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呪縛の緊急避難

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 死を決意するためのきっかけになったのだろうが、実際に死を目の前にした時、その元々の感情がなくなってしまったのではないかと思うと、何となく分かる気がする。
 彼への未練がなくなった時、彼女は生きる気力も一緒に失ったのかも知れない。そんな彼女について、思い出したことがあった。
「そういえば、彼女、夏の間でも手首にいつもサポーターを巻いていたりして、手首を隠そうと意識していたような気がしたわ」
 というと、
「医者の話では、山口さんは過去にも何度かリストカットを試みたことがあるようで、だから自殺未遂緒今回が初めてではないようですね。ただ、今回が一番酷かったんでしょうけどね。山口さんに鬱病のようなものはありませんでしたか?」
 と言われた、
「私は気付きませんでしたね。私は友達だから、なるべくそんな素振りは見せないようにしていたのではないでしょうか?」
 というと、
「でも、逆に隠そうとしていれば、その片鱗は分かるもので、そういう意味ではどうですか?」
「言われてみると、そんなこともあったかも知れないですが、正直ハッキリしないというのが、本音ですね」
 とあいりは答えるしかなかった。
 確かに考えてみれば、思い当たるふしがないわけではない。急に怒り出すこともあれば、それに驚いてまわりが真美に気を遣い始めると、いつの間にか期限の悪さが治っていて、実際に皆が何にそんなに気を遣っているのか、分かっていないようだった。あざとさからの行動ではなく、本当に自分でも分からないようで、
「真美って、自分で何かを引き起こし、まわりを巻き込んで置いて、一人だけいつの間にかその渦中から消えてしまうというような、そんな人なのかも知れないね」
 という人に対して、
「でも、あの子、悪気はないみたいなんだけど?」
 というと、
「そうよ。だから余計にたちが悪いのよ。罪のないことで罪作りを平気でしてしまうのよ」
 という言葉を聞いて、皆納得していた。
 真美は几帳面な性格のわりには、どこか大雑把なところもある。それを知っている人は、
「あの子は、早津翔なのか、二重人格なのかのどちらかではないのかな? それもなかなか分かりにくいタイプの人なのかも知れないわね。それを思うと、いざという時に裏切られそうな気もするので、気を許すことができないわ」
「ええ、そうね。心底信用しないようにしておかないと、ひどい目に遭いそうだわ」
 などという、ロクな話が出てこない。
 そんな話を思い出していると、
――真美さんは、意外と自分によくないウワサが立っていることを知っていて、それを苦にしていたのかも知れないわ――
 と思った。
 しかも、彼女は自分の悪口を言われているのは分かっているが、その内容がどんなものなのかまでは分からない。陰口と言うのは言われている人は何となく分かったとしても、その内容が分からないので、最悪のことを考えてしまう。
 言われている内容は本当に最悪のことなのかも知れないが、真美の場合は自覚がなさそうなので、妄想はどんどん膨らんでいく。却って悪い性格を自覚している方が、そこまで悩むことはないのだろう。
 自覚している人は、それなりに自分の態度を一定に保つこともできるが、自覚していないと、中途半端になってしまい、まわりに余計に結果として酷いことをしてしまうということになるだろう。自覚がないというのは、ある意味幸せなことだという人もいるが、やはりその分のリスクは大きいのかも知れない。
 今までに何度もリストカットを試みているという話を聞いて、あいりは刑事の前では驚いて見せたが、実際にはそれほど驚いているわけではない。自分の姉がどうだったので真美がそうであったとしても、何ら不思議はないからだ。
 しかし、なぜ自分がビックリしたような態度で、分かっていたことを隠そうとしたのか、そっちの方が自分で疑問である。
 これが殺人事件で、自分が犯人として刑事に疑われたくないという意識を持っているのだとすれば、分からなくもないが、考えられるとすれば、彼女の自殺の原因を自分だと思われたくないということなのかも知れない。やはり面と向かって話をしている相手から、その時だけの関係だったとしても、疑われたくないという心理は、何とか自分を取り繕うという気持ちの表れであり、自分がまわりに体裁を感じているのではないかと思うところであった。
――人に気を遣うことも遣われることも嫌な私が、体裁を繕うなどを考えているなんて自分でも信じられない――
 と思っていた。
 これは真美も同じことだったのかも知れない。
 それにしても、真美の手紙にあった「Kさん」というのは誰のことなのだろう? 刑事も言っていたが、真美の意識が一刻も早く戻って、それを聞いてみたい思いでいっぱいだった。
 だが、あいりが考えている思いは、まわりの人の誰もがあいりの立場になって考えたとしても違うことを感じているかも知れない。それはあいりにしか分からなかった。
 そんな刑事やあいりの思いを根底から覆すような情報が医者から伝えられたのは、その翌日のことであった。
 真美は、意識を取り戻したのだという。嬉しくてあいりは病院にいくと、そこで刑事と一緒に彼女の状態を聞くと、衝撃的な言葉が医者の口から聞かされることになった。
「山口真美さんは、記憶喪失に掛かっています」

                 似顔絵

 その言葉を聞いて、刑事さんも一瞬ビックリしていたようだったが、それほど落胆ではない。とりあえず命が助かって意識も戻ったのだから、それだけでもよしということであろうか。調書を作る必要があるのだろうが、遺書と思しきものも見つかっていることで、きっと警察は、
「失恋を悲観しての自殺ということで、事件性はないとするんだろうな」
 とあいりは思った。
 だが、あいりとしては、それで済むとは思わなかった。気になるのは、遺書と思しきものにあった、
「Kさん」
 という言葉である。
 自殺する意思があってしたためた遺書であるにも関わらず、どうして実名にしなかったのか。失恋からの自殺であれば、恨み言たらたらでもおかしくないはずなのに、いまさらイニシャルなどというのもおかしなものだ。もしあいりであれば、
「イニシャルにするくらいだったら、遺書は書いても、彼の話を書くようなことはしない」
 と思った。
 そこに、オンナとしての精神的な矛盾があるような気がしていた。
 これは、相手が誰であるかという以前の問題であり、いくら彼女の精神が錯乱状態にあったと言っても、遺書をしたためるだけの冷静さはあったのだ。きっと自殺を試みる寸前まで、精神的な迷いのようなものがあったのではないかと推測される。
 しかも、真美が自分の知らない間に彼氏と付き合っていたのだとすれば、衝撃的な事実である。真美は確かに秘密主義なところがあり、いきなり、
「私、〇〇ファンなの」
 と言って、まわりをビックリさせることもあった。
「ええっ、そうなん?」
 と皆に言わしめてほくそ笑んでいる。
作品名:呪縛の緊急避難 作家名:森本晃次