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短編集97(過去作品)

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 上ばかりを見ながら勉強していた中学時代が懐かしい。もちろん、その頃を後悔などしていない。勉強していて得たことはたくさんあるからだ。しかし上ばかり見ていることに疲れてきた。上ばかりを見ている人が中学時代にはいなかったので、自分を顧みることができなかったが、今は皆が上ばかりを見ている。まるで反面教師だ。
「芸術って個性なんだよな」
 友達が話していた。と言いながら、
「俺に芸術はできないが、そのかわり釣りという趣味を持っているんだ」
 と話していたが。それはそれでいいことだと思う。何でもいいから他の人にないものを求めることが個性であり、何も芸術である必要はない。だが省吾は、
――できるなら芸術がいいな――
 と思うようになっていたのも事実である。
 図書館や、本屋のように静かな中に気品が感じられる部屋が、まるで別世界のように感じていた。同じ思いを美術館にも感じる。いや、別世界の集大成のようにさえ思えるくらいだ。歩いていて聞こえる乾いた靴音、ちょっとした物音でも、乾いた音が響く場内、おのすべてに気品を感じ、乾いた空気の中に身を置くことだけでも自分の中にあった個性を浮き彫りにできるのではないかと感じるのだった。
 美術館に行ったのが秋だったのも、季節感を感じたことのない省吾にとって、季節感を感じさせる要因になった。
――もっといろいろな趣味を持ちたいな――
 それこそお金の掛からない贅沢な趣味である美術館。スポーツや釣りに比べれば、入場料など微々たるものだった。
 別にお金が掛かる掛からないにこだわるわけではないが、贅沢で上品な気持ちになれるのが嬉しかった。
 高校に入ってもあまり背が伸びていない省吾は、ほとんどの絵を見上げるようにして眺めることになる。
――そういえば、いつも上ばかりを眺めていたっけ――
 という気分にさせられるが、上ばかりを眺めていることに中学時代は意識としてはなかった。
――勉強さえしていればいいんだ――
 という思いが上ばかりを眺めていることに繋がるのだが、もしそれを意識していればもっと早く気持ちに余裕が持てたかも知れない。今から思えば充実していた時期だったが気持ちに余裕はなかった。上ばかりを見ているという意識があれば、
――勉強をすることにもう少し楽しさを覚え、気持ちに余裕ができたであろうに――
 と感じたことだろう。
――首が疲れるよな――
 上ばかり見ていることに対し、最初に感じるのは首の疲れである。
 ゆっくりと眺めていく中で、洋城の絵があるが、城のてっぺんを兵隊全員が見つめている絵が飾っているのを見つけた。一番その絵を見ている時間が長かったかも知れない。
 皆同じ頂上を見ているのだと思っていたが、じっと見ているうちに、それぞれの視線が違うところを向いているように思えてならなくなってきた。その絵は月と太陽が同時に空に存在している一種異様な光景で、月を眺めている人もいれば太陽を眺めている人もいる。
――俺が絵の中にいたら、どれを眺めているだろう――
 という思いでずっと見ていた。すると、自分が絵の中に入り込んでいくように思えるから不思議だった。
――きっと月を見ているだろうな――
 直感でそう感じた。だが、
――本当に見たいのは月なのだろうか――
 という疑問を同時に感じた。確かに月が一番気になっている。気になっているものを一番に見つめていたいというのは自然な気持ちのはずだ。だが、本当に絵の中に入ったら、月を見るような気がしなかった。
――何となく怖いな――
 絵全体に感じた印象である。吸い込まれそうな錯覚に陥るのは、自分がどれを見つめているかというのを想像したからではない。絵の中にいる自分を想像しようとして絵を見つめている自分の存在を他人事として見ているもう一人の自分の存在に気付いたからだ。
――まるで双反対方向に鏡を置かれたみたいだ――
 鏡の間に入ってしまえば、半永久的に鏡に写った自分が増殖し続ける。そんな神秘を思い浮かべたのも、きっと今までに鏡の神秘性に気付いていたからかも知れない。
 美術館から出ると、予想以上に疲れていることが多い。それだけ集中して絵の世界に入り込んでいるためだろうが、すぐに帰る気分になれないのは、そのせいもあるからだった。
 駅に向かうまでの公園で佇む時間、これも美術鑑賞の一環でもある。キャンバスという枠の決まった世界の芸術に対し、公園のベンチから見る世界は、無限に広がる大自然を身体全体で浴びることができる。それが嬉しかった。
 ベンチに座って駅の方を見ていると、眩しさが飛び込んでくる。遊戯や木々の影が足元まで迫っていることや、真っ赤に見える太陽が秋という季節を感じさせる。実に寂しい季節だ。
 公園を隔てた向こう側に一組の男女が座っている。逆光のため顔まではハッキリと分からないが、ただ座っているだけではないように見えた。最初は、
――いちゃついていて、いい気なものだ――
 と思っていたが、どうも少し様子が違うようだ。
――言い寄る男に、それを嫌がっている女――
 という風に見て取れたのだ。
 見ているとだんだん苛立ちを覚えてくる。額には汗を感じ、肌を伝って流れているのを気持ち悪く感じるほどだった。
――そういえば以前にも同じような気持ちを感じたことがある――
 今まで女性と付き合ったことのない省吾だったが、別に女性に興味がないわけではない。確かに異性に興味を持つのが人よりも遅かったことは否めないが、彼女がほしいという気持ちになることは何度かあった。
 しかし、それもずっとというわけではない。時々無性に寂しさを覚える時があり、その時に、
――ああ、俺にも彼女がいれば――
 と感じるのだ。
 半永久的に彼女をほしがっているわけではなく、寂しい時にそばにいてくれる女性を、時々ほしくなるという程度である。もし、彼女ができて付き合いだしたとしても、無性に寂しさを覚える時以外は、実に淡白な態度を取っているかも知れない。
 ドラマなどを見ていて、いかにも自分は女性に対してクールだと言わんばかりの男性に渋さを感じることがある。そしてそんな男に惚れる女性がいるのも事実だと思わせるほど、憎い演出を施している内容のものもある。
――本当にこんな男性がもてたりするのだろうか――
 半信半疑であったが、街を歩いていて、まったくの無表情の男性を、頼りきった目で見つめながら歩いている女性を見かけることもあり、
――まんざらウソでもないようだ――
 と勝手に納得していた。
 無性に寂しさを感じていた時ではなかったはずだ。目の前に現われた郁子が気になり始めたのだ。
――どこか自分に似たところがある――
 これが最初のきっかけになったのは間違いない。
 お互いに人に合わせることが嫌いで、どこか反発するところがあったが、引き合うところもあったはずだ。寂しさに忍び寄る気持ちの時に知り合っていたら、お互いの傷を舐めあうような行動を取ったかも知れない。
――いい時期に知り合って、いい時期に別れことになるかも知れないな――
 付き合っている時期から別れることを考えるなど、実に不謹慎だったが、別れる時のことまで考えられる仲の人など、そういるものではない。
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次