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短編集96(過去作品)

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 面と向っていないと苛立ちを覚えているのに、どうして面と向うと怒りをぶつけることができないのだろう。告白するのにそれほど覚悟を感じなかったのにである。
 怖いもの知らずのところがある友則は、
――駄目で元々――
 と思って告白していた。それまでは告白したい相手すら現れなかっただけに、女性に付き合ってほしいという告白などしたことがなかった。好きになった女性は数知れず、それなのに告白という概念がなかったのである。社会人になるまでに感じていた他の男性とのコンプレックスが相当なものだったに違いない。
――自分よりもまわりの男性が素晴らしく見える――
 話し方、話す内容すべてが自分にないものだけが見えてくる。羨ましいという思いが萎縮に変わってしまうと、物事の一点しか見ることができなくなってしまう。
――それにしても、どうしてこの女が忘れられないんだろう――
 実に不思議だ。今なら他の女性にでも十分にもてそうな気がする。何も女は順子だけではない。そう思っていても、いつも考えているのは順子のことだった。
 顔が綺麗というわけではない。しいて言えば笑顔が可愛い部類に入るだろうか。それでも百万ドルの笑顔とまではいかない。大袈裟であろうか。だが、声は可愛い。透き通ったような声を、耳元で囁かれた時のことを想像し、身震いするほどである。
 あどけなさの中に小悪魔的なイメージが共存している。笑顔の可愛らしさも、声の可愛らしさもアンバランスさによって醸し出される淫靡さに感じられて仕方がない。

 友則が順子と実際に付き合ったと言える期間はどれだけだっただろう。一緒にいる時、喧嘩が絶えなかった。他愛もないことからの言い争い、それが嵩じると、お互いのわがままが衝突する。
 最初は喧嘩になることもなかった。痘痕もエクボとはよく言ったもので、何を言われても可愛らしさの範囲で見ていた。
――女性はわがままな方が可愛らしい――
 と思っていたほどで、彼女に感じた美しさはすべて可愛らしさから見出したものである。
 逆に可愛らしさに少しでも疑問を感じてくれば、まるでメッキが剥がれるように美しさを感じなくなってくる。醜さを感じることはなかったが、愛する気持ちに変化が訪れたことを感じるのだ。
 特に最初、付き合い始めた時の気持ちは若さゆえに激しいものがあった。他の人が見えないだけの美しさを感じ、一緒にいない時でも心の中は順子で満たされる。そんな気持ちに満足を感じ、感無量の気持ちに陥る。それこそが癒しに繋がるのだった。
 そんな順子にプロポーズしたことがあった。自分にとって順子はかけがえのない女性だと思った時期があり、その気持ちは今でも忘れていない。
 今であれば、
――魔が差したようだ――
 としか思えないことも、その時の気持ちになってみれば、当然の思いなのである。気持ちに間違いはなく本心からそう思っていた。その時の気持ちに今でもなれるところが不思議である。
「結婚しないか」
「結婚? いきなりなのね」
「いきなりと言えばいきなりだが、突然の思いつきでこんなことを口にできるもんじゃない」
「そうね」
 溜め口に近い会話はもはや慣れ親しんだ仲からしか生まれない。そう思ったからこそ、皮肉な言い回しもおしゃれに聞こえたりするのだろう。だが、いきなりという言葉を聞いてドキッとしたのも事実で、突然の思いつきじゃないと答えながらも、突然の思いつきだったことを感じている心の中に、
――突然なくせに――
 と言い聞かせていた。
 最初の頃は目を見て話していたはずなのに、次第に相手の目を見ることがなくなってきた。これは順子に限ったことではなく、他の人に対しても同じである。しかしそもそもは順子との会話から相手の目を見ないようになったのも事実である。
「お断りします」
 アッサリと断られたが、心のどこかで断られることを期待していたのだろう、
「そう」
 という一言しか返せなかった。
 その時にはすでに彼女としての順子はそこにはおらず、プロポーズしてしまった瞬間から彼女としての順子はもう友則の中には存在しない。結婚相手として現実的な目で見てしまうか、断られた時のことを考えて、気持ちに整理をつけておくかどちらかである。
 友則は順子に対してプロポーズした瞬間に感情が冷めてしまったのだ。他の女性に目が行っていた。今まで見えなかった他の女性、見えていたのに順子の存在が、目の前から綺麗な花を見ないようにする意識が働いていたのかも知れない。
 順子に対して冷め始めた理由はもう一つあった。
 ひょっとして、ただの噂だけだったのかも知れないが、火のないところに煙が立つわけでもなく、ただの噂だとしても、少なからず彼女に対して快く思っていない人が流したわけで、少なくとも一人は彼女を心の底から嫌いな人がいるということになる。
 友則は順子を見ていて、どうしてもただの噂で片付けられない気がしていた。内容が内容だけにである。噂の内容は、順子が整形手術を施したことがあるというもので、噂を聞く前から順子の容姿には少し不自然なところを感じていたので、
――なるほど――
 と感じたのも否めなかった。
 噂を聞く前は、どこか不自然だが、どこが不自然なのか分からなかった。顔全体のバランスをでもいうのか、顔全体を見ていると漠然としか分からない。他の人ではピンと来ないのだろう。きっとかなりうまい先生に施されたに違いない。だが、一点一点を集中して見ていれば少なからず不自然なところが見つかってくる。
 整形手術自体が悪いというわけではない。順子を見ていればどこか秘密めいたところがあり、顔を見つめようとすると視線を逸らそうとしていた。無意識にだろうが、最初は分からずに、
――なぜだろう――
 と思ったものだ。
 もちろん、整形前がどんな顔だったか分からない。整形前でも十分友則が好きになる顔だったかも知れないと思うと、無理に整形などしなくてもよかったのにと思えてならない。
――素顔の素敵な人が好きだ――
 と常々思っている友則は、あまり素顔を見せようとしない順子に対し、次第に冷めてきた。整形手術そのものに対して冷めてきたわけではなかったのだ。
 決して素顔を見せようとしない女性は、今まで見てきた女性の中にもいた。だが、彼女たちにはそれなりに恥じらいがあって素顔を見せようとしない。だが、順子に限っては、その恥じらいが見当たらないのである。恥じらいというよりも怯えに近いもので、時々震えが止まらなくなるほどの怯えに、友則はいつも驚かされる。
 気が強そうに見える順子だったが、一皮向けば小心者。女性というのは誰もが似たようなものだと思っているが、少しずつ女性によって違うことを順子と付き合うことで気がついた。
 順子と別れる決心をした時には、ほとんど後悔はなかった。順子自身も心の中では分かっていたようだった。別れの言葉自体覚えていない。ただ決心した理由にはいくつかあったはずだが、それが決意に変わった時の理由は一つだったはずだ。どうしても譲れない線があったに違いない。
 別れてから感じたことは、
――危険な香りのする女性だったな――
作品名:短編集96(過去作品) 作家名:森本晃次