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クラゲの骨

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 クラゲの多くはプランクトンとして生活している。
 プランクトンというと、
「微小な生物の総称」
 というイメージがあるが、そうではない。
 あくまでも、水中や水面などを漂って生活をする浮遊動物なのである。しかも、その中でも、水流に逆らって泳ぐことのできないものを、そういうのだ。
 だから、くらげは、ただ、漂っているだけなのである。もし、波や水の流れがなくて、漂うことができなくなると、水底に沈んでしあって、死に至るという。そういう意味では、漂うのも、ある意味命がけだといえるだろう。
 しかし、くらげというのは、見ていれば、勝手気ままに漂っていて、何にも影響を受けずに生きているように見える。身体が透明で、全身がゼラチンでできているというところも、そういうイメージを沸かせるのか、あるいは、傘がついていることで、その筐体が、どこかほのぼのと見えるところで、まるで、風まかせで、空を浮遊している凧のようではないか。
 小学生の時に泳ぎに行った海で、波に身を任せている時、自分が何か別の動物になったかのように感じた。力を入れずに、水の中を浮遊していて、浮いているのか、沈んでいるのか、自分では分からない感覚であった。
 自分の身体がどうなっているのか見ようと思うと、透けてしまって、身体を通して、向こうが見えている。
 それが、クラゲだと思ったのはいつだったのだろう?
 最初からクラゲだと感じていたのか、それとも、海面から降り注ぐ光が波によって屈折して見え、そこから自分をクラゲのように思うようになったのだった。

                  大団円

 みきとの逢瀬は、本当ならその日で終わりだったはずだ。先輩もそのつもりだったし、当のみきもそのはずだったのだが、なぜか、みきには克彦に惹かれるものがあったのだ。
「昔、男ばかりの村があったらしいんだが、俺はどうもそこで生まれたらしいんだ」
 という言葉を、童貞卒業後のまったりとした時間、みきは、克彦の胸の中で聞いた。
 お互いに絶頂を迎えた後、本来なら、卒業させてあげたことで、主導権はみきにあるはずなのに、なぜか、みきの身体は、克彦に委ねられることになった。
「こんなの初めて。本当にこの人、童貞なのかしら?」
 と感じるほどに、脱力感がハンパでなかったみきは、まるで、自分が、探し求めていた相手に出会ったかのように思えたのだ。
 確かに、みきは、自分を支配してくれるような相手を探していた。本来であれば、童貞キラーなどという言葉に似つかわないほどのM性を持った女性であり、たまにS性を出すことがあるのだが、その時は、そのカギを開けてくれる男性の存在が必要になる。
 それが、今は先輩であり、いつもいつも同じ人だとは限らないところが、みきの天真爛漫なところであった。
「自分が浮遊しているような気がする」
 と、まるでクラゲにでもなったかのように自分でも感じていたことで、今自分が、
「男にしてあげたはずの男性に、感情を奪われることになろうとは、想像もしていなかった」
 と、みきは感じていたが、そこにクラゲというものを感じていると、そのあたりで感じてくるのだった。
 しかし、そのクラゲが、一体みき自身のことなのか、それとも目の前にいる、この男から感じることなのか分からなかった。
 二人とも同類として感じるのであれば、それはそれでいいのだが、だが、何かしっくりこないのだ。
「自分の目線から本当に、見ているのだろうか?」
 という思いがあり、その思いが、自分の考えを不確かなものにしているようだった。
 このようなクラゲを発想するのが、今ここでまったりして、どこともいえぬあらぬ方向を見ているこの男性から、漂う雰囲気であるということを分からなかったのは、ゼラチン質の身体で、透明で透けて見えるからなのかも知れない。
 みきは、以前にも、似たような話を聞いたことがあったのを、この克彦と出会ったことで思い出したのだ。
「私ね。女ばかりの村で育ったのよ」
 と言っていた人がいた。
「今、そんなところがあるはずないでしょう?」
 と聞くと、
「ええ、そうなのよ。確かにあるはずないんだけど、急に何かが私の中に降りてきて、その人の記憶が私の気を苦を凌駕しているようなの」
 と、とても信じられないようなことを言われたのだった。
 その話を思い出すと、この克彦という人も同じように、何かが降りてきて、言わせているところがあるのではないかと感じた。だが、彼の中で父親の反発があるということは、分からなかった。
 みきも、実は自分も母親に対して確執を持っていた。だから余計に、克彦の父親に対しての確執が分からなかったのかも知れない。
 それは、二人の中で、
「交わることのない平行線」
 を描いているのではないかと思うのだった。
 みきが、言っている、
「女ばかりの村にいた女」
 というのは、ちひろのことであり、
「二人とも、昔の封建的な世界から抜け出せないくらいの時代に束縛されているのかも知れない」
 と感じるようになった。
 実際には話に聞いただけで、ちひろも、そんな村の存在を、詳しく知っているわけもない。
 だが、まるで見てきたことのように話をするので、目を瞑って聞いていると、自分もまるで見てきたことであるかのように見えるのだった。
 その時に一緒に感じるのが、海の底であり、その海を漂っているクラゲに、自分がなっているような気がしてくるのだった。
 クラゲは、自由に浮遊しているものなのだが、みきの中では、三すくみの関係が目の前に見えているような気がしてきた。
 その三すくみの関係にある、正三角形の頂点にいるのは、自分であるみきと、ちひろ、そして目の前にいる克彦であった。
 この三すくみはどこからくるのか分からないが、以前、みきも克彦同様に、三すくみを破る方法を思いついていたのだが、その方法を思いついていたから、三すくみが誰なのかということが分かったような気がした。
 そして、みきには分からない、女性ばかりの村で生まれた女性と、男性ばかりの村で生まれだ男性の二人を知っているということは、
「自分の知らないところで、克彦と、ちひろに接点があるのではないか?」
 と思うのだった。
 それに、今ここで感じているこのことは、克彦もちひろも、どちらも考えていることだと思えてならなかった。
 自覚はないかも知れないが、みきの知らないところで、ちひろと克彦が結びついているとすれば、もう一人、どこかにそれを結び付ける人がいるのではないかと思うのだ。
 それを、みきは、先輩ではないかと思うのだ。
 みきには、先輩と、克彦が見方によっては、同一人物に見えるという思いがある。それを思うと、克彦の方でも、みきとちひろが同一人物に見えてくるのではないかと思うと、それはクラゲの特性である。
「向こう側が透けて見える」
 といy特徴からきているように思えてならないのだ。
 クラゲというのは、自分で遊泳することができないので、
「プランクトンのように浮遊して生きる」
 ということになるのだが、それが見方によっては、
「天真爛漫に思うがままに生きている」
 というように見えるかも知れない。
作品名:クラゲの骨 作家名:森本晃次