天才少女の巡り合わせ
二人の目線が普通では考えられないような矛盾のある視線に見えたからだ。それは綾子に対し、決して見せようとしないおばあちゃんの視線ではないだろうか。和田は、おばあちゃんに対してあくまsでも、下から見上げるという謙虚さであるにも関わらず、おばあちゃんもこの和田という男に対して、同じように下から見ているのだ。
平行線が交わることがないように、これでは二人の視線が結び付くはずはないだろう。
だが、綾子はそうは思わなかった。
――二人の視線は、どこかで結び付いていて、私には想像もつかない関係で結ばれている二人なんだわ――
と思ったのだ。
綾子は次に感じたのが、
――この人だったら、おばあちゃんの死を止められるんじゃないか?
という思いだった。
だが、その思いもすぐに打ち消すことになるのだが、それは、
――この二人がお互いに何か肝心なことを相手に隠している――
と感じたことだった。
その思いを感じたことで、
――この男性に、おばあちゃんの死を止めることはできない――
と感じた。
逆におばあちゃんの死が、この男に関わっているという風に思ったのだが、どうしても、この男がおばあちゃんを殺す姿など想像もできない。むしろ、おばあちゃんの方から、死を選ぶのではないかと思うほど、その死に対して真摯に向き合っているようで、それがおばあちゃんの中から溢れ出てきた覚悟のようなものと言えるのではないかと、綾子は感じていた。
しかし、そうはいっても、まずきっかけはこの二人のことである。綾子に対して秘密にしているだけではなく、綾子が意識できないおばあちゃんを見る角度を持っているこの和田という男がどのような形で自分たちの関係に入り込んでいるのか、綾子は運命のようなものを感じながらも、その真相に近づくまでのは、そんなに簡単ではないと思っている。
おばあちゃんよりも、和田という男を見ている方が、何か分かってくるかも知れないと綾子は感じた。
綾子は、そのままおばあちゃんの家に入ることもなく、和田を追跡した。
和田は、おばあちゃんの家を後にすると、そのまま街の方に出ていった。閑静な住宅街と違って、そろそろ日が暮れてくる街中は、まだ明るさが残る中なのに、ネオンサインがハッキリとしているところもあった。
夕飯にはまだ早いが、五時近くになっているということで、居酒屋関係の呼び込みも出ていて、無作為に声を掛け、通行人にチラシを配っている。
だが、ほとんどの人はビラを貰いもしない。貰った人の中には少し行ってから道に捨てるという暴挙に及ぶ者もいるが、配っている方も別に配っていることを意識しているわけでもないので、捨てられることに屈辱も感じていないようだ。
そんな光景を見ていると、
――これが大人の世界なんだな――
と、思わずため息をついてしまう自分に気が付いた。
和田はチラシを貰うことを拒否する方だった。見た目はアロハシャツにテンガロンハットという、少し軽めの服装で、一見チンピラ風の彼に対して、余計なことをいう人はいない。誰もが、
――変に関わりあいになりたくない相手?
という意識を持つであろう、典型的な人物だった。
人を掻き分けるように足早になっていく和田を、何とか女性の足でも追いかけられたのは、じっと彼の背中を見つめて、視線を逸らさなかったからだろう。
あの人通りの中でも見失わなかっただけでもすごいと思うのに、次第に途中から、彼がどこに行くのかという場所に見当がついた気がした。
――もし、見失ったとしても、どこに行くか、分かる気がする――
と思ったのだ。
しかし、その場所は綾子が以前に行ったことがある場所ではなく、あくまでも初めて足を踏み入れる場所であったが、本当に初めてだったのだろうか? つまり、夢の中で見た場所だったのではないだろうか。
そう思っていると、目の前の男が何をするのか気になった。だが、その男はその場所を見下ろして凝視するばかりで何かをしようとしているわけではない、しばらく見つめるだけ見つめると、何か気持ちを残しながら、その場から去っていくのが見えた。そして何度も振り返るのだが、何度目かに振り返った時には、手を合わせるような素振りを見せた。
――その場で手を合わさなかったのには、何か意味があるのかしら?
と綾子は感じたが。感じただけで考えが浮かんでくるわけではなかった。
綾子が何かを思いつく時というのは、超能力と絡み合った時であり、能力が発揮できない場面では、普通の女の子よりも、頭の回らない知恵遅れの様相を呈しているのだった。そこが可愛らしいところではあるのだが、そんな彼女をかつての「ウソつき少女」と言っていたやつがいるなど、この場面を見ただけの人が想像もできないだろう。あどけなくてちょっと冒険心のある女の子という程度にしか、誰も思わないに違いない。
和田が去った痕、綾子はそそくさと彼が立っていた場所にまでやってきた。
「やっぱり夢に出てきた場所だわ」
と思ったが、自分には何もすることができなかった。
彼がやっていたように、上から凝視してみたが、もう何も見えなかった。綾子にはすべてが目の前に明らかになったことで、その超能力はお役御免になったのだ。
「でも、きっとそのうちに、ここが暴かれる時が来るのよね」
と思ったが、その思いは思ったよりも結構早くやってきた。
綾子が数日後、学校に行くと、
「ほら、学校から反対側に行った空き地が今度マンションに建て替わるという場所で、白骨死体が発見されたんですって」
と言っていた。
その話はその時の綾子には初耳で、
「白骨死体って、どれくらい前のもの?」
と、綾子の質問が少しずれていたと思った友達は怪訝な表情になったが、
「そうね、発表としては、三年か四年くらい前のものではないかっていうのよ。人骨の作りからして、男性であることに間違いないということだけど、殺されて埋められたのよね?」
というのを、誰も否定もせずに肯定もせずに聞いていた。
分かり切ったことを聞いたことで、答えるまでもないのだろうが、皆自分が率先して答える役になるのを拒んだようだった。
綾子は、白骨がついに見つかってしまったと感じた。そしてすぐに思い浮かんだのが、おばあちゃんの顔だった。
――おばあちゃん、大丈夫かしら?
と不安に感じ、飛んでいきたかったのだが、学校があったので、そうもいかず、それでも一時限分だけの授業を受けて、どうしても気になって仕方がなかったので、急いで学校を抜け出しおばあちゃんのところに向かった。
綾子が学校をさぼるというのは初めてのことで、きっと学校では、
「吉谷さんはどうしたの?」
ということになっていることであろう。
しかし、今はそんなことは言っていられない。急いでおばあちゃんの家に向かうと、おばあちゃんは、仏壇に向かって、一生懸命にお参りをしていた。その姿はいつも見られているおばあちゃんと変わりはなく。
――よかった――
と、胸を撫でおろしたのだった。
おばあちゃんのすぐ横に、誰かがいるのを見た。その人は神妙に正座をし、おばあちゃんのお経を黙って聞いている。
――あれは――
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次