短編集96(過去作品)
媒酌人は、営業部長。「掃き溜め部」の最高責任者である。さすがにそれを聞いた連中がビックリしたのは当然である。
結婚式に出席をすることはなかったが、後で見せられた写真を見て、
――しまった――
と少なからずの後悔を感じた。順子と別れてから感じたこともない後悔。それだけ写真に写っていた順子は美しかった。少し俯き加減で恥らっている姿。出会った頃の順子を思い出す。
だが、冷静に考えれば、この雰囲気に騙されてはいけない。それからどのように順子が変わっていったか、それを一番知っているのは友則である。もちろん、相手によって違うのだろうが、いずれ小沢もそのことに気付くに違いない。まあもっとも女性というのは最初とずっと一緒というわけではなく、変わっていくのが当たり前である。それは男にも言えることでお互い様なのかも知れない。
「二人の結婚式は派手だったよな。やっぱり小沢の家庭が体裁を保ったのかな?」
「それだけではあそこまで綺麗にいかないだろう。女の方にだってあれだけ来賓がいたんだから、かなり誰かが後ろから手を回さないとできないことだね」
順子にそれだけの力があるとは思えない。誰か力のある人の見えない手が働いているに違いない。だが、今となってはもう友則には関係のないことだ。順子と別れてから、順子が誰と付き合おうと、誰と結婚しようと気にしてはいけない。
実際に小沢と結婚すると聞いた時、
――何とも不釣合いだ――
と感じただけで、後は何の感情も湧いてこなかった。むしろ、結婚して自分の目の前に現われる機会が少なくなることを嬉しく感じたほどだ。小沢のような男に順子の舵取りができるかというのも興味があるが、それもすべて他人事として見ているからできることである。
二人は結婚後小沢の家に入るわけではなく、近くにマンションを購入していた。そこが二人の愛の巣となったわけだが、会社から近いわけではない。それはありがたかった。
――これだけ遠いと、顔を合わせることもないだろう――
しかも通勤路とは反対方向、そのあたりに新居を選んだのが順子の意志が強く入っていることなど、友則の知るところではなかった。
順子と小沢が結婚して数ヶ月が経った頃には、すでに順子は過去の女として記憶の奥に封印されていた。
少し女性っぽいところのある小沢と、気が強いタイプの順子、二人の夜の生活を想像してみたこともあった。他人の夜の生活を想像するというのは、神秘的なものだが、二人に限ってみれば滑稽さが前面に出てしまって、想像の域が神秘的なものに達することはなかった。
「小沢って結婚して少し変わったよな」
そんな噂を聞いたことがあった。変わったというのは、見るからに女性っぽいところがあった小沢は、以前から性格的にも女性のようだった。仕草、性格、見た目すべてが女性のようだったのだが、徐々に仕草が荒々しくなってきたというのだ。それは友則も感じていた。
まだまだ新婚で、家庭的には楽しい時期であろう。甘い家庭を普通なら想像できるのだが、順子の性格からそれは難しい。ではこの小沢の変わりようは、少なからず順子が影響しているに違いない。
小沢という男、人に染まりやすいタイプのように見えた。だが、順子は気が強い女であったが、彼女もすぐにまわりに染まりやすい。最初はそれを順応性に長けているからだと思っていたが、どうもそうではないようだ。
――朱に交われば赤くなる――
というたとえよりも、
――長いものには巻かれろ――
と言った方がよく、都合のいい方を考えて、そっちに流れて行く方が強かった。いかにも順子らしいではないか。
友則が順子と別れて安心した理由の一つにその感情があった。最初はよかったのだが、そのうち鼻についてくる。あまりありがたいことではない。
計算高い順子のことだから、小沢の家を目当てに結婚したのだろうとしか感じていなかったが、結婚前の順子の表情は少し想像とは違っていた。友則を見る目は、まるで苦虫を噛み潰したような複雑な表情をしていて、これから結婚しようという女性の表情からは、あまりにもかけ離れていた。何も考えず、ただ有頂天になっていた小沢とは対照的で、こんな順子の顔はそれまでに見たことのないものに違いなかった。
結婚してからそれほど経っていないのに、変わってしまった小沢。その家庭を想像することはある程度できるのだが、肝心なところに霧が掛かっているかのように見ることができない。普通、他人の家庭なのだから当たり前のことだが、完全に想像できないことが少しでも悔しいと思ったことは今までにはなかった。
――他人事だと思っていたくせに――
と思っていたはずなのに、どうしてなのだろう?
順子に未練?
そんなことはない。それよりも小沢の性格の変化が少し気になっていた。もし自分が順子と結婚していたら、自分も順子によって、性格を変えられてしまうのかと思ったからだ。
小沢と順子の付き合いは長かったはずだ。結婚前にはお互いを知り尽くせるだけの期間はあっただろう。それなのに、結婚してすぐに性格が変わってしまうなんて、結婚というものの魔力だろうか、それとも一緒に住むということでしか気付かない何かが順子にはあるのだろうか。どちらにしても、小沢の変わりようには興味をそそられた。
恐ろしさを含む興味といっていいだろう。こんな感覚に陥ったことは今までになかったことだ。
それからまた数ヶ月が経っていた。
友則は友達のマンションに遊びに行った。あまり人の家に行くことのない友則だったが、その時は友達の願いもあって行ったのだ。というよりも、何かに引かれるような気持ちで出かけて行ったと言っても過言ではない。元々は友達からの電話だった。
「今日、うちに来ないか?」
「いきなりかい? こんな時間に行っても大丈夫なのかい?」
友則が時計を見ると、午後六時を過ぎていた。人によっては、
「まだまだ宵の口じゃないか」
というやつもいるだろうが、友則にとっては、出かける時間ではない。ある意味中途半端な時間である。
「大丈夫だよ、女房は友達の家に泊まると言って出て行ったので、今日は俺一人なんだ。あまり一人になることはないので、ゆっくり食事して酒でも呑もうと思ってね」
友達は結婚してから二年が経っていた。新婚という時期でもないだろう。それにしても奥さんが友達のところに泊まってくるというのを簡単に許すなんて、よほど信用しているのか、かなりの寛大な旦那さんである。自分にできるだろうかと考えていた。
「そうだな。久しぶりだから行こうか」
「そう来なくっちゃ」
電話口で歓喜が聞こえてくるようだ。行こうかと感じた一番の理由は、女房の外出を簡単に許す寛大で大きな懐を持った男を見てみたかったからだ。
普段の彼は日頃から見ているが、そこまで寛大で懐の深い男には見えない。きっと家庭での彼は普段とは違うのだろう。それを見てみたいのだ。
「マンションは駅から歩いて十五分ほどだったね」
「そうだよ。生田君は一度も来てくれたことはなかったね」
彼のところというよりも、他の誰のところにも行ったことがなかったので、当たり前のことだった。そのことはきっと誰も知らないだろう。
作品名:短編集96(過去作品) 作家名:森本晃次