小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集97(過去作品)

INDEX|10ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

 温泉は露天風呂に、家族風呂があった。さすがに効用があるというだけに岩で囲まれた露天風呂の横には、まるで江戸時代のお触れ書きのような立て札があった。そこにはリュウマチ、喘息、神経痛などといった病気に加え、ガンや成人病にも効くと書かれている。これだけの病に効くのだから、もっと客がいてもいいと思うが、街自体にこだわりのようなものがあるのだろう。あまり宣伝が見られない。本屋でいろいろ探してみたが、この温泉について詳しい宣伝をしているガイドブックはどこにもなかった。
「今までに、個人で取材に来た人が、コラムで書かれたことはありましたが、私らが薦んで宣伝をするようなことはなかったですね。ここは昔からの温泉ですので、逆にこちらが客を選んでしまうのですよ。だからそれでも来ていただけるお客様は大切にしようと思っています」
 女将さんの話を二人は頷きながら聞いていた。なるほど、目の前に出された料理は、宿泊費からすれば少し豪華であった。さすがに金銭的に詳しくない二人でも、豪華であることは一目見て分かった。
 ゆっくりと食事を堪能し、温泉にも浸かり、英気を養った。お互い久しぶりにリフレッシュした気分になった。
 白い湯気が舞い上がっていた。黒い背景が影となって回りの景色を浮き上がらせている。湯の音がこだまとなって帰ってくる。冷たくなっていた身体へと次第に湯が流れ込んでくるようで、熱さへの感覚がなくなってきた。
――湯に浸かるとこれほど睡魔が襲ってくるものなのか――
 と感じるほど、心地よい。これが温泉の醍醐味というものだろう。高校生ではあるが、まさに命の洗濯という言葉を肌で感じていた。
 その日、お互いに当然のごとく自然に身体を求め合った。月明かりの中、お互いの身体を貪ったのだ。
 ホテルではほとんど真っ暗な中でお互いの身体を確かめ合うのだが、それはそれで興奮がある。特に由美子には、もう一人の自分がいるのではないかと思うほど、敬介の指の動きに従順だった。
 暗闇の中で、しかも密室、胸の鼓動はさらなる息苦しさを感じさせ、興奮を呼び起こす。何よりも湿気を帯びた重たい空気の中で漏れてくる自分の息遣いを感じていると、まるでその息遣いが他人のように思えるのだ。
――もう一人の自分――
 いつも感じていたが、敬介はそこまで感じていただろうか。
 敬介は敬介で、自分の中にもう一人の自分を感じていた。
 由美子が吐息でもう一人の自分を感じていたのとは違い、自分の中に感じていた。指の動きがあまりにも自然で、頭で考える間もなく指だけが勝手に動いているのだ。
――頭と身体は違う自分なんだ――
 と思っていた。身体は何でも知っている。女性の感じるところをすべて知っている。
――自分は実は女性ではないのだろうか――
 と、錯覚してしまうほど、女性が感じているのを見ると、自分まで同じような感覚に陥ってしまうのだ。
 そのことを敬介は、温泉旅行で初めて気付いた。それまでホテルで愛し合っていた時は、自分が男性として由美子を抱いている意識だけでいっぱいだったはずだ。
――彼女の吐息や、身体の反応に感じている――
 それは自分の手によって感じる由美子を堪能していたからだ。その感情こそがまさしく男性としての感情である。だが、今回の旅行では、由美子の身体を愛しているつもりで、まるで自分も愛されているような錯覚に陥っていた。
――自分の手によって自分が愛されている――
 そんな感覚である。
 純和風の部屋は、雪見窓のついた障子から差し込んでくる月明かりが印象的だった。真っ暗な部屋に目が慣れてくると、真っ白い月明かりが侵入してくる。
 由美子は敬介の肌を感じていた。きめ細かさもさることながら、まぶしいばかりの白さに参っている。最初に感じた肌の冷たさは、きっときめ細かさが生んだものに違いない。気がつけば熱くなっていて、一気に敬介の気持ちが高ぶっていることを表していた。
 汗がにじんでいる。男のわりに気持ち悪いくらいの白さにため息が出るくらい呆れてしまっていた。気がつけば自分も白い肌に染まっているのではないかという願望を抱きつつある由美子は、障子を通して見えている木から、花びらが散っているような錯覚を覚えた。表の木が桜であったことは、おぼろげながら覚えていた。桜の木を気にしたことなどなかった由美子は、敬介が以前から桜の木に思い入れを持っていることなど知る由もない。
 いつになく、由美子の締め付けは激しかった。すぐにでも弾けてしまいそうな気持ちを必死になってそらそうとしている。
 少しずつ身体のグラインドを緩めるようにしていたが、気を紛らわさないと、そのまま果ててしまいそうだ。せっかくの快感をもっと味わっていたいし、男としても、
――ここで果てては情けない――
 という思いが強かった。
 身体をそらして枕元から部屋の隅を見つめていく。暗くなっている床の間に掛かっている掛け軸に目が行った。水墨画が描かれているが、蛇行して流れる川が中央に描かれている。
 真っ暗な部屋に浮かんだ白い掛け軸、流れる川は掛け軸の中だけで終わっていることに、理不尽さを感じた。流れ出る先が自分の身体につながっていて、一気に放出された時に見ると、きっと黒い川が真っ赤に見えるのではないかとさえ感じていた。
――他愛もないことを考えるものだ――
 だが、身体の奥から噴出してくる興奮は、確実に迫ってきている。自分が男であって幸せだと思う瞬間である。
 果たして、最高の快感が身体の中に大きな波をもたらす瞬間がやってきた。男として、女を支配できたと一番感じる瞬間でもある。
 大きく仰け反り、快感が恍惚に変わる時、オンナが女に戻る。男が注入したエキスによって、妖艶さが急速に可愛らしさを感じさせるのだ。
――この瞬間が、男として一番の快感なんだ――
 放出したあと、女の可愛らしさを感じる時、それを快感と呼ぶのだと思っていた。
 しかし、その時は違っていた。いや、むしろ男としては、こちらの方が自然なのかも知れない。言い知れぬ気だるさを感じ、由美子も可愛らしさの前に恍惚の激しさからか、脱力感に苛まれているようだ。
 由美子もその時、
――こんなに脱力感を感じるなんて――
 と思っていた。そして、
――もっとゆっくり恍惚を味わっていたい――
 と感じていたに違いない。
 以前にお互いを求め合った時とは、明らかに違っていた。男は相手に可愛らしさを求め、女は頼もしさを求めていた。だが、最後はお互いに恍惚の状態から脱力感でいっぱいになった。身体に触れるものすべてがむず痒く感じ、それだけ全身が敏感になっていることを表していた。
 掻いていた汗が引いてくるのが分かる。きめ細かな肌が、サラサラして感じるのは、汗が乾いてきた証拠でもあった。
 快感は睡魔へと繋がってくる。このままもう少し起きていたいと感じれば感じるほど、睡魔は着実に敬介を襲う。
 由美子は完全に恍惚の中に溺れていた。敬介に睡魔が襲ってきていても、由美子自身は関係なかった。
 暖かい肌を味わいたくて身体を密着させてくる由美子を感じているから、睡魔から抜け出すことができないのだろう。気だるさととも脱水症状に近いものを感じていた。
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次