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短編集97(過去作品)

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 エクボが目立つような笑顔は却ってわざとらしさを感じる。自分が捻くれているのではないかと感じたこともあったが、きっとそれはテレビドラマの影響だろう。いろいろな表情をする女優をいつも見ていれば、笑顔の時もあれば、沈んだ顔の時もあるのは当たり前で、異性に興味を持てないのは、そのためだと感じたのは、桜さんと知り合ってからだった。
――女に生まれてくればよかったな――
 と思うようになったのはいつ頃からだろう。桜さんと知り合う前だったのには違いないが、どうしてそう思うようになったのか思い出せない。ただ少なくとも母の死が大きく影響しているのは間違いないだろう。
 桜さんに最初は母親をイメージしていた。
――お母さんもよく白い帽子をかぶっていたっけ――
 白いドレスまでは着ていなかったが、帽子を見ていると夏の暑い時期を思い出していた。夏休みにはいつも母が旅行に連れていってくれた。父の仕事が忙しいということで、母と二人での旅行になったが、内心ではあまり嬉しくはなかった。
――何となく恥ずかしいな――
 という気持ちが強く、普段からあまり叱ることをしない母親は、旅先でも静かだった。その時の顔は桜さんに似ていた。家にいる時ほどの喜怒哀楽さはないが、何とも言えない奥深さのある笑みだった。遠くを見つめているように思え、帽子の庇を両手で持っている姿など、実に自然に見えたものだ。敬介はその時の母親が一番好きだった。
 時々頭痛がするのか、顔をしかめることの多かった母だったが、父はいつもそんな母を気遣っていた。
――あれが男の優しさだったのかな――
 後になって感じたが、そのイメージがその後の敬介の人生を変えることになる。それまでは母親ばかりを見てきたが、父親の顔をまともに見た時から、初めて自分が男だったことに気付いた。その時にはすでに母は寝たきりになっていて、医者から長くないことを父には宣告されていたようだ。
 由美子と敬介が出会ったのは、まだ由美子が自分に対して自信が持てないでいた時期だった。
 バス通学をしていた二人は、学校が同じなのに、まったく意識していなかった。他の人たちは皆必ず数人のグループを組んでいるので、自分たちだけのことしか考えていない。しかも高校生くらいともなると、まわりのことよりも、
「自分たちだけが楽しければいいんだ」
 という連中ばかりである。
 もっとも、由美子も敬介もそんな連中とグループを組みたいなどと思ったこともない。自分たちだけの世界を作ってワイワイやっていること自体が信じられないのだ。
 それほど広くないバスの中は、通勤通学の人たちで満員である。満席状態に学生のほとんどは吊り革を持って、バスの揺れに合わせている。いつも一番奥に座っている由美子は表をボンヤリと見ていたが、そんな彼女を意識し始めたのは、敬介の方だった。
 吊り革を両手で持って、揺れに任せるように佇みながら彼女だけを見ている。朝の通勤時間というのは、一人で乗っている人は何を考えているか分からないほど静かで無表情であるが、敬介も同じだった。
――隣に座ってみたいな――
 という思いでいたが、その思いはしばらくすれば叶えられた。
 敬介の家からは、一つ前のバス停に行くのも、いつも乗るバス停に行くのも同じくらいの距離である。一つ前のバス停から乗ってみることにしたのは、最初は気分転換のつもりだった。
 高校生になってから、マンネリ化しつつある自分の生活に疑問を感じていた敬介は、時々気分転換にいつもと違うことをしてみたりする。
 敬介は元々がジンクスを気にする方であった。朝、靴を履く足を決めていたり、敷居を跨ぐ足を決めていたりと、普通の人であれば無意識にする行動も、わざと意識するようにしていた。
――これをジンクスというのだろう――
 と感じ始めると、ますます意識が強まっていった。
 毎日の生活の中でいくつかのジンクスを決めているが、それ以外のことは、すべてが気分転換の対象になる。バス停を変えることは、ジンクスの一つではなかった。
 一つ前のバス停から乗ると、座ることができる。しかも、由美子の隣の席は空いていて、その日から、敬介は由美子の隣に座ることができるようになった。だが、ここからが難しく、話しかけるための勇気がなかなか持てないでいた。
 由美子はそれでもじっと表を見つめていた。敬介に気付かないのだろうか。
 由美子は、本当に敬介に気付かないでいた。
 ずっと窓の外ばかり見つめていたが、表を意識して見ているわけではない。
 由美子は、乗り物に乗ると、必ず窓際に座った。窓から外の景色を見るのが小学生の頃から好きだったのだが、最近では表の景色を見ると安心するのだ。
 毎日同じ景色が車窓を流れていく。次に見えてくる景色を熟知していて、予想通りの景色を見ては、無意識に満足している。その思いは敬介にも分かる。敬介も乗り物に乗ると、車窓から見える景色に安心するタイプだったからだ。吊り革に身を委ねながら景色を見ていた位置が、毎日同じ場所だったのも、安心感を得たい気持ちでいっぱいだったからだ。
 由美子が敬介の存在に気付き始めたのはいつ頃だったのだろう。敬介が男っぽい感じの人であれば、もっと早くに気付いたかも知れない。だが、痩せ型で、しかも色白の敬介は男っぽいというよりも、少しひ弱なところがある男性だったになっていた。
 だが、由美子を見つめる時の目は、漠然とした気持ちで表を見ている時とは明らかに違い、まるで獣を追い求めるハンターの血走った目のようだ。大袈裟だが、由美子が最初に敬介の視線に感じた思いだった。
 その思いは一瞬だった。すぐに優しい目をしているように見えたことで、最初に感じた思いが錯覚だったことに気付いたと同時に、最初に感じた思いとのギャップで、余計に優しい目に惹かれてしまった。
「まるで魔法に掛かったみたいだったわ」
 付き合い始めてからしばらくして、由美子が告白した。それは、由美子が一目惚れだったことの証明でもある。
「あなたの目は、まるで女性のようだわ」
 何気ない言葉だった。しかし、本音であることには違いない。まさかその言葉が、大きな波紋を呼び起こそうなどその時の由美子にも、当事者である敬介も、夢にも思っていなかったことだろう。
 思い切って敬介が声を掛けた。何と言って声を掛けたのか、最初の第一声を二人とも覚えていない。ただ、あまりにも声のトーンが高かったことだけは、由美子の中でずっと記憶として残っている。
 敬介にとっては一世一代の度胸だったに違いない。だが、一旦話し始めると、違和感がないのは、二人とも気が合うことに最初から気付いていたのか、それともお互いに相思相愛だったからなのか分からないが、話が弾んでいた。
 バスの中で他人の迷惑を考えない連中が大嫌いな二人だったので、小声で話をしていたが、帰りのバスでも一緒になると、途中で降りて話をするようになるまでに時間は掛からなかった。
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次