天才少女の巡り合わせ
そう、この間、白骨が埋まっていると思われた場所に佇んでいる姿を目撃したばかりの和田の姿だった。
綾子は、
――もう隠れる必要もない――
と思い、
「おばあちゃん」
と声を掛けて、中に入ってきた。
「おや、綾子ちゃんじゃないかい? どうしたんだい?」
と、相変わらずの優しい表情を向けている。
「おばあちゃん、この人は?」
と初めてみる相手でもあるかのように、言ったが、和田の方は綾子と目を合わせようとせず、じっとおばあちゃんを見つめていた。
その表情は、綾子と目を合わせたくないというよりも、
「ずっとおばあちゃんを見ていたい」
という暖かさが感じられ、綾子はこの人に対しての自分の感情が間違っていたことを知ったようだ。
「この人はね。和田さんっていうんだよ。おばあちゃんにとっては恩人なんだ」
と言って、和田を紹介してくれた。
「おばあちゃん……」
恩人と紹介された和田は、なんと涙を流して泣き出したではないか。
――まさか、この人が泣きだすなんて――
と綾子は目の前で何が起こっているのか、理解不能な状態になっていた。
「真田さんを呼んでくれたかい?」
と和田に訊ねると、
「ええ、呼んでおきました。でも、おばあちゃんが悪いんじゃないんだから……」
と、またしても和田が曖昧で微妙な言い方をした。
「いいのよ。あなたには本当に迷惑を掛けたわね」
「そんなことないわよ。綾子ちゃん?」
おばあちゃんは、今度は綾子を呼んだ。
「綾子ちゃんは、ひょっとするとこの和田さんを悪い人ではないかと思っているかも知れないけど、本当は違うのよ。あのひき逃げだって、この人が犯した罪ではない。綾子ちゃんは不思議な力を持っているのは分かっている。でもね、人間にはそれぞれ事情というものがあってね。真実の裏には、そういう事情というものが含まれているの。今は真正面から真実を見つめていればいいんだけど、でも後ろに事情が潜んでいるということを理解してからその力を使わないと、綾子ちゃん自信が後悔することになるのよ」
とおばあちゃんは言って、満面の笑みを与えてくれた。
綾子はその言葉を聞いて和田を見たが、なるほど、ひき逃げをした人のイメージが頭の中で重なってきた。すると、徐々におばあちゃんの言っている意味が分かってきた気がした。
――この人、悪くないんだ――
と感じた。
和田という男は、ひき逃げをした時、犯人と運転席を会わっている。その時誰かがいたのだ。
――私が感じていた思いは正しかったけど、裏が見えていなかったんだ――
と感じた。
「本当にごめんなさない、和田さん。私そんなことなんて知らなくて……」
というと、
「いいんだよ。これから少しずつぃでも分かっていけばいいんだから、でも俺は綾子ちゃんには、このままでいてほしい気もするんだ」
と和田がいうと、
「本当にあなたって人は……。だから損ばかりしているのよ」
そう言っているうちに、玄関先から、
「こんにちは」
という声が聞こえた。どうやら、武彦がやってきたようだ。
「いらっっしゃい。おあがりなさい」
と奥からおばあちゃんがそう言って、
「失礼します」
と、武彦は上がってきた。
武彦の姿を見たおばあちゃんは、
「これで役者は揃ったわね」
と言って、ニッコリと笑った。
部屋の中には、おばあちゃん、和田、武彦、そして綾子の四人が揃っていた。綾子はドキドキしながら、
――これから何が始まるのだろう?
と思った。
もちろん、この展開は、裏が見えていない綾子に想像できるものではなかったのは、言うまでもないだろう。その場に揃った四人はそれぞれ、誰に視線を向けていいのか分からずに戸惑いの空気が漂っていたが、綾子はそんな息苦しい中において、
――とにかく、おばあちゃんを見るようにしよう――
と感じるのだった……。
大団円
最初に言葉を発したのは、意外にも和田だった。
「世の中には、常人には想像もつかないような破廉恥で淫靡なことがある。特にそこにいるお嬢ちゃんなどには信じられないと思うことかも知れないようなことが、平気で行われるんだよ。それは今も昔も一緒で、今はきっと何かの反動が隠さなければいけないものを野放しにしてしまう風潮になっているのかも知れない」
という前提から話し始めた。
さらに続ける。
「事の発端は、谷川隆一と、美鈴という二人の夫婦の他愛もない、いや、そういってしまうと語弊があるかな? 罪がなかったはずの性癖が、それこそ何の罪もない人を巻き込んでしまうことになった。これが最初の出来事だったんです」
というと、そこに口を挟んだのが、武彦だった。
「それが、今回の車中での殺害事件に関係していると?」
「そうです。まずは、その前に表にまだ出ていない殺人事件があったんですが、本当は僕はこの事件を曖昧にしたかった。そのために僕は……」
と言いかけたところで、和田は咽るような咳をした。
今度は、その話を引き取ったのが、おばあちゃんだった。
「私は、この通りの年寄りだけど、昔の時代であれば、目の前であんなことが起こっていたとしても、すぐには行動をしなかったかも知れないんだけどね。なぜなら、私の知り合いにも、似たような性癖の人がいたんだよ。戦後の混乱の時期、いろいろなお店ができたせいで、異常な性癖の人が増えたんでしょうね。まだ女学生だった私たちも、そんな異常性癖を目の当たりにしたり、自分たちの中には、そんな異常性癖を行うことで、男からお金を貰っている人もいた。私はそんなことまではしなかったけど、当時の性の歪みというのは、ハンパではなかったからね。でも、今の時代にも似たようなことはあるようで、でも、昔と違って節操がないというか、真面目にやっているつもりなのか、人を巻き込むことを何とも思っていない。それはきっと平和ボケのために、何をどうすれば、どうなるなんて考えもせずに行うからなんでしょうね。恥じらいをなんて心得ているのか、聴いてみたいものだわ」
と、いつもの聖人君子のようなおばあちゃんからは信じられないような雰囲気に、綾子は恐怖すら覚えていた。
「その時は、本当にその女性が襲われていると思ったんだよ。悲鳴も挙げているしね。まさかそれがお芝居だったなんて。思いもしない。人に見られるということに快感を覚える一種の異常性癖の夫婦で、それは単なる自作自演のプライだったんだよ。それを私は襲われていると勘違いをしてしまったことで、私は旦那を後ろから殴ってしまった。そして殺してしまったんだよ」
という衝撃的な話が飛び出した。
「でも、その時の奥さんは? 旦那がプレイ中に殺されたんだから、おばあちゃんを警察に突き出したりどうしてしなかったんだろう?」
というのが、武彦の質問だった。
これは至極当然な発想である。綾子も聴いてみたいと思ったことだった。
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次