呪縛の緊急避難
何よともお姉ちゃんの自殺未遂をしたという時のことを思い出すのに、
「あの頃、お姉ちゃんには彼氏がいた」
ということをどうして思い出さなかったのかということが気になったのと、もう一つ気になったのは、
「あの時思い出そうとしなかったくせに、どうして今になって思い出してしまうのだろうか?」
ということだった。
確かに友達である真美が自殺未遂したことで、同じ光景を目の当たりにしたことで姉のことも思い出したのだ。だが、もっといえば、それだけの衝撃的な情景を、最近までずっと思い出すことがなかったというのは、これはやはり自分で記憶を封印していたからに違いない。
記憶を封印するということはどういうことなのか?
あいりは今まで、どちらかというと、記憶力の悪い方だと思っていた。しかも、覚えていなければいけないような肝心なことを、すぐに忘れてしまうようなところがあると思っていた。
例えば、人に頼まれたことを、つい忘れてしまっていたり、その日必要なものを家に忘れてきたり、さらには、化粧もせずに、会社に来てしまったということもあったくらいである。
確かに、そう何度も繰り返してはいけないミスと言われても仕方のないことであるが、だからと言って、誰かが危険に晒されたりするような重大なことではない。中には真剣になって怒られたこともあったが、その大部分は、笑ってすまされるくらいのことであった。
その理由をあいりは、自分なりに分かっているつもりだった。
――集中力が欠如していたんだ――
ということは分かっていた。
しなければいけないということに対して、意識が散漫だった。特に本能で覚えるようなことではなく、意識していなければ覚えられないことに対して、あいりは時々集中力が散漫なために忘れてしまう。これは、あいりの短所であった。
それをあいりはずっと気にしてきた。
――どうして私は覚えられないんだろう?
と悩んでいたと言ってもいい。
しかし、今回真美の自殺を見て、真美が記憶喪失に陥ったのを見て、その状況を自分に当て嵌めて見た時、少し突飛であるが、ある仮説が湧いてきた。それが、
「記憶喪失の循環性」
であり、そのために、時々、記憶がリセットされ、それは自分の集中力とは関係のないところで起こることだった。
小説を書いているあいりにとって、集中力がないなどということは信じられない。いくら忘れっぽいとはいえ、それが集中力がないからだという理由にするとすれば、小説が書けている自分への理屈が成り立たないと思えるからだった。
真美の場合は原因がハッキリと分かっている記憶喪失、自殺未遂が招いた後遺症としての記憶喪失なのだが、果たしてそうなのかと、あいりは思った。
確かに、自殺するまでの最後に遭った真美は、記憶を失っているなどという素振りはなかったので、健常状態だったのだろう。
しかし、自殺未遂を発見し、治療が終わってみれば、そこには後遺症として記憶喪失というものが残った。
記憶喪失に陥った時期は、本当に自殺の後だったのかと言われると、違う発想も生まれてくる。
自殺しようとする人間は、精神的にもかなり不安定であり、意識も朦朧としていたと考えられないだろうか。
しかも、今までに何度も自殺未遂の経験があり、リストカットの後が手首に見られるような人なので、その時の精神状態が尋常でなかったと考える方が、普通なのかも知れない。となると、自殺を試みた時はすでに記憶を失っていたという錯乱状態だったのかも知れない。
記憶を失ってしまうと、見た目は意識が朦朧としているように見えるが、その内心は、恐怖や不安で頭の中が混乱し、表面上に出てくる感情がマヒして見えるだけなのかも知れない。。
そういう意味では、普段よりも記憶を失ってしまってからの方が、実しようとする精神状態には近いと言ってもいいだろう。
――真美ちゃんの自殺は、本当の意味での衝動的な行動だったんだ?
と思うと、よく遺書が残っていたとも思う。
しかし、それが本当に遺書だったのだろうか?
遺書だったら、イニシャルなどを使わずに、ちゃんと実名を書くのではないだろうか。実名を書かないくらいなら、遺書などしたためる必要もない。そもそも真美のようにどちらかという結論を先にみたいと考えている人に、遺書など似合わないのだ。それはあいりにも言えることで、きっと自分が自殺を試みるとすれば、遺書など残すはずなどないと思うからだった。
あの遺書と思われたのは、ただ、彼女が心の安定を図ろうとした一つの一巻なのではないだろうか、そう思うと、後で誰かに見られたとしても、イニシャルであれば、恥ずかしくもないと思ったのだろう。遺書であれば、恥ずかしいも何もないだろうからである。
あいりは今、自分の過去と真美の過去を結び付けて考えていた。
あいりは、姉の自殺の原因となった男が、川本晋三であるということを、ここまで考えてきて、もう疑う余地もないと思うようになっていた。
あいりが、どうして晋三を外人と比較してしまうのかを思い出そうとしていた。
――そういえば、私、大学に入学して最初のバイト先で、一緒になった外人のお兄さんと仲良くなったような気がしたわ――
ということを思い出した。
これは、裏の記憶ではなく、普段の記憶、つまり今あるはずの記憶なのに、どうしてすぐに思い出せなかったのか。川本晋三を思い出すことで世間一般の外人を意識していると思っていたが、実はそうではないようだ。
裏の記憶、つまり記憶喪失の間にあった記憶にその秘密が隠されているのだろうが、そもそも外国人を意識することすら記憶の奥に封印されていたことだったので、それが裏の記憶にどう影響しているのか、大いに関係がありそうだが、果たして思い出すことができるというのだろうあ。
――いや、今がそれを思い出すために、用意された時間だとすればどうだろうか?
とあいりは感じた。
今では、外人すべてに対して大きな嫌悪感を抱いている。それはきっと、誰が見ても気持ち悪いと思っている虫だけが嫌いなのに、一般的に虫と言われているものすべてに嫌悪を感じているようなものではないだろうか。
あいりは、大学時代に誰かと付き合ったという意識はない。好きになった人はいたような気がしているし、自分を好きになってくれて告白してくれた男性もいたはずだった。
その人のことを嫌いだったわけでもなく、一度は承諾したはずなのに、いざとなると拒否をあらわにし、相手に豹変した態度を見せて、そのまま引かれてしまったという過去も思い出してきた。
「やっぱいr、私は心の中にトラウマがあるんだ。そのトラウマには、外人というキーワードが絡んできているに違いないんだわ」
と感じていた。
昔から、肝心なことは、何一つ覚えていないというのが、あいりの短所であり、長所のようにも思えていた。
「短所は長所の裏返し」
と言われているが、まさしくその通り、
野球選手でもよく言うではないか、
「苦手なコースは得意なコースのボール一つ隣だ」
などというのも、その一つではないだろうか。