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短編集97(過去作品)

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 しかもそれぞれがプライドの高い連中と来ているので、始末に悪い。先生はさすがに今までそんな連中を相手にしているだけあって扱いには慣れているのか、どちらかというと淡白である。
――一言言うだけで皆が理解できると思っているようだ――
 口数が少ないし、注意をすることなどほとんどない。それだけ優等生が揃っているのだ。
――だけど、どこか違うな――
 ある程度は想像して入学してきたはずだ。もちろん、こういう雰囲気は最初から分かっていたはずだし、覚悟もしていた。いや、覚悟というよりも自分から望んでいたようにさえ思えるのになぜだろう。省吾は自分の中で結論付けられないことに少なからずの苛立ちを覚えていた。
 優等生の中から夏休みまでの一学期に見るからに脱落していく連中を見ることができる。入学して来た時は、完全なガリ勉タイプ、制服もキチッと着こなしていたのに、夏になる頃はだらしなく見えるほどに変わっていた。
 他の学校なら先生が注意をするのだろうが、ここでは一言注意しただけで後は何も言わない。それよりも、彼らを見つめる先生の冷たい目の方が気持ち悪かった。
――もうお前たちは、私の生徒ではない――
 と言いたげなその目は、完全に冷え切っていた。同じ目で他の生徒を見ているように思えて仕方がない省吾は、その頃から教師というものが信用できなくなっていたのだ。
 夏休みが終わって二学期が始まる。
――学校に行きたくないな――
 生まれて初めて感じた気持ちだったが、さすがに不登校にまではならなかった。ハッキリとした説明できる理由があるわけではなく、ただ漠然と感じているだけでは行動に移すことをしないのが省吾のモットーでもあった。
――今まで趣味もなくただ勉強だけをしていればいいと感じていたからな――
 ということにやっと気付いたのだ。
 勉強することが悪いわけではない。その根底には父親譲りの
――厳格な性格――
 が見え隠れしていたのだ。
――趣味なんて邪魔になるだけだ――
 と思っていた省吾だったが、今から思えば大きな間違いだった。その証拠に父親が無趣味ではなかったからだ。
――そういえば、よく釣りに出かけていたな――
 父親にとって唯一の趣味だったかも知れない。父がまだ生きていれば釣りが趣味だったことを意識するのだろうが、死んでしまった瞬間から厳格な父だけが省吾の記憶の奥に残ってしまったようだった。
「釣りというのは、気の長い人が追いと思うだろう?」
 と友達に聞かれたことがある。
「もちろん、そうだろうね」
 寄せては返す波を見ながら、釣れるまで根気よく釣り糸を眺めていなければならないのである。当然気長な人でないと務まらないはずだ。
「実は短気な人が多いんだって、どうしてなんだろうね」
 友達は自称短気だという。
「だから、俺も釣りが好きなのさ」
 高校に入って初めてできた友達の趣味が釣りだというのも何かの因縁だったのかも知れない。
 優等生というのは、皆判で押したような性格の連中ばかりだ。最初こそ皆どこかに光るものがあるからこそ選ばれた人間だと思って、それぞれの特徴を探したものだが、
――個性なんて言えるものがどこにあるというのだ――
 というのが結論だった。
 皆同じように青白い顔をしていて、お互いに心の中で、
「あいつらにだけは負けたくない」
 という気持ちだけが存在しているのかも知れない。実際に入学してすぐの省吾もそうだった。きっと自分も同じように青白い顔をしていたことだろう。
 まわりが青白い顔なら、先生も青白い顔をしている。ただ勉強を教えるだけの先生ばかりで、他のこととなると、相談する気にもならない。中学時代の教師とはまったく違っていて、学校の教育方針にしたがった先生しか、ここでは存在していないのだろう。
 そんな中でできた友達は、唯一青白い顔をしていなかった。もし、友達ができなければ、省吾も青白いままずっと卒業まで勉強ばかりに追われていたかも知れない。
 もし、そうなっていても後悔はしないだろう。だが、一旦友達ができて、自分の将来について考える気持ちの余裕ができてしまったからには、そのまま卒業することの愚かさに気付いてしまい、後悔というのがどういうことか、おぼろげにだが、分かったような気がする。それだけでもよかった。
 一緒に釣りに何度か出かけたが、そのうちに友達から美術館の券をもらった。
「俺はどうも芸術というのが苦手でね。よかったら行けばいいよ」
 と言ってくれたのだった。
 もしそれが他の人からもらったものなら行かなかったかも知れない。美術館は友達の家の近くにあった。彼の家に遊びに行った帰りにでも寄ることができるからだった。
 その日は天気のいい日曜日だった。友達の家に遊びに行ったが、夕方から用事があるというので、昼過ぎには帰ることになるのだが、ちょうどもらった券を使うには絶好のタイミングだった。
 表が明るかったためか、中に入ると目が慣れるまでに少し時間が掛かった。せっかくの絵を見ていても、ハッキリと見えていなかったのが幸いしてか、
――芸術って、見方によっては結構違って見えるんだな――
 目が慣れてくると、最初に見えていた絵とは、かなりおもむきが違って見える。まだ目が明るさを帯びていた時に見えていた色は黒かったのは間違いないが、その中に見えた赤は、真っ赤ではなかった。どす黒い赤で、不気味な赤である。目が慣れてくるにしたがって赤い色は感覚から失せていて、黄色が基調となった照明が目に飛び込んでくる。
 キャンバスに描かれた絵も、最初はすべてが影のようで、黒しか目立っていなかったが、目が慣れてきて黄色を意識し始めると、今度は赤い鮮やかな色が、絵の中で目立って見えるようになる。
――ここまで違って見えるものなのか――
 と思うのは、色の違いでまったく違った風景に見えてくるからだった。
 絵のほとんどは風景画や洋城のような建物が多いことから、絵を見ているだけで、自分がその中にいるような錯覚を覚える。
 美術館に初めて入ったわけではない。中学時代に、遠足と称して美術館への入場がコースに入っていたことがあったが、
「俺たちに芸術なんていわれてもな」
 と言いながら見もせずに通り過ぎていく連中を横目に見ながら、そんな連中への反発心もあって、絵をじっくりと見ていた。
 見ていたといっても、漠然と見ていただけで、
――やつらと俺は違うんだ――
 という自負だけが、目をキャンバスに向けていたのだが、見ていてもそこから得るものは何もなかった。それだけに苛立ちを覚え、
――俺には勉強がある――
 という思いが余計に強くなるだけだったのだ。
 しかし、今は立場が違う。勉強ばかりしていた自分ではないのだ。勉強ばかりしていたのは、自分の中で安心したかったからなのかも知れない。
――勉強さえしていれば、何も他のことを考える必要はないんだ――
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次