クラゲの骨
基本的にはそれぞれ、別々のシチュエーションで感じるものだとは思っていたが、その共通点として、
「呼吸困難が襲ってくる」
ということは分かっていた。
そんな状態において、酒に酔うというのは、呼吸困難を引き起こす原因になると思っていた。
だから、最初にいきなり酔いを感じることで、それ以上自分で受け付けなくするというような無意識な本能が働いていたのだ。
最初の頃はそんなことは分からずに、
「ただ、酒に弱いというだけのことだ」
と考えていたが、次第に、
「酔いつぶれ方がいつも同じパターンだ」
と感じるようになると、
「酒を受け付けないというのは、ただアルコールに弱い」
というだけの理由ではないということに気づくようになったのだ。
酔いつぶれた時は確かに、すぐに前後不覚になり、それ以前の記憶が飛んでしまうほどになるのだが、酔いが覚めるのも、結構早かったりする。
普通なら翌朝までは目を覚まさないであろうと思われるくらいの状態に見えても、実際に酔いが覚めるのは、夜中の一時過ぎくらいであり、頭の痛さは残るかも知れないが、正気にはなっているだろう。
朝方になる頃には頭痛も消えていて、自分が何をしているのか、しっかり意識していることだろう。
みきが、酔いつぶれている克彦の童貞を奪おうとしていることも、すぐに分かったが、自分から、それを阻止する気持ちは一切なかった。
「ああ、ここで、童貞卒業か」
と感じたことが、身体に金縛りを起こさせたのだった。
「おはよう」
と言って、隣で寝ているみきを見ると、克彦は、
「俺に何かしたのかい?」
と聞くと、
「ううん、今やっても、できないからって、あなたは、そのまま死んだように眠ってしまったのよ。私としては、その気満々だったので、お預けを食らってしまって、欲求不満もいいところだわ」
といって、ニコニコしている。
決して、嫌気がさしているわけではなく、その顔にはサバサバとしたものが感じられた。
「まあ、これはこれでいいとすればいいのかな?」
とみきは言った。
何か背一杯の虚勢を張っているようだが、本心であることは、その笑みから分かった気がした。
「でも、あなたが目を覚ましてから、たっぷりと可愛がってあげようと思っているんだけど、覚悟は言い?」
とみきがいうと、
「ああ、どうせ、俺はここで童貞を失わないと、無事に帰ることはできないんだろうか?」
と克彦がいうと、
「ええ、そうね。私が帰さないわよ」
と、淫靡な笑みを浮かべた。
その唇が、克彦の口を塞いだ。いきなりであったが、想像できない範囲でもなかったので、不意打ちを食らったという感じもしなかった。
プヨプヨする唇は、若干濡れていた。リップなのかと思ったが、それだけではないようだ。唇からの甘美な味はリップなのだろうが、彼女の舌が絡みついてきた時、リップ以外の何かを感じたのだ。
克彦が薄目を開けると、その瞬間、みきの唇から、甘い吐息が漏れてきた。
思わず興奮を抑えることのできない克彦は、肩から背中にかけて、袈裟懸けにするかのように抱きしめると、さらに彼女が切ない吐息を漏らしたのだ。
「もう、すでにプレイに入っているんだ」
と感じた時は、お互いに吸い付く唇を話そうともせず、濡れた口中だけが、ヌメヌメしているだけではないように思えたのだ。
普段から、優しさだと女性に対して、勘違いした態度を取っている克彦であったが、この時は、
「自分が主導権を握らないといけない」
と感じ、実際に、主導権を握っている自分が見えてくるようだった。
「昨日のあなた、かわいかったわよ」
と、マウントを取りに来ているのか、みきは克彦に、
「私が女王様よ」
とばかりの、上から目線であった。
「ふふふ、すっかり、情けないところを見せてしまったようだね」
というと、
「そんなことはないわ。かわいいといってるじゃない」
と、ばかりに、やたら、かわいいという言葉を強調してくるのであった。
「そんなにかわいい男が好きだったら、俺なんか相手にしない方がいいのでは?」
というと、
「そんなことはないわ。あなたを見ていると、私、濡れてくるんですよ。たまらないという思いになってくるのよ」
と、みきはいうのだ。
さすがに、童貞キラーと言われるだけあっての、ドS級の雰囲気に、
「この女の、こんな女王様のような雰囲気は、きっと、先輩から俺のことを、女のような雰囲気だ」
とでも聞いていたんだろうと思った。
だから、最初に感じていた雰囲気と違っているので、彼女の方も、少なからず戸惑っているのだろう。
しかし、童貞キラーとしてのプライドと、今まで、本気で人を好きになったことはないという、
「他の人とは違うんだ」
と感じる思いを、醸し出していたのだ。
みきに感じた思いは、
「とにかく、肌がきめ細かい」
という思いだった。
まるでタコの吸盤のように吸い付いてくる感覚に、もち肌を感じさせる、弾力性が際立っていた。
しかも、掻いている汗が、まるですべての毛穴から出てきていることによって、すぐに蒸発してきそうな錯覚に陥ることで、今でこそ感触でしかないが、唇の中を這いまわっている舌も、同じような心地よさだと思うと、舌と肌のアンバランスな感触が、余計に新鮮に感じられるのであった。
興奮が次第に高まってくると、童貞のはずの自分が、いつの間にか主導権を握っているかのような錯覚に陥っていた。
吸い付いていた舌が離れると、今度は、彼女の舌が、克彦の首筋を這いまわってきた。
「これのどこが気持ちいいというのだろう?」
と、本当は、さほど気持ち良いわけではなかったのだが、このまま何も反応しないと相手に悪いと思い、演技のつもりで、
「あぁ」
と、声をあげると、今度はその自分の声に反応してしまった。
「感じているのか?」
と思ったが、確かに感じているようだった。
「彼女が自分にしてくれる行為よりも、このシチュエーションに興奮しているのか?」
と思ったが、自分が童貞なので、何も分かっていない状態だから、しょうがないことなのだろうと、感じるのだった。
とにかく、彼女に任せるしかなかった。だが、彼女は自分で自分の行動に興奮しているようだ。
「だから、童貞キラーなどしているんだろう」
と思ったのだ。
そんな彼女が羨ましかった。本当であれば、
「童貞を卒業する」
ということで、主役は自分のはずなのに、興奮しているのは相手ではないか。
ということは、
「童貞卒業が、気持ちいいというわけではなく、ただの儀式にしか過ぎないんだろうか?」
と感じた。
「そういえば、女性だって、処女を失う時、ただ痛いだけだというじゃないか」
と思った。
だからこそ、上手な人を相手に処女を失うということが、女性にとって大切なのでhないだろうか。
ということは、男性だって同じことではないのだろうか。
想像が妄想となって膨らんでしまったことで、童貞喪失のハードルを上げてしまったことで、女性の中には、
「童貞が初めての相手として、自分がかかわるのは嫌だ」
と感じている人もいるだろう。