉所。暗所恐怖症の二つを組み合わせて考えると、後者の方がまだそれほど怖くないといえるだろう」
 という、理論的な考え方から生まれたものだった。
 さらに、ちひろは、最近自分のことを、
「まるで猫のようだ」
 と考えるようになった。
 猫というのは、頭がよく、悪賢いところがある。しかも、犬ほど従順でもなく、自分の都合を先に考えるのが、猫という動物なのだ。
 そして、猫の性格として、
「好きなものは、暗くて狭いところだというのが猫という動物だ」
 ということであった。
 猫の目は、人間などよりも暗闇でもハッキリと見える。同じ立場が悪いとこでであっても。相手よりも数倍も有利であれば、猫でなくとも、有利な方につくというのは当たり前のことだ。
 だから、ちひろが、閉所と暗所を嫌うのは、猫の性格という意味からも理解できることであった。
 ちひろには、クラゲという発想は少し思い浮かばない。くらげは、克彦とちひろの関係なのだろう。
 ちひろも、克彦も、今はそれぞれの存在を知らない。
 その存在を知っているのは、それぞれの側から見たみきだけだった。
 みきは、克彦を彼氏にしようという気はない。しかし、自分の、
「ご主人様」
 だと思っている。
 そんな中で、自分が、二人を合わせるのはいかがなものか? 二人を会わせることでF足りが付き合うことにでもなってくれた方が気が楽だった。
「ちひろは、私が、彼の奴隷であっても、きっと何も言わない」
 と思ったのだが、それは、今お互いを知らないということで見ているから、そう感じるだけなのかも知れない。
 ただ、二人を会わせないという選択肢は、みきにはなかった。
 それは、それぞれ二人に、自分を通す形で関係を持ったからである。
 まるで何か、不倫でもしているかのような感じだった。
 こんな時、頭い浮かんできたのは、
「クラゲ」
 だったのだ。
「クラゲって、骨がないおよ」
 という話をしていた人がいた。
「クラゲは珍しいことや、あり得ない物事のたとえとして使われることがあるんだ」
 という話を聞いた。
「人の身には、命ほどの宝はなし。命あればクラゲの骨にも申すたとえの候なり(命があれば、クラゲの骨にも会うだろう)」
 と言ったという場面が、「承久記」というものに書かれているというのだ。
作品名:クラゲの骨 作家名:森本晃次