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呪縛の緊急避難

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 もっとも、潜在的なことを忘れてしまうと、下手をすれば身体の機能すら覚えていないことになり、絶えず動いていないといけない心臓だって止まってしまうかも知れない。極端な例であるが、それを考えると、生理現象や、欲というものを覚えている理屈にはなるというものだ。
 真美の症状について医者の見解としては。
「普通の性格にはまったく支障はないと思います。ただ、自殺した時のショックからなのか、それとも生き残ってしまったことで、自分の中に何か後ろめたいものを感じているからなのか、どうも彼女の記憶喪失には、意識的なものが潜んでいる気がします。つまり逆にいえば、彼女の中にある意識的な原因というものを忘れてしまうことが、彼女の記憶が元に戻る一番の方法ではないかと思っています」
 というものだった。
 ただ、先生は補足として、
「これはあくまでも、私の独自の考えであるので、信憑性を問われると、なんとも言えませんがね」
 と言っていた。
 補足部分は若干の言い訳のようだが、これを前提にしておかなければ、勘違いされても困るというのが、医者側の見解なのかも知れない。
 真美は、今の自分の記憶がないことに対して、別に悔やんでいる様子はない。ただ一つ言えることは、今までの真美にはなかった、
「寂しさ」
 という感覚が芽生えたということだった。
 記憶を失うまでの真美は、寂しさというものをあまり感じない女性だと思っていた。一人でいることも結構多く、
「私は一人が似合う女性なのよ」
 などと笑って言っていたくらいだから、きっと、人との煩わしさよりも、一人でいることを選ぶ、そんな女性なのだ。
 几帳面なところも、そんな性格から来ているのかも知れない。
 真美にとって自分がどんな性格だったのか、その記憶もないようだ、ただ、先生の話として、
「実際には覚えていて、記憶の奥に封印しているのかも知れないですね。つまりは意識的に忘れようとしているということです。つまり、記憶喪失で記憶を失うというのは、意識的なところであり、無意識な部分は基本的に覚えているということなのだと私は思っています」
 と言っている。
 さらに、
「記憶を失うのが一瞬なように、記憶が戻るのも一瞬ではないかと思います。でお、これはその時の状況にもよるんでしょうが、記憶を失うまでの記憶が戻ったかわりに、記憶を失ってから新たにできた記憶を失いということも往々にしてあったりします」
 と言っていた。
 今、真美と一緒にいて、真美が自分に対して依存的な気分になっているとして、あいりしか信用できる人がいないとまで思っているとすれば、その後記憶が戻って、その時の記憶を失ってしまっていたとすれば、どうなるのだろう。確かに押し付けはいけないのだろうが、それではあまりにも寂しすぎるのではないかと思う。そのことを思うと、真美は自分が何を考えているのか、不思議な気持ちになるのだった。
 あいりにとって真美は自分では友達だと思っていたが。真美にとってあいりはどうだったのだろう? 冷静に考えてみれば、友達として何かの相談を受けたこともなかったし、一緒にどこかに出かけても、お互いに好きなことをしていたような気がした。
 あいりと、真美は趣味では、ある意味共通してはいたが、相手の趣味に対して、
――自分にはできない――
 と感じることであった、
 共通点といえば、
「どちらも芸術的なこと」
 というべきであろうか。
 真美の場合は芸術と言ってもいいかも知れないが、あいりの場合は曖昧なところがあり、
「全般」
 という言葉が後ろについて、初めて芸術として成立するのではないかと思わせた。
 ただ、この趣味はあくまでも趣味であって、得意不得意という前提とは違っていることを先に述べておいた方がいいだろう。だからこそ、あいりの中で、
「全般」
 という言葉が許されるのかも知れない。
 真美の趣味としては、
「絵を描くこと」
 だった。
 しかも真美の場合はあいりの趣味に対して全般という言葉が付くのとは逆に、絵と言っても限定されている。ただそれは自分で言っているだけで、まわりは、絵全般を描くのがうまいと思っているようだ。真美による謙遜なのだろうが、それも真美の性格の一つなのかも知れない。
 真美が自分の中でうまく描けると思っているのは、
「似顔絵」
 だった。
 人の顔をその通りに描くだけではなく、時にはマンガチックに。時には劇画調にも描くことができる。そういう意味では、真美は趣味というものを、
「得意なもの」
 と同意語で考えているようだ。
 しかし、あくまでも趣味は趣味として、得意不得意は関係ないと思っているあいりとすれば、
「得意不得意を前提にされると、私は趣味がなくなってしまう」
 と思っていた。
 それにしても、真美の似顔絵は、会社の人も一目置いていて、たまに人からも頼まれるという。
 他のことでは、あまり人と関わることをしない真美だったが、趣味に関係することであれば、頼まれれば嫌とは言わない性格のようで、
「しょうがないわね」
 と、普段見せたこともないような笑顔を見せて、引き受けてくれる。
 だから普段があまり関わることがないからと言って、真美を嫌う人はあまりいない。やはり、似顔絵のエピソードを聞いているからであろうか。
「山口さんから似顔絵を描いてもらえると、その後いいことがある」
 という都市伝説が生まれた。
 もちろん、何の根拠もないのだが、一度か二度、そういうことがあったのだろう。話に尾ひれがついて、真美の似顔絵は人気になった。
 それがここ一か月くらいのことだったので、あいりの中では、
――似顔絵を強要されるストレスも自殺の一因なのかも知れない――
 と思った。
 だが、さすがにそのことは警察にまで話していない。それよりも、警察としては、何とかK氏と真美の関係を結び付け、自殺の原因にしたいだろうから、少々の細かい情報はメモくらいはするかも知れないが、すぐに頭の中から消えてしまうに違いない。
 もっとも警察としても、本人が未遂であり、生き残ったこと、そして記憶を失っていることから、それ以上の余計な捜査は不要と感じたのだろうか、刑事が一度か二度見舞いに来た程度で、それ以上は何も音沙汰がなかった。警察もそれほど暇ではないらしい。
 だが、それも今だけのことで、少しすれば、真美の入院している病院に来ることになるのだが、それはもう少し後のことであった。
 あいりは、真美に似顔絵の話をすると、
「そうそう、私、似顔絵を描くのが好きだったんだわ」
 と、他のことは忘れていたのに、似顔絵のことはちゃんと覚えていた。
――本当に好きなことは、記憶を失っていても、表に出ている数少ない記憶として残っているのかも知れないわ――
 と、あいりは感じ、晴れやかな気分にさせられていた。
 真美は、あいりにスケッチブックと、絵の道具を持ってきてもらうように言った。彼女の部屋はもうすでに警察の調べはとっくに済んでいて、汚れた風呂場も管理人からの要請で綺麗にされていた。さすがに後から請求は来るだろうが、それでも敷金から賄える程度のものであろう。
作品名:呪縛の緊急避難 作家名:森本晃次