天才少女の巡り合わせ
それは、まるで苛めの相手が自分以外の女の子に移った時の喜びに似ていた。別に自分に得になることではなかったのに、嬉しく感じるなどという感覚を初めて知った時だったのかも知れない。それまではずっとまわりからちやほやされて、
「できて当然」
「あの子は他の子とは違う特別な子なんだ」
と思われていたことで、有頂天になっていた。
実際にやれば何でもできてしまうことが自分を有頂天にし、まわりが勝手に持ち上げてくれたことをできてしまうのを自分でも当然と思っていたのだから、自分が得をすることは、
「当たり前で、損などありえない」
という状態である、
おばあちゃんも、
「どうして分かったの?」
と聞いてきたが、それにはさすがに綾子も即答はしかねた。
実際にどう返事をしていいのか分からないからだ、自分に特殊能力があるからだなどと言うつもりはなく、きっと説明を要することになるのが分かっているので、誰に聞かれても言わないようにしている。
下手に自分の意見を、自分の意見として述べると、相手によっては、反対意見を容認しない人などがいれば、話がこじれてしまい、その話をしてしまったばっかりに、せっかく育んできた仲を壊しかねないということになりかねないのを恐れているのだった。
――おばあちゃんとは、昨日が初対面のはずなのに――
と思った。
まるで前から知り合いだったと思うのは、自分が昭和初期のおばあちゃんが生きてきた子供の頃を知っているかのような思いがするからだった。
「ねえ、おばあちゃんはいくつになるの?」
と聞くと、
「そろそろ八十歳になるんだよ」
という。
戦後七十数年だから、生まれがちょうど戦前が戦時中ということであろうか。綾子と同じくらいというと、昭和三十年くらいのことではないだろうか。
よく考えてみると、その時代の雰囲気を思い浮かべることは綾子には難しかった。たぶん、まだ舗装もされていない道が繋がっているイメージが強く、昔のいわゆるバラックと呼ばれる住宅街が軒を連ねているようなイメージである。これが東京であれば。東京タワーの建設途中の鉄骨が見えている風景を思い浮かべることができるのだろうが、今ではスカイツリーが東京の天空を掴んでいることを思うと、どこか味気ないイメージがするのは、綾子の年齢では考えにくいことであろう。
綾子にとって、今まで年齢の違う人の過去を想像してみるなどなかったことだった。今までしたことがなかったことをしているのだから、無意識だったに違いない。だが、おばあさんほど年齢が離れているからこそできるというもので、もし相手が自分の親と同じくらいの年齢であれば、果たしてできたかどうか分からない。
綾子の親は年齢的には四十歳代中盤くらいだ、そうなると、生まれた年は、高度成長を抜けての、公害問題などが出てきた頃であろうか。両親が自分と同じくらいの年齢ともなるとすでに時代は平成に入った頃になる。いわゆるバブルが弾けて、その影響が経済的に出てきた時代ではないだろうか。
綾子は自分の両親が自分と同じくらいの年齢がどんな時代であったのか、考えたことがあった。
バブル経済というものが存在し、時代の流れの中で、国営だったものが民営化された時代としても意識されていた。いわゆる、国鉄であったり、電電公社などがその代表例であろう。
「やかった。見つかって」
と綾子がいうと、
「ええ、もっと私がしっかりしていればよかったんですが、やはり年ですかね。自分でも思っていたよりも忘れっぽくなっているようでね。でも、忘れっぽくなったおかげで、今までになかったこともできるようになったものですよ」
と、おばあさんは曖昧な話を始めた。
「どういうことなんですか?」
「この歳になると、何か予感めいたことが急に分かるようになるんですよ。虫の知らせとでも言えばいいのか、それも悪いことばかりが分かる気がするんですよ。例えば知り合いが亡くなるとかね。特に離れていて、ずっと会っていなかった人にいえることだったりするんだけど、ただ、それは年老いた我々のような老人に限ったことではなく、若い人の死も分かる気がするんです。でも、いつも会っている人であればそれも何か伝わるものがあるのかと思うんですが、実際になかなか会ったことのない人ばかりなので、自分でも不思議なんですよ」
きっと他の人が聴けば、
「そんなこと信じられない」
と、話を聞いても一蹴するに違いないが、綾子は無碍にそれを否定することはできなかった。
自分の考えていることと、どこかに類似点があるような気がするのだが、どのあたりがその類似点なのかが分からない。
ただ、
「人が死ぬ時が分かる人がいる」
という話を聞いたことがあったが、
『人が死ぬ時が分かるようになってきた』
という話は初めて聞いた。
死が近づいてくると、
「自分の死期が分かる気がする」
という人はよく聞くが、人の死に関して分かるというのは不思議な気がしてくる。
綾子は少し怖かったが思い切って聞いてみた。
「誰かが本当に死んだのを予知されたんですか?」
と聞くと、
「ええ、最近、親戚の甥がなくなったんだけど、まだ年齢は五十歳くらいだったんだけど、どうやら交通事故だったんだよ。私は前の日に夢を見たんだけど、その甥とはずっと会っていなくてね。十年以上は会っていなかったはずなんだけど、急に夢の中に出てきて、急に馴れ馴れしく家に入ってきたんだよ。一緒に食事をして、泊っていくだろうと聞くと、うんというんだ。だから布団を敷いてあげて、いつでも寝ていいよと言ったんだけど、甥は結局そこで寝ることはなかったんだ。そして夢が覚めたんだよ」
「寝ていないってよく分かりましたね」
「ええ、それが自分でも一番不思議に思っていたので、何か気持ち悪さを感じていたんだけど、その日の夕方に、甥が交通事故に遭って亡くなったって聞いた時、正夢なのかなって感じたのが、最初だったかな?」
とおばあさんは言った。
「でも、さっき、忘れっぽくなったおかげって言っていたけたけど、おかげということばは、いいことに使う言葉だと思うんで宇sが、おばあさんがそんな予感を持つのは悪いことじゃないんですか?」
と聞くと、
「そうだね、若い人が聴けばそうなのかも知れないけど、私たち年寄りからすれば、棺桶に半分足を突っ込んでいるようなものなので、死というものに対して必要以上の意識を持っていないんですよ。しいて言えば、覚悟をしているので、それほど死に対して悪いことだという意識もないんだよ」
「それは、死というものに感覚がマヒしているということなんでしょうか?」
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次