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短編集96(過去作品)

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 人間の性格が急に変わってしまうはずもなく、小学生時代同様、藍子は一人でいることの多い女の子だ。数少ない女友達と話をしていたが、次第に彼氏ができて、そっちが忙しくなる。
――彼氏ができると、こうもよそよそしくなるものなのかしら――
 その思いがマイナスの相乗効果を呼び、友達との距離を深める。
――やっぱり私はいつも一人でいるタイプなのね――
 と思ってしまう。
 人から言わせれば、
「殻に閉じこもっている」
  と言われるのだろうが、本人はいたってそんな気はない。人に甘えることが嫌いな藍子は、
――それなら一人でいる方が気が楽だ――
 と感じていた。
 家に帰ると、相変わらず犬が甘えてくる。最初は嫌だったが、慣れてきたせいもあるのか、次第に嫌ではなくなってくる。気がつけば犬に何かを話しかけていることがあるくらいで、
「嫌だわ。私ったら、何をしているのかしら」
 と、これ以上できないほどに目をカッと見開き、犬を見つめる。
 犬はたじろぐこともなく藍子を見つめ返す。まるでにらめっこをしているようだ。
 友達が彼氏と一緒にいるところを見るのが辛かったが、反面羨ましかった。羨ましさが辛さよりも大きくなった時、藍子は自分の中に異性への気持ちが芽生え始めたことに気付いたのだ。
 藍子の中で何かが変わっていった。相変わらず一人でいることが多かったが、一人でいる時の心境も変わってくる。家に帰ってきても部屋に閉じこもって出てこなかった藍子が、犬の散歩を始めるなど、母親が一番ビックリしていた。
 それまで犬の散歩は母親の役割と決まっていた。朝夕一度づつ、ずっと母親がやっていた。
「日課だから苦にならないわ」
 と言っていたが、
――ウソに決まっているわ――
 暑い日も寒い日も欠かさないなんて、苦にならないわけがない。皆の手前無理しているに違いないのだが、藍子ならきっと三日と持たないだろう。
 だが、それも自主的に始めることであれば話は別だ。さすがに早朝は難しいが、夕方であればできないことはない。母親が連れて行く時間は決まっていたが、それよりも少し早い時間に藍子が連れて行くようになった。一番キョトンとしていたのは、散歩に連れて行ってもらえる当の犬だったに違いない。
「これからは私が連れて行ってあげるわ」
 最初は不思議な表情をしていた犬も、歩き始めると楽しそうだ。電柱を見つけては臭いを嗅いで、なかなかまっすぐに進む感じではない。じれったさがこみ上げてくることもあるが、
――今の私は精神的に落ち着いているんだ――
 と思い込むことで、それほど苛立ちはない。
 釣りが好きだという人は意外と短気な人が多いと聞く。短気なくせに釣りのような気が遠くなる趣味をよく我慢できると不思議に思っていたが、短気な人ほど、考え始めると、いろいろ頭に思い浮かんでくるものなのかも知れない。
――想像力が豊かなのかも知れないわね――
 犬の散歩をさせていても、犬が電柱に寄り道をするたび、苛立ちがないといえばウソになる。だが、そのたびに頭の中でいろいろな想像をしている自分に気付く。それはポジティブなもので、特に素敵な男性と一緒に歩いている姿を思い浮かべるところから始まるのだった。
 場所は学校から帰りの通学路だったり、商店街だったり、デートで行ってみたいと思っている遊園地だったりと、楽しい想像は留まるところを知らない。
 しかも、一度想像したことをもう一度想像することもあった。それでも楽しい想像はいくらでもさらなる想像を生むのだ。時間などあっという間に過ぎていった。
 犬が勝手に歩いてくれるので、考えることはなく、ただついていくだけである。実に楽なもので、
――釣り糸を垂れている時の心境に似ているかも知れない――
 と思ったほどだ。ひょっとすれば、藍子も釣りをすれば好きになるかも知れないと感じたのはその時だった。
 犬は時々歩きながら藍子の方を振り返る。絶えず何かを考えている藍子が一瞬我に返る瞬間でもあった。
「どうしたの?」
 話しかけている自分の顔が微笑ましく感じる。ひょっとしてエクボでも浮かんでいるのではないかと思えるほどで、今までにこんな表情をしたことはなかっただろうと思う反面、
――いや、懐かしさがあるのはなぜだろう?
 という思いもある。実に複雑な心境だ。
 きっとどこかでニコニコした表情をしたことがあるに違いない。それも、小さい頃……。だが、その気持ちは今まですっかり忘れていた。思い出してしまうとつい最近だったように思うのもおかしなもので、気持ちの奥に封印していたものが顔を出したような心境である。
 犬の散歩コースに公園がある。どこにでもあるような何の変哲もない公園である。小学生の頃はそこでよく遊んでいる友達を横目に見ていたものだった。砂場だったり、ジャングルジム、ブランコ……。
 小学生の頃も、中学、高校と、通学路はずっと公園の横の道だった。中学に入った頃は公園を気にしながら歩いたこともあったが、それ以降はあまり気にすることはなかった。
 小学生の頃は背が小さかった藍子も、今ではクラスの中では背が高い部類に入る。中学三年生くらいで急激に背が伸び、それまで見ていた世界と違う世界が開けたような気がする時期があった。
――まわりが小さく感じるわ――
 今までに比べて高い位置から見るのだから当たり前である。小さい頃に父親から肩車をされて歩いた時のことを思い出す。自分の足でもないのに揺れながら進んでいるのが不思議だった。
 父親は大きなストライドで、自分が歩けばかなり掛かるところを、あっという間に通りすぎる、背が高いということの魅力を嫌でも思い知った時だった。
 犬の散歩で立ち寄るようになった公園では、いつもベンチに座っているせいか、公園がそれほど小さいものだとは思えない。どちらかというと、子供の頃に感じたものよりも大きなものに感じられるくらいだ。夕方にはたくさんの子供が遊んでいる。ちょうど散歩で立ち寄る時間には、母親がやってきて、小さな子供は母親に連れられて帰っていく光景を見ることができる。
――羨ましいな――
 子供の頃の自分にダブらせて見ている。
 楽しそうな顔に惜別が浮かんでいる。子供というのはちょっとしたことでも顔に出るものだということを今さらながら思い知らされた。
 ベンチに座っていると、いつも目の前で夕日が沈んでいく。夏と冬とでは日が沈む時間が違うので、日が沈む時間に合わせて家を出てくるといった方が正解である。
 夕日には特別の感慨があった。色と大きさを楽しんでいる。毎日同じ色に見えるが微妙に違い、大きさも毎日微妙に違っている。
 天気が毎日違うように、気温が毎日違うように、それぞれ太陽に対して微妙な変化を示しているに違いない。
 夕日に照らされてブランコ、ジャングルジムの影が足元まで迫ってきている。そばにある大きな木が影を作っているが、飛ぶように犬が光と影の間を行ったり来たりしている姿が印象的だ。無邪気に遊んでいる姿はいつ見ても微笑ましいが、夕日を行ったり来たりしている姿だけは、無邪気に見えてこない。
――入ってはいけないんだよ――
作品名:短編集96(過去作品) 作家名:森本晃次