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短編集96(過去作品)

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 鏡の中の自分を見つめている静雄、本来なら目が合うはずである。合わないということは鏡の中の自分は、もう一人の自分だという結論になる。そこに行き着くまでにいろいろ考えたはずだが、結局結論は一つしかなかった。それにしてもあっという間の結論だったことには違いない。
――身体が重たいな――
 疲れから体が重たいのは分かっていたが、それだけではないだろう。見ていた夢を思い出せないのは今までにも何度かあったが、その日に限って、どんな夢を見ていたのかが気になって仕方がなかった。
 思い出したいと思う時は、大抵楽しい夢を見たという意識がある時である。嫌な夢をわざわざ思い出したくもないもので、その日も楽しい夢だった。
 それなのになぜか身体が重たい、夢では飛びまわっていた記憶だけが残っている。
――ひょっとして身体の軽かったのは夢の前半だけで、後半の部分を完全に忘れているのかも知れない――
 と感じた。
 夢の中で場面が急に変わるということは得てしてあるもので、夢だから違和感がないが、起きてから思い出すと、場面の変化を最初に違和感として感じることで、それが夢だったことに気付くのである。
「夢の中では色も匂いも感じない。だから思い出せないことが多いのさ」
 友達にそういわれたことがあった。
――なるほど――
 と感心したが、確かにそのとおりだ。だが、夢の中にないのか、それとも目が覚めるにしたがって色も匂いも消えていったのか、どちらかなのだろうが、ハッキリとしない。
 その日の夢もそうに違いない。色や匂いを感じていたはずだが、どこかでそれが消えてしまった。だが、
――消えないでほしい――
 と思っていたことを次第に思い出してきた。
――匂いはきっとゴムの匂いに違いない――
 根拠のない勘ではあるが、十中八九間違いないと自覚している。
 色についても、次第に思い出していた。
 原色が目の前を駆け巡る。青、赤、黄色、そして白……。カラフルな色が目の前を回り続けると、刺激の強さに目が慣れてくるのが早いか、それとも疲れて逃げ出したくなるのが早いかは、その時々によって違うのだろう。
 夢には容赦がない。
 見てしまったものを引っ込めることはできず、ある意味現実よりもシビアなのかも知れない。
 夢が見せるものは、どうしても潜在意識の中にしかないものなので、現実からかけ離れているものは、夢が終わった瞬間に忘れ去ろうという意識が働くのではないだろうか。きっとその日の夢も現実離れしていたに違いない。
 それでも思い出したいということは、夢の中に何かキーワードがあったに違いない。身体の重さは中途半端な気持ちを示しているのか、まだ心ここにあらずで、夢の中に気持ちを残してきたのかも知れない。
 色を思い出せれば、その日の調子もよくなることは分かっていた。必死で思い出そうとするが、ぼやけてしまって思い出せない。
――記憶喪失に陥る時も同じような感じなのかな――
 と思ったりもした。
 物忘れをすることが最近は増えてきた。絶えず何かを考えていることが多くなってから増えてきたように思う。
 何も考えていないようにまわりからは見えることだろう。だが、考えすぎて、前を見ているつもりでも、虚空を見つめていたり、話を聞いていなかったりすることも多い。そんな時に見た色や感じた匂いを覚えていないことが多い。
 以前色や匂いを感じる時というと、そこからいろいろな発想を思い浮かべていた。子供の頃の思い出だったり、テレビで見たシーンの回想だったり、しかし、それも何も考えていないと思っていた時のことである。
 最近のようにいろいろ頭の中で思い浮かべるようになると、色や匂いを素直に感じなくなってしまっていた。いろいろなことを頭で考えるようになったのは、きっとそれだけ大人に近づいたからだと思っている。
 だからこそ身体が感じることが疎かになってしまうことも往々にしてあるのではないだろうか。
 匂いや色を夢の中で感じる。それは、現実に感じたことが余韻となって潜在意識に組み込まれ、夢となって現れるという現象であろう。決して想像だけでは夢を見ることはない。夢を見るのはそれなりに、現実世界とは切っても切り離せないものが意識としてあるからに違いない。
 その日の夢をまた思い出そうとしている。まずそのためには昨日のことを思い出すのが一番ではないだろうか。果たして昨日はどんな思いで眠りに就いたのだろう? 思い出そうとすると、昨日のことの方がまるでさっきのことを思い出しているように感じるのだった。
 それだけ夢の世界は現実とはかけ離れている。今さらでもないが、そんな時に限って目覚めてからもう一人の自分が顔を出しているように思う。
 疲れともだるさとも、何とも言えない重たさを身体に感じる。
――今日こそは、アルバイトをやめよう――
 空気の悪さが身体を蝕んでいるように思えてならないからだ。じっとしていても背中から溢れ出してくる汗が次第に額の汗へと変わっていく。身体の中からの疲れというより外気の影響に違いない。
 昨日も、その前の日もアルバイトをやめようと思っていた。それは仕事が終わってから家に帰りついた時に感じたことだった。本当であれば、
――今日もよくがんばったな。明日もがんばるぞ――
 と、疲れた身体を癒しながら、翌日への活力に変えようと考える時間のはずなのに、やめたいと思うなど、よほどネガティブな考えに陥っているに違いない。
 真っ暗な冷たい部屋に帰ってくるのも影響しているに違いない。部屋の扉を開けると、冷たい空気が吹き出してくる。表が冷たいのだから、本当であればそれほど冷たくは感じないはずだが、寂しさを伴っているせいか、冷たさがひとしおである。
 寂しさには慣れているはずである。
 大学に入って友達がたくさんできた。高校時代まではほとんど友達のいなかった反動からか、キャンパスという解放された空間に酔いしれていたのかも知れない。
 自分から声を掛けるなど、高校時代までは考えられなかった。人から話しかけられても、どう答えていいか分からなかったくらいなので、それも当たり前と言えよう。
 特に女性に声を掛けることが増えた。男性の友達と一緒にいる時も、女性を意識していた。高校時代、男子校だったことも、大いに影響している。
 友達もたくさん作ればいいというものでもない。あまり増えすぎると、それぞれの付き合いが中途半端になってしまい、次第に整理するようになってくる。うまく整理できればいいのだが、なかなかうまくいかなかったりした。整理整頓できない性格がもろに顔を出していた。
 気がつけば友達はほとんど回りにいなくなっていた。
――却ってすっきりしていい――
 とさえ感じたが、半分は言い訳である。
 自分は寂しさに慣れていると思ったのは中学に入ってからだろうか。女性に興味を持ち始めて男性との付き合いが淡白に感じられた。元々友達の多い方ではないので余計に寂しさを正当化する考えが生まれてきた。
作品名:短編集96(過去作品) 作家名:森本晃次