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短編集97(過去作品)

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――夏の時の夕凪と、秋に入っての夕凪とでは、同じ夕凪でも感じ方が違う――
 身体と心の融合が行われるとすれば、一日のうちのごく短い時間、それこそ夕凪の時間だと思っている省吾にとって、夏と秋で感じ方が違う夕凪の時間が不思議でならなかった。――だからこそ季節の変わり目を感じることなく、気がつけば秋が通り過ぎてしまうのかも知れない――
 いつも、心で葛藤を続けている省吾は、夕方になると自分を見つめようとする。
 公園のベンチが好きなのは、足元から伸びている影を見つめるのが好きだからだ。小さい頃、特撮テレビで見た影の妖怪、不気味だったのを思い出している。自分の影なので、自分が動かないと動くはずのない影、じっとしながら動かないことを確認しながら見つめている。
――もしこのまま動けなくなってしまったらどうしよう――
 という恐怖も片方ではある。それらのスリルを味わいながら見つめる影は、相手も自分を見つめているようで、影自体が別の生き物に見えてくるから不思議であった。
 美術館を出て、公園を横切ると、すぐに見えてくるのは線路だった。
 ベンチに座って電車を見ていたが、さすがに夕方というだけあって、かなりの電車が行き交う。都会に向う方が断然本数も多く、倍は違うだろうか。その度に聞こえてくる警笛の音が、毎回違っているように聞こえるから不思議だった。
――今回は、かなり篭って聞こえるな――
 と感じる時は、寂しさを感じ、
――乾いた音に聞こえるな――
 と感じる時は、楽しげに感じる。実に面白い現象だった。
 だが、それもしばらくすると原因が分かってきた。その原因というのは、風の強さだった。
 風が強い時には篭って聞こえ、風がほとんどない時には乾いて聞こえる。風には湿気を帯びていることが多く、あまり強い風が吹く時は、
――雨が降る前兆かも知れない――
 と感じ、大体その予想は当たっている。時にウロコ雲が綺麗で、夕焼けがかすかながらに見える時など、翌日の雨を暗示させていた。
 警笛は最初こそ気にならないものだったが、あまり頻繁だと気になってしまう。電車が通り抜けてくるのを見ていると、自分の足元まで電車の影が伸びてくる時間を感じることで、家に帰らなければならないという気持ちにさせられた。
――帰りたくないな――
 省吾は高校の頃になると家に帰るのを極端に嫌がるようになった。
 二年前、つまり中学三年生の時に父親を亡くした。今では母一人、子一人の生活をしているが、生活をしていくためには仕方がないとはいえ、母親が水商売に出かけるようになった。
 学校のある日は、普通に帰ってくればちょうど母親が出かける用意としていて、鏡台の前に座って化粧を施している。それまで地味でほとんど目立つことのなかった母親が、変身してしまう時間である。
 元々、目立たなかった頃の母親もあまり好きではなかった。父に従順なだけで、何のとりえもなかったからだ。
――あんな風にはなりたくないな――
 と子供心に感じたものだ。
 父親はとても厳格な人だった。その性格がそのまま省吾に遺伝したのかも知れない。
 曲がったことが大嫌いで、人とコミュニケーションをとるためという理由で、普通の人ならほとんど気にしないことでも父は激しく反発していた。
「そこまで頑固にならなくても」
 会合などが会っても、父をなだめるのに大変だと町会長さんが話していたのを聞いたことがあった。
 そんなだから会社でもきっと部下から煙たがられていたかも知れない。役職は課長職、当然部下を見るだけの立場である。
――数人いたはずの部下は一体どんな思いだったのだろうか――
 実際に意見を聞いてみたいと何度思ったことだろう。だが、生きている間に噂を立てるわけにもいかず、死んでしまってからならなおさら死人の悪口を言うわけにもいかない。結局、厳格な父というだけで、他には何もイメージが湧いてこないのだ。
 家にいて、父親の意見は絶対だった。母親が逆らえない以上、息子である省吾も逆らえない。
「お父さんに叱られるわよ」
 省吾が何か悪いことをしようものなら、よく母親から言われたものだ。
 まだ小さかった頃は父親の威厳の大きさに萎縮していたが、さすがに小学生の高学年にもなれば、どこか理不尽に感じられた。
「もう少し自分の意見で言ってくれよ」
 という言葉が何度口から漏れようとしたことだろう。その度に母親を睨みつけていたものだが、その時に省吾がどんな気持ちで睨みつけていたか、母親には分かっていただろうか。
――きっと分かっていないな――
 と思うことで、口に出さなかったことを後悔してしまう。
 だが、もし口に出したとしてどうだろう? 母親のことだから、きっとその場はショックを受けた悲しそうな顔をするだろうが、すぐに忘れてしまうように思えた。それだけ父親の影響が強く、自分の意見を持っていないに違いない。そんな母親を見るのは、子供としてあまり気持ちいいものではない。
――見るに忍びないや――
 という心境にさせられていた。
 だが、厳格な父親も今はいない。父が死んでから、しばらくは放心状態のようになっていた母だったが、さすがに親戚の人は母やの性格を知ってか、しばらくは、時々気になって様子を見に来てくれていた。
「省吾君も大変よね」
 何と言っても当時は受験生であった。勉強が好きで、成績はトップクラスだったことが幸いしてか、あまりショックはなかった。どちらかというと狂ってしまいかけている生活リズムをどのように整えるかだけが心配だった。
 だが、そのことを自覚しているだけに、心配には及ばず、何とか生活リズムは自分で整えることができたのは、厳格な父の血を受け継いでいるからに他ならない。
 そんな性格の中で一番大きなものは、
――人に合わせることをしない――
 ということである。
 厳格な性格は相変わらずで、それだけまわりが、群れをなして行動している中で、何も考えない連中が多かったということだ。かといって、自分が群れの中心になろうとも思わない。だからこそ、群れをなしている集団には決して入ろうとしなかった。あくまでも、
――本音で勝負――
 が省吾のモットーであった。
 受験も何とか第一志望の学校に入学することができた。父の死というのを乗り越えて入学できたのだから、省吾としては、かなりの自信を持っていた。
 それも当然であろう。成績もトップクラスだった中学時代。誰も寄せ付けないような風格は、厳格さから来ていたのかも知れない。それは省吾自身が自覚していること、自他共に認めていたに違いない。
 しかし高校に入ると、そうでもなかった。
 考えてみれば当たり前のことである。優等生が選ばれて入学してくるのだ。誰もが中学時代にはトップクラスだったはずである。それぞれに自信に満ちていて、プライドの高い連中が多かった。
 優等生と厳格な性格は違うかも知れないが、さすがに中学時代とは勝手が違っていた。いろいろな性格の連中がいた中学時代とは違い。選ばれてきた連中は性格も雰囲気も似ている。
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次