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短編集97(過去作品)

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 直感があった。島田が知っていて、由美子も分かる人で女性っぽい人と言えば一人しかいない。
「そうさ、君が好きな原田敬介さ。ついにやつは禁断の世界に足を踏み入れた。最初に見た時、俺もビックリしたぜ」
 だが、どうしてこの男はそのことを知っていたのだろう。ずっと一緒にいる由美子でさえ、敬介の女性っぽい雰囲気は知っていても、まさかニューハーフになっているなど見当もつかなかった。
――一緒にいすぎて、近すぎることが却って盲目にさせられてしまったのかな――
 とも感じた。確かにそれもいえるだろう。
――木を見て森を見ない――
 のたとえもある。見落としていたとしても、どうしても贔屓目に見てしまうこともあり、気がつかなかったのも仕方がない。
 由美子は自分でもビックリするほどショックを受けていない。却って滑稽に見えるくらいだ。
――あの人は女装しても綺麗ではない――
 見ている場所が二階から見下ろしていることも幸いした。もし、ここが二階ではなく、上から見下ろす場所でなければ、もっと違った感覚になっていたことだろう。上からならまわり全体を見渡すことができ、それゆえ、敬介を見るまわりの反応がどうであるか、すぐに分かるのだ。
――誰も注目していないわね――
 これだけ不自然に見えるのに、まわりの人が気にしないということは、どういうことだろう。
 高さが違えばまったく違う姿に見えるかも知れない。
 敬介を知っているから、島田が教えてくれたから注目して見ている。もし、島田が教えてくれず、表で女装した敬介とすれ違って、それを敬介だとすぐに分かるだろうか?
 由美子ならきっと分かるだろう。だが、その時に敬介を見てどう感じるか、ここから見ている限りでは分からない。
 綺麗だと感じるかも知れない。それとも、知っているだけに二度と見たくないと感じるかも知れない。二階から全体を見渡すように距離を置いて見たのが最初なのは、やはり幸いだったと言えるだろう。
 だが、それは由美子にとって、かなりの無理が働いていた。その日、ショックがないつもりで、家に帰ってきたが、何も手につかない。普段であれば、最近敬介のためにと始めた編み物だったが、それもやる気がなかった。
 編み物のようなしおらしいことを今までにしてこなかった由美子だったが、始めてみると、自分が女性であることを再認識できた。
――人のために何かをするということがこんなに充実しているなんて――
 社会人になって最初は不安が付きまとっていた。実際に今でも会社ではお局様のような先輩女性事務員から小言の毎日である。ストレスを溜めないようにしようと思っても、自然と溜まってくるもので、それは自分自身で解消するしかなかった。
「それが社会人というものよ」
 一つ年上の女性事務員にそう諭されて納得していたが、それは最初から分かっていたことだった。
「彼氏でもいるなら、彼のために何かするといいわ。きっといいストレス解消になるからね」
 と教えてくれたが、最初は半信半疑だった。理屈は分かるが、それほど自分がしおらしい女性だと思わなかったからである。
 季節は冬に向っている。本屋に立ち寄ればたくさんの編み物のテキストが特集としてコーナーができていた。
 元々コツコツ一人でする作業が向いていると感じた由美子は、騙されたつもりで本を買ってきた。一人編み物をしていると、思い出されるのはなぜか小学生の頃、よく苛められていたのを思い出していた。
――どうして今頃――
 不思議ではあったが、苛められっこだった頃の由美子は、一人でコツコツと何かをこなすことが好きだった。だからこそ、まわりから苛められていても感覚が麻痺していても、それほど苦にならなかったのかも知れない。
――自分はまわりの人のように子供じゃないんだわ――
 という自信はここから来ていた。
 それが充実感であったことに気付いたのは、
――生まれて初めて誰かのために何かをしよう――
 と考えている今だった。それまでは確固とした自分を持っていることだけが、いじめから身を守る最大の原因だったと思っていたのだ。
 小さい頃から苛められていて、まわりを見てこなかったと思っていたが、意外とそうでもないかも知れない。敬介と知り合えたのも、敬介に対して他の人にない雰囲気を感じ取ったからお互いに意識しあっていたはずだ。
 敬介が母親を亡くして、父親に育てられているというのも、知り合ってしばらくして本人から聞いたが、それまでに雰囲気からそのことは分かっていた。話を聞いた時に、
――やっぱり――
 と感じたのを覚えている。
 編み物もせずに、床に就いた由美子は、久しぶりに充実感を味わうこともなく眠りに就いた。
――彼の夢を見るのかしら――
 どうせなら見たい気がした。だが、見るとすればどちらの夢だろう。普段の彼の夢か、それとも、女装した彼を想像している夢か、どちらにしても見ることを前提として眠りに就いた。
 幸いだと思っていたが、顔が見えなかったのは余計な想像を掻き立ててしまう。
 夢の中で最初に現れたのは、普段の彼だった。
 いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながらロータリーを眺めるシチュエーション。夢の中なので、一切の違和感はない。
 ロータリーから吐き出される人たちに混じって、女装の敬介が現れた。それをただ見つめている由美子は落ち着いている。目の前にいる男が敬介であることが分かっているからだ。
 その時夢を見ているという意識はなかった。敬介と一緒にいるだけで感じることができる暖かい気持ち。これが由美子にとって充実感であることを知っていたからだ。表を歩いている女装している人も確かに敬介なのだが、由美子にとっての敬介ではない。
 実に自分にとって都合のいい考えだが、それでよかった。所詮、島田が何かの意図を持って見せた戯言である。夢の中に出てくるのは二人だけで、それ以外の人は出てこないのだから……。
 翌日、由美子は思い切って敬介に聞いてみた。
「敬介は、女装の趣味があるの?」
「ああ、知っていたんだね。僕って身体の中に半分女性がいるような気がするんだ。これは死んだお母さんから聞かされた話なんだけど、僕が生まれる前に姉がいたらしいんだけど、生まれてすぐに死んだんだって、お母さんは、そのことがショックで、僕が生まれてくる時は、絶対女だって念じながら僕を宿したそうなんだ。生まれてきたのは男の子、でもお母さんは僕が生まれてきてからは、それまでの女の子がほしかったっていう思いは封印したらしい。これを聞かされたのは、お母さんが死ぬ直前、僕だけに話をしたんだよ」
 分かるような、分からないような話。敬介の男らしいところはお互いに重ねた身体が覚えているが、由美子にはそれだけでよかった。
 すべてが他人事だと思っていた小学生時代。それを思い出すと、今聞いた敬介の話もおぼろげながら分かってくるように思える。
――もう一人の自分の存在――
 それは自分を客観的に見ている自分。時々顔を出すのだと思っている。
 昨日の島田を前にしていた由美子はどっちだったのだろう?
――あれはきっと、本物の私――
作品名:短編集97(過去作品) 作家名:森本晃次