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呪縛の緊急避難

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 そのハーレムでは嫉妬などという感情は存在しない。ただご主人様に従う、忠実僕と化しているのだ。もちろん、正気ではそんな状態に入ることはできない。僕として主人に仕える気持ちをその蜜が振りまいていることだろう。
 川本晋三は見ていると、いつもまわりに側近を従えているように見える。それは男性であるが、最初はブレーンのような存在なのかと思っていたが、彼のような意思h部の人間を引き付ける人にブレーンというのは似合わないような気がした。疑問を持って見ていると、そばにいるのは、別に川本のためになる男性というわけではなく、
「ただ、近くにいる」
 というだけの、影のような存在。
 それを思うと、川本晋三は、
「ひとりぼっち」
 というイメージしかなかった。
 ただ、孤独というわけではない。孤独と言うと、まわりに人がいないといけないと思っている人が、引き付ける力もなく、孤立していることだ。確かに、男性に関しては、女性相手のように蜜のような引き付ける要素を持っていない。それが川本晋三という男であった。
 しかも、彼のそばにいる人間は、自分でも分かっていないようだが、川本晋三に影響を与えることはないのだが、川本晋三から影響を受けているようである。これが何を意味しているのか分からないが、今まで感じていた、
「どうでもいいやつ」
 というイメージはなくなっていた。
 あいりは、ふと最近感じていた、
「緊急避難」
 をこの男に当て嵌めてみた。
 ボートの中に、いつも自分のそばにいて、川本から影響を受けている男性が二人、乗り込んでいると考えると、普通に考えれば、この二人は川本が生き残るための、
「人柱」
 にしかならないように思えた。
 だが、果たしてそうだろうか?
 あいりには、最後に川本一人が生き残っているというイメージがどうしても湧いてこない。川本という人間が、聖人君子のような人間で、他のふたるが、
「川本さんのため」
 といって、
「生贄」
 となろうとしても、それを断るというようなタイプではない、
 かといって、ありがたく受け入れる感覚にも思えない。川本という男、緊急避難の場面では、想像することすらできないほど、あいりの中で、
「どうでもいい存在」
 となっているようだ。
 川本晋三を見ていると、無性に腹が立ってくる。その感覚は街に溢れだした外人連中を見ているようで、ルールを守らず、我が物顔で蔓延っている様子。
「日本ももうダメだ」
 と思わせるこの感覚が、あいりを川本に近づけさせようとしないくせに、なぜか相手の方が近寄ってくるようで、気持ち悪いのだった。
――まさか、私の中に、あの男を引き付ける、いわゆる「蜜」のようなものを発散させているのではないか?
 と思うと、その蜜が引き寄せるのは、川本という男だけではなく、他に十人近くはいるのではないかという危惧があった。
 そのすべてが、ロクでもない連中であり、それこそ、
「一匹見れば、十匹は潜んでいる」
 と言われているような、悪名高き、あの害虫と同じレベルに思えてならなかった。
 あいりは、いまさらながらに、自分が男性恐怖症であるのを思い出していた。普段はあまり意識していないが、まわりから時々感じる急な視線に、ゾッとするものを感じ、その視線がいつも同じ男性からであることを意識すると、害虫をイメージし、外人どもをイメージし、さらには、そのイメージの根底にいる誰かをイメージしようとするのだが、そこまでは行きつくことができなかった。
 今回その正体の一人が川本であるということを意識した。さらにその視線がいつも同じ男性だと思っていたが、種類があるように思えた。数人くらいの視線をたまに感じる。時には一度に二人以上という時もある。
 この視線は、誰もが受けているもので、あいりが気付いているだけで他の人は気付かないものなのか、あるいは、皆気付いていて、それを口にしないだけなのか、それとも、そんな視線を浴びせる相手はあいりだけなのか、それとも、まったくの勘違いなのか、今のところはあいりにも分からなかった。
 しかし、少なくとも川本晋三の存在で、最後の、
「まったくの勘違い:
 ということはないような気がしてきた。
 あいりは、晋三のことを、どうでもいい相手と思っていたことで、それ以降、
「石ころのような存在」
 になるのではないかと思っていた。
 それは、まったく相手の存在意義をあいりの中で否定して、見えていたとしても、見えない感覚、そこにあるのが当然のごとく、散らばっている石ころに一つに対してまったく存在を意識させないそんなもの、いわゆる「物質」としてしか見ていないということだ。
 近くにいても、近くに来ても、その感覚にはかわりはなく、下手をすれば何かの拍子に触れたとしても、別に気持ち悪いとも思わないような究極の存在。そんな感覚になるのだろうと思っていた。
 だが、実際にはそんなことはなく、真美のこともあってか、余計な意識を持つようになった。
 ただ、どうでもいいという感覚は消えたわけではない。どうでもいい相手であるにも関わらず、土足であいりの中に入り込み、引っ掻き回していく。しかも、それを相手も自分も意識していない。そんなことってありうることであろうか?
 まったく、どうでもいい存在だと最初に感じたことで、今のあいりの感覚があるのだとすれば、あいりが感じた直感は何だったのだろう?
 あいりは、自分の直感を信じる方だ。たまに、
――間違っていたかな?
 と思うことでも、最後まで様子を見ていると、決して間違っていなかったと思うことの方が断然多かった、
 あいりは出会った人と別れを迎える確率は結構高い。出会ってから長い期間友達関係を続けている相手といえば、真美が今では一番長かったように思う。
 友達と別れるというというのも、今から思えば、自然消滅が多かった。別にお互いに相手が明確に嫌いになったから別れるというわけではない。どちらかというと、
「一緒にいる意義がなくなった」
 という思いからの別れではないだろうか。
「それくらいなら、別に別れなくてもいいのでは?」
 と思われるだろうが、ハッキリとした別れを区切りとしないと、お互いに何か気持ち悪い意識を持ったままになってしまいそうなので、キッチリと別れることにしていた。
 そういう意味では一般的な自然消滅とは違うのだが、ハッキリとした理由がないという意味では、自然消滅という言葉が一番別れの理由としてふさわしい。それを思うと、自然でない消滅がどういうものなのか、今まで味わったことがなかったような気がして、あいりは消滅という言葉に違和感を抱かないではいられなかった。
 あいりは、真美を見ていて、
――記憶を失うって、どんな感覚なんだろう?
 と思った。
 最初に感じたのは、孤独感が襲ってきて、まるで鬱状態が永遠に続いてしまうような、不安しかない世界を想像していた。
 基本的に躁鬱症になれば、鬱状態と躁状態を定期的に繰り返すようになる。あいりもいつもではないが、どうかすると躁鬱症を発症してしまうことがある。どちらから入るかはその時々で違っているが、鬱状態から躁状態に移行する時は、その前兆が分かるのが特徴だった。
作品名:呪縛の緊急避難 作家名:森本晃次