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呪縛の緊急避難

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 あいりは、高校時代の冬休みに一時期コンビニでアルバイトをしたことがあった。もうその頃には、コンビニのバイトというと外人が多く、留学生と言う名目ではあるが、どうも下等な民族としてのイメージしかなかったので、あまり近寄らないようにしていた。
 しかも、日本語もまともに喋れない連中なので、客との会話もまともにできそうにもなく、たまにトラブルになりかけると、あいりが仲裁に入って、客に詫びを入れさせられた。
 外人に対して文句をいうこともなかったが、やつらは、ありがたいと本当に思っているのか、礼すら言わない。そんなやつらにモラルを求める方がおかしいのではないかと思ったが、本当にそうだろうか?
 悪いことをしたという意識はなさそうだし、自分がなぜこんなに惨めな思いをしなければいけないのか、その理屈も分からずにただ卑屈になっている姿は、見ていて苛立ちしかないものだった。
 そんな連中がある日何を勘違いしたのか、あいりに対して何かプレゼントをするという。普段は毛嫌いしていた連中であったが、何かをしようとする気持ちが本当であれば、それはそれで嬉しい。
 しかし、実際にもらえるようなものではなかった。言葉で表現するのが難しく、
「民族性の違い」
 という言葉だけで片づけられるものではなかったが、その時の怒りがどのようにあいりの表情に浮かんでいたかは、相手がまたしても、理由も分からずに卑屈になっている状況に似ていた。
 あまりにも苛立ったので、さすがに大声で罵倒した。普段大声を出さないあいりが急に大声を出したものだから、店長もビックリして寄ってくる。そこは何とか宥めてもらえたが、あいりの怒りは収まるわけもなく、苛立ちのまま帰宅した。
 夜も遅くなったが、いつもの道を帰宅した。普段から人通りが少なく、怖いと思っていたので、細心の注意を払っていたのだが、その日は怒りに任せて、それほど注意をしていなかった。背後やまわりから、厭らしい目が寄せられるのが分かっていなかった。
 影が蠢いて、数人が同時にあいりに襲い掛かる。何が起こったのか分からぬまま、必死に抵抗していると、どれだけ時間が経ったのか、少しだけ冷静になり、襲ってきた連中が三人であり、その全員がマスクをしていたが、外人であることはやつらの目を見れば分かった。
 しかし、コンビニで見る目とは違い、完全に血走っている。
――男って、肌の色が違っても、悪いことをする時の目って同じ目をしているんだわ――
 と、日本人の悪いことをしている人の目をまるで知っているかのように感じた。
 すでに大声を出して誰かに助けを求めるという気持ちは失せていた。どちらかというと、
――早く終わらせて――
 という諦めの境地に近かったが、それは、相手が外人であるということを知るまでの感覚だった。
 相手が外人だと思うと、必死に抗ってみた。
 やつらは何かを言っているが、何を言っているのか分からない。どうせ、ロクなことを口にしているわけがないのだ。
 それでも、やつらの抑える指を思い切り噛んで、相手がひるんでいる間に、必死になってここぞとばかりに大声を出した。
「誰か、助けて!」
 と声を張り上げると、ちょうど近くにいた人が入ってきた。
「なんだ、なんだ?」
 という具合に一組のカップルだったが、この二人の出現によって、外人どもは蜘蛛の子を散らすように立ち去った。皆同じ方向ではなかったのは、きっとこういうことには慣れていて、皆が別々に逃げ出せば、逃げられる確率は高いとでも思っているのかも知れない気がした。
 アベックに助けられたあいりはそのまま気を失い、病院に担ぎ込まれたが、ちょうど親が旅行中で、身元引受人に姉がなってくれたので助かった。姉もちょうど二十歳を超えていたので、十分に身元引受人となれたのだ。
「お姉ちゃん。ごめん」
 tと一言言ったが、
「何言ってるの。何もなくてよかったじゃない。けがの方もちょっとしたかすり傷のようなので、大丈夫。逃げた連中は警察が今捜査しているらしいわ」
 と言っていた。
 その後警察から、軽い事情聴取はあったが、何もされていないことでとりあえず、暴行の被害届程度を出すに留めた。
「なるべく早く忘れることだね」
 と付き添ってくれた警官からも言われ、
「そうね。忘れること」
 と姉からも言われたので、とにかく忘れることに終始したあいりだった。
 実際にその後、変な外外人が捕まったというウワサは聞かなかった。ただ実際には当時から外人の素行が悪く、毎日のように数人は検挙されているくらいだったので、暴行未遂などは日常茶飯事、正直無法地帯と化していた。そんな中、犯人を特定するのは難しく、あいりとすれば、
「やられ損」
 というわけだ。
「未遂で終わったからいいものの」
 というわけだが、明らかにトラウマが残った。
 街を歩いていても、外人を見かけただけで、身体を避けるようになった。もちろん、バイトはすぐに辞めた。店長には誰にも言わないということを約束させ、事情を説明した。店長側も事を荒立てたくないという気持ちから、普通に辞めれたのだが、あいりがコンビニに足を踏み入れることができるようになるまで、かなりの時間が掛かった。完全に海神恐怖症になっていた。
 日本に来ている同年代の外人皆が悪いわけではないのだろうが、みんな同じに見えてしかたがない。実際に大学に入学してから、外人のいない場所でアルバイトを始めたが、同じようにアルバイトを始めた人の中にも、
「ここなら外人がいないから」
 という同じ理由で始めた人もいて、よくよく聞いてみると、その人もあいりのような外人恐怖症というトラウマを持った人だった。
「同じような人も結構いたりするんでしょうか?」
 と聞くと、
「結構いるんじゃないかな? 私もまわりにも数人いたもの」
 とその人は言っていた。
 あいりが外人に対して感じているトラウマや恐怖症と似たような感覚を、日本人の中に感じている人もいる。
 お姉ちゃんもその一人だったのだろう。
 自殺未遂までしたのは、一言でいえば、
「男に裏切られたから」
 というもので、人によっては、
「それくらいのことで自殺しようとするなんて」
 と、まわりに与えた迷惑を思い、憤慨する人もいるかも知れないが、あいりはそうは思えなかった。
 まだ自分が外人に襲われる前だったので、どちらかというと、他人事のイメージがあったが、すぐにお姉ちゃんの気持ちが分かる気がしてきた。
 だが、すでに姉はもう自分の世界に閉じこもってしまって、人を受け入れようとはしない。
 一体姉に何があったというのか、少なくとも自殺まで使用などと思いもしないあいりと、自殺を試みた姉との間には、大きな溝ができてしまったのを感じずには終われないだろう。
 しかし、一つだけ言えることは、その頃のあいりは、彼氏などほしいとは思っていなかったことで、当然裏切られることなどもないはずなので、
「姉の気持ちが永遠に分からないのではないか」
 と感じることだった。
 つまり、交わることのない平行線を、姉妹の間で敷いてしまったということになるのだった。
「それを敷いてしまったのは誰だろう?」
 誰でもない、あいり本人だった。
作品名:呪縛の緊急避難 作家名:森本晃次