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短編集97(過去作品)

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 駅前の喫茶店。駅のロータリーが一望できるところで、きっと待ち合わせに使っている人が多いことだろう。学校が終わって立ち寄る頃には、主婦の井戸端会議が終わろうとしている時間でちょうどよかった。二人とも、静かなところが好きな共通点を尊重しあっていたからだ。
 迷わず窓際に席を決めた。主導権は敬介にあり、由美子はただ従っているだけだ。他の人から見れば変わったカップルに見えるかも知れない。ひ弱そうに見える敬介が、一見気が強そうに見える由美子をリードするように入ってくるのである。だが、二人はあくまでも自然だった。
 お互いに知りたいと思う気持ちが最初だった。この気持ちがお互いを自然に感じさせ、
「以前から知り合いだったように思うんだ」
「そうね、私も前から知っていたように感じているわ」
 という会話を呼んだ。
 もちろんお互いに異性を意識するのは初めてだった。特に由美子は苛められっこのような人を見るのが嫌いなはずなのに、なぜ敬介に惹かれたのか分からない。敬介はいかにも苛められっこタイプで、身体が大人になっていくにつれて、女性っぽさが現れてきた。
 二人が付き合い始めたことは、誰も知らなかった。別に隠しているわけではなかったが、お互いに誰に話すわけでもないし、話す相手もいない。第一、誰も二人のことなど気にする者もいない。自分たちのことだけで精一杯なのだ。
 由美子は純愛だと思っていた。あまり純愛というのを想像したこともない由美子だったが、純愛という夢のような世界にいると、前から純愛を求めていたように感じる。意識していなかっただけで、求めていたに違いない。
 由美子にとっては初恋の相手、捜し求めていた人だった。
 以前から好きになる人のイメージを頭の中で描いていたが、敬介に話しかけられた瞬間に、すべてがリセットされてしまった。本当に自分にとっての理想の相手かどうか、付き合ってみないと分からない。誰かと付き合うようになっても、その思いは変わらない。
 どことなく女性っぽさが、敬介の繊細さを浮き彫りにする。女性でありながら大雑把なところのある由美子にとっては、自分を顧みるにはちょうどいい相手でもあった。
 時々遠くを見つめるような目をしている敬介を横目で見ていて、
――誰を思い出しているのだろう――
 と感じるが、死んだ母親を思い出す以外にはないはずだった。
 敬介が白い色に対して敏感に反応していることを、由美子は知らなかった。白壁のマンションに住んでいる由美子の家によく遊びに行った敬介が、マンションに入る前にいつも立ち止まっていたのは知っていたが、それがなぜだか、分かるはずもない。
――白い色――
 それはまさしく桜さんのイメージである。
 敬介は由美子の後ろに桜さんをイメージしていた。淡い色ばかりが目に付くのも、桜の木を気にしているからだ。
――桜さん、あれからどうしたのだろう――
 病気療養を終えて、帰っていったと聞いたが、どこに帰っていったのかまでは知らない。都会に帰っても、公園のベンチに座って、桜の木を見上げている光景が目に浮かんでくる。桜吹雪の中で、白いドレスが光っている。次第に顔がぼやけていくように見える。
 ぼやけていく白いドレスを見ながら足元を見ると、さっきまで気にもならなかった影が黒く滲んでいるのを感じてくる。桜吹雪が激しいわりに、影がくっきりと見えているのは、夕日の当たった石ころの影が、立体感を帯びて見えるのに似ていた。
 敬介は、律儀なところもあるが、飽きっぽいところもある。どちらが本当の性格かと聞かれてハッキリと言えないが、少なくとも飽きっぽい性格が目立って見えるのは、それだけ由美子にとって敬介とは、着かず離れずの関係だと思っていたからに違いない。
 どちらかと言えば冷静なのは、敬介の方かも知れない。
 二人の仲は結構長く続いていた。性格的にはどちらが男性で、どちらが女性か分からないほどであったが、どこかウマが合うのだろう。お互いの性格をうまく埋めることができているに違いない。
 初恋が長く続かないというのは、想像していた自分にとっての理想の相手と本当にめぐり合っていないからかも知れない。最初こそ燃え上がってみても、相手が分かってくるにしたがって、
――こんなはずではなかった――
 と、どちらかが感じるのだろう。だから、相手にとっては訳が分からないうちに失恋していたことになるのだ。
 お互いに相手を知りたいと感じていた時、
「以前から知り合いだったような気がする」
 ということで気持ちが一致していたことで、二人のつながりは本物だとお互いに自覚していたことが長く続いているゆえんだと二人ともが感じていた。それが恋愛には一番大切ではないだろうか。
 敬介は大学入試、由美子は就職へと、高校を卒業してからの進路は別れた。卒業記念にと、
「温泉旅行に行きたい」
 と言い出したのは由美子の方だった。
 その頃にはすでに主導権はすっかり由美子が握っていた。敬介に発言権がないわけではないが、自分から意見をなかなか示すことのない敬介を見て、少なからず由美子は業を煮やしていた。
――もう少しシャキッとしてほしいわ――
 自分が小学生の頃、苛められっこだったのを思い出した。苛められっこは苛められっこの気持ちが分かるもので、同情に値する気持ちもある。
 しかし、逆に気持ちが分かるだけに、自分が中学の頃に他の苛められっこを見る目に、苛立ちを思えていたことも思い出していた。
 そんな敬介にしっかりしてほしいという思いと、
――敬介ならば、自分の思い通りになる――
 というような少し危険な気持ちがないでもなかった。
 温泉旅行に出かけようと思い始めたのは、実はかなり前からであった。就職前に、一度どこか旅行に出かけようとは最初から考えていたのだ。
 お互いに、温泉旅行というのは初めてだった。家族で旅行に行くということ自体、二人とも今までにほとんどなかった。それだけに、由美子としては前から楽しみにしていたのだ。
 あまり世間一般に知られている温泉には行きたいとも思わない。人がほとんど来ないような穴場といわれるようなところがよかったのだ。
 ちょうど、電車に乗って二時間ほどの山間に温泉があることを友達に聞いていた。そこはあまり人が来ないところで、老舗のような温泉旅館が数軒あるだけだという。
 ただいろいろな効用があるようで、利用者のほとんどは高齢者だという。由美子自身はそれでもよかった。もちろん、その話は敬介にもした。
「俺は別に構わないよ」
 実際、敬介が嫌だというわけがないことを知っての確信犯だった。すぐに温泉旅行は決定し、由美子は楽しみができた。
 旅行の日が近づくにつれて、次第に期待が膨らんでいく由美子、お互いに相手の身体を知らないわけではないが、知らない土地で一日中二人きりというシチュエーションを想像しただけで気持ちが高ぶってくる。
――私もやっぱり女なんだわ――
 と今さらながらに感じる由美子だった。
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次