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短編集97(過去作品)

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絵の中のパラドクス



               絵の中のパラドクス


 これと言って趣味がないことを気にしていた省吾が、美術館に行くことを趣味にしたのはいつからだっただろう。スポーツ、芸術、読書、さらには食欲と、秋には旺盛になるはずのものをまったく感じないでいた。
――寂しいだけだ――
 彼女がいるわけでもなく、共通の趣味がなければ友達ができるはずもない。できたとしても話題が薄いため、会話が長続きしない。一緒にいても空気が重く感じるだけで、そのうちに苦痛になってくるだろう。
 人に合わせることが苦手な省吾は、群れをなすことを嫌う。
――俺って目立ちたがりなのかな――
 と感じるくせに、前に出ようとしないところが始末に悪い。
 女性というのは、別の動物のように思っていた。小学生の頃から同じで、身体の発育から女性を意識し始める皆よりも前から特別な目で見ていた。
 だからといって、女性に興味があるわけではない。まわりが女性を意識し始めても、
――彼女がほしい――
 とまで感じることはなかったが、唯一感じる時期があるとすれば、一定の期間だけだった。
 秋という時期、しかも夕暮れを感じると、無性に寂しさがこみ上げてくる。最初はそれがどこからの由縁か分からなかったが、女性を見て、
――綺麗だ――
 と思える時期だった。しかもどんな女性であっても感じることで、
「あんな女を好きになるやつなんているのかよ」
 と言われているような女性ほど、省吾には気になってしまっていた。
 高校生の頃、まわりから誰にも相手にされていない女の子がいた。名前を郁子と言ったが、男からはもちろん、女性からも相手にされていない。それなりに理由はあるのだろうが、省吾が見ている限り理由は分からない。
――何となく可愛そうだな――
 と感じたのが恋というのだとは今から考えても認めたくない省吾だったが、郁子に近づいていった。
 省吾自身も、まわりから自分を隔離してしまうようなところがあったため、誰からも相手にされない人の気持ちはおぼろげながらに分かっていた。どうやって話しかけたのかまでは覚えていないが、
「君も可愛そうな人だね」
 という一言を言ったのだけは覚えている。
 普通そんなことを言えば引っ叩かれるか、相手を追い詰めるだけにしかならないのだろうが、郁子は素直に頷いた。
――可愛い。どうしてこんな可愛い表情のできる人が、誰からも相手にされないのだろう――
 と感じたほど、訴えるように見上げた瞳は潤んでいて、生まれて初めて省吾が女性というものを感じた瞬間だった。
 それはもはや別の動物などではない。まさしく同じ人種であって、成長過程の違いを意識すればするほど、相手がほしくなるという普通の男子である証拠だった。
 郁子にとって省吾という男性はどんな存在だったのだろう。
 失礼なことでも平気で話してくるが、そのすべてが本音だということに気付いていたに違いない。そのことは省吾にも分かっていた。
「お互いに他の人を寄せ付けないのは、きっと本音で話ができる人だけを探していた証拠なのかも知れないね」
 省吾のいうことであれば、少々の無理でも聞いてくれた。郁子というのはそういう女性だったが、まわりから見れば
「何だ、結局あいつは郁子を都合のいい女性として利用しているだけじゃないか」
 という風にしか見えなかった。
「でも、郁子も省吾さんのいうことには従順なんだから、どっちもどっちじゃないの」
 という会話が聞こえてきそうである。
 ある意味、他の人には理解できないような付き合いではあったが、二人の間ではうまくいていた。
 そう、二人の間の世界こそ、別世界だったのかも知れない……。

 新しい催し物が開催されれば、すぐに行っていた美術館、昼から出かけて夕方までいることが多かったのは、美術館が家の近くにはないからだった。その日も美術館を出たのは夕日が西の空に沈みかけていた頃だった。入った時と違う光景にしばし見とれていた省吾だった。
「眩しい」
 思わず手の平で庇を作り、西日を避ける。真っ赤に見えていたかと思っていた光景が、次第に黒く見えてくるのは、きっと目の錯覚に違いない。
 美術館の前には公園があるが、美術館自体が大きな公園の中にあるから当然ではあるが、公園の中央には大きな池があって、ボートを利用する客も多い。
 池のほとりにある喫茶店は景色がいいせいか、いつも満員である。
――デートするなら、あそこがいいな――
 と何度思ったことだろう。
 郁子と付き合っていたという自覚は、別れてから急速に薄れてきた。お互いに付き合っていたという意識はあったはずなのに、別れてからは顔を合わせることはない。まったくの他人という意識で、お互いに挨拶することもしないせいか、きっと他の人たちからは、
「やっぱりね。あの二人は普通じゃなかったからな」
 と思われているに違いない。
 確かに普通ではなかった。だが、一体何が普通で何が普通ではないのか、省吾には分からない。
 公園のベンチでのデートから、映画を見たり、遊園地に行ったり、そして夕食を一緒に……。
 などという想像は確かに普通かも知れないが、実際にしてみると、想像していた頃よりも、
――なんだ、大したことではないじゃないか――
 と感じるのが関の山だった。
――それだけ冷めた考えだということだろうか?
 相手もそれを望んでいるのが普通だし、そのとおりの想像をしているだけではどこか満足がいかない。欲が深いというべきか、追い求める気持ちに限りがないというべきか、意外と淡白なのかも知れない。
 郁子との別れにしてもそうだった。別れたことに後悔はないくせに、寂しさだけが尾を引く。
「それを後悔というんだよ」
 と言われてしまえばそれまでだが、それでも省吾に自覚はない。恋愛という言葉自体が、省吾にとって希薄なものに思えてくるのだった。
 季節感が薄いことがある。暑くてたまらない夏の間は、
――早く涼しい秋が来ないかな――
 と感じているくせに、実際に秋になると季節感が薄いのか、気がつけば寒くなっている。
 そのくせ、寂しさだけが残っていて、秋が過ぎてしまってから、
――秋は本当に短かったのかな――
 と感じる。本当は短さを感じているはずなのに、身体で感じる季節感と、心が感じる季節感ではまったく違う時間が流れていて、それを感じるのはいつも季節が過ぎてしまってからだった。
 心が感じる季節感は、夕方が一番多い。
 日が暮れる時間帯は、いつも脱力感に見舞われるが、身体が感じる脱力感としては、夏が多い。夏ばてなどように、まずは身体が夕日に反応してしまうのだ。
 では、心が感じる脱力感というのは一体何であろう?
 それこそ寂しさではないだろうか。秋の脱力感は、寂しさを誘発し、心地よい風さえも寂しさによって引き起こされたものだと思うことすらある。
 だが、夕方というと風のない時間帯も存在する。いわゆる「夕凪」という時間帯で、一番神秘的な時間帯だ。
 夕日は西の彼方に沈みかけていて、まだ西の空は赤く燃えているのに、東の空からは夜の帳が襲ってきている。そんな時間帯にこそ、省吾は季節を感じる。
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次